対決
お母様の反応は、おおむね修羅場スレのテンプレどおりだったり。
「どういうことよ!」
その女が怒鳴りこんできたのは、それからまた小一時間後のことだった。のんびりとお茶を飲んでいたルシウスが、ゆっくりとカップを戻して、女を見る。
室温が下がった気がした。
「アイラ嬢のお母様ですね。お座りください」
ひるんだ女――レイラを促して、正面に座らせる。お茶を、という指示にマリエルが新しく入れたお茶のカップをその前の机に置く。
「だから…なんで、あの人が魔術師の島へ行って私が別れないといけないのよ!」
「2人のお子さんは、お母様がお連れにならない場合は、引き取られてもよいそうですよ」
淡々と言葉をつなぐ。
「だからっ」
「たとえ血がつながってなくても、これまで親子として暮らしてきた以上は、と」
意味が浸透して、レイラの顔が青くなった。
「な、何を言って…」
「つじつまを合わせておけばばれないと思いました?子どもを放り出して男と遊び歩いておいて、誰にも見られてないと、思ってました?」
先ほどマルキスに見せた書類を、前の机に置いてレイラの方へ押しやる。
「近隣の方々、お相手の方――ダンとおっしゃいましたっけ、ご本人とその周囲の方々からの聞き取り結果、そしてあなたのここ数カ月の素行調査の結果です」
レイラがわなわなと震え、いきなり書類を取り上げると破り捨てようとする。が、堅くて破けずに顔が赤くなるばかりだった。
「あーそれ強化魔法かけてあるんで。まあ、元々羊皮紙なんで破きにくいと思いますけどね」
「嘘よ!こんなのでっちあげよ!!!」
破くのを諦めたレイラはそれでも忌々しいと言わんばかりに書類を床に叩きつけて、足で踏みにじった。
「旦那さんにとっては嘘であってほしかったでしょうねぇ」
髪を振り乱してげしげしと踏みつけるレイラを冷ややかに見ながらルシウスが相変わらず淡々と答える。その言葉にレイラが固まった。血走った眼をルシウスに向ける。
「…あの人に見せたの?」
「お見せした上で、ご決断いただきましたよ?」
声にならない悲鳴をあげて、レイラがルシウスに襲いかかる。
「≪茨縛≫」
かぎづめのように曲げた爪がルシウスに届く前に、空中に出現した茨のツルがレイラを拘束した。
「速いね」
「護衛も兼ねておりますから」
「ありがとう」
お茶を飲みながらのやりとりに、レイラがなおも歯を剥いて暴れる。
「化け物!悪魔!お前たちの言うことをあの人が信じるもんか」
「レイラ…もうやめよう…」
やりとりを入口で途方に暮れて見ていたマルキスが、ようやく声をかけた。
「あなた…ちがう…ちがうのよ」
「ずいぶん前から知ってたんだよ。お前が、アイラからの仕送りを男に渡していることも、知っていた…知ってて、知らないふりをしていた」
「うそ…うそよ…」
「私たちはずっと昔に終わっていたのに、終わりにする勇気がなくて、みんなを不幸にしてしまったね」
泣きそうな笑顔で妻と呼んでいた女に笑いかける。だが、その思いはその女には届かなかった。
「そうよ、あなたが悪いのよ!あなたが、あんな、あんな化け物を私に産ませるから!あいつが、あいつがいなければ、私だっ…て!うぐっ」
ぎりっと茨のツルが締まった。マリエルの目にほのかに殺意がひらめいている。それを手で制しつつ、ルシウスが〆に入る。
「まあ、そういうわけですので。奥さまには申し訳ありませんが、今後一切アイラとその家族には関わらないでいただきます。手切れ金は差し上げますので、今後のご生活にお役立たせください。もし、お約束に関わらず、アイラの周囲に姿をお見せになった場合は…」
言葉を切って、レイラを見つめる。毒づこうとしていたレイラは、言葉をとぎらせ、真っ青になった。
「ご理解いただけたようで幸いです」
では、お引き取りください。と、ツルを解き、退出を促すころにはレイラは燃え尽きたようになっていた。
「大丈夫でしょうか?」
「あの優柔不断な父親は、泣き付かれたら揺らぎそうだから、さっさと確保して引き離してしまったほうがいいな」
別に2人でぐだぐだになろうが、本来なら知ったことじゃないが、あれでもシンシアの孫だし、アイラの父親だからな、とルシウスが肩をすくめる。
「了解いたしました。至急手配いたします」
「さすがマリエルちゃんかっこいー」
「それいい加減やめないとしばきますよ」
ハッピーエンドとは言えないかもしれない。だけれど、守りたいものを守るために、できることをするだけだ。
すっかり冷めきったお茶の最後の一口を流し込むと、帰還のために立ちあがった。