「陰キャは限界」と俺を捨てた幼馴染を未練ゼロで即切りしたら、学園の令嬢が「ずっと待ってたの」と家に押し掛けてきた。今更泣いてすがりつく元幼馴染は完全スルーで、極上の甘やかし生活がスタートする。
「ねえ、あんたみたいな地味な男、もう一緒に歩くのも恥ずかしいの。別れてくれない?」
放課後の空き教室。夕日が差し込む中で、俺の幼馴染である相沢結花は、心底つまらなそうな顔でそう言い放った。
彼女の隣には、学園でも目立つサッカー部のエース、如月が立っており、結花の肩に親しげに腕を回している。
「俺さ、結花ちゃんみたいに可愛い子が、こんな陰キャの世話係みたいになってるのがずっと可哀想だなって思ってたんだよね。だから俺が救い出してあげることにしたわけ。悪いね、小鳥遊くん」
「そういうこと。如月くんは優しいし、エスコートも完璧だし、あんたと違って一緒にいて鼻が高いの。今まで私の幼馴染ってだけで付き合ってあげてたけど、もう限界」
結花は勝ち誇ったように笑う。
俺、小鳥遊浩介は、その言葉をただ静かに聞いていた。
結花とは家が隣同士で、親同士が忙しかったこともあり、物心ついた頃からずっと一緒にいた。
彼女は昔から見栄っ張りで、片付けができず、勉強も嫌いだった。そんな彼女が誰かに後ろ指を指されないように、俺は10年間、彼女の生活のすべてをサポートしてきた。
毎朝彼女の分の弁当を作り、ゴミ屋敷になりかける部屋を掃除し、テスト前には彼女の学力に合わせた専用の対策ノートを作り、彼女が「欲しい」と言ったコスメを買うためにバイト代を注ぎ込んできた。
俺が「地味」なのは、自分のための時間やお金を、すべて結花に捧げてきたからだ。
だが、彼女にとって俺の献身は「都合の良い便利な道具」でしかなかったらしい。
「……そうか」
俺の口から出たのは、たったそれだけの言葉だった。
怒りも、悲しみも、湧いてこなかった。ただ、憑き物が落ちたように、心がスッと軽くなっていくのを感じた。
「わかった。じゃあ、今までありがとう。お幸せに」
俺はカバンから結花の家の合鍵を取り出し、近くの机にコロンと置いた。
「え……?」
結花が拍子抜けしたような顔をする。俺が泣いてすがりつくか、怒り狂うとでも思っていたのだろうか。
俺はその場でスマホを取り出し、結花の連絡先を開いた。
通話履歴、LINE、SNSのフォロー。すべてを目の前で『ブロック&削除』する。
「な、ちょっと、何してるのよ……!」
「もう他人だろ? なら連絡先は必要ない。じゃあな」
振り返ることなく、俺は教室を後にした。
足取りは、羽が生えたように軽かった。ああ、俺は自由になったんだ。10年間背負い続けた、重くて厄介な呪いから解放されたのだ。
翌日。俺の生活は一変した。
朝5時に起きて2人分の弁当を作る必要はなくなり、ゆっくりと自分のためだけの朝食を作る。結花を待つ必要もないため、自分のペースで登校できる。
昼休み。結花は如月と中庭で昼食をとっていた。如月の取り巻きたちに囲まれ、彼女は学園のヒエラルキーの頂点に立ったかのように振る舞っている。
俺とすれ違う際、結花はわざとらしく如月の腕に抱きつき、「やっぱりイケメンの彼氏は最高だなぁ」と見せつけるように声を上げた。
だが、俺にとっては道端の石ころが喋っているのと変わらない。
視線すら向けず、完全にスルーして歩き去る。結花が少し苛立ったような表情を浮かべたのが視界の端に映ったが、どうでもいいことだ。
放課後。まっすぐ一人暮らしのマンション(親の転勤で現在一人暮らし中だ)に帰宅した俺は、自由な時間を満喫しようとコーヒーを淹れていた。
――ピンポーン。
不意にチャイムが鳴った。結花だろうか? いや、合鍵は返したし、ここに来る理由はないはずだ。
ドアスコープを覗くと、そこには予想だにしない人物が立っていた。
「……竜胆さん?」
慌ててドアを開けると、そこには学園の誰もが知る『氷の令嬢』、竜胆雪音が立っていた。
透き通るような銀髪に、宝石のような青い瞳。国内有数の財閥の令嬢であり、成績は常に学年首席。あまりの美しさと他を寄せ付けない冷たいオーラから、誰も気軽に話しかけられない存在だ。
俺とは何の接点もないはずの彼女が、なぜここに?
「突然ごめんなさい、小鳥遊くん。……入ってもいいかしら?」
「え、あ、うん。どうぞ」
促されるままにリビングへ通すと、彼女は少し緊張したように息を吐き、そして、氷の仮面が溶けるように、ふわりと柔らかく微笑んだ。
「……ずっと、待っていたの。あなたがフリーになる、この瞬間を」
「え?」
「私、知っているわ。あなたが毎朝5時に起きて、あの女の弁当を作っていたこと。テスト前には徹夜でノートをまとめていたこと。バイト代をすべて搾取されて、自分の服すら買えなかったこと。……あなたの隠された有能さと、見返りを求めない優しさを、私だけはずっと見ていたの」
竜胆さんは、俺の手にそっと自分の手を重ねた。その手はとても温かかった。
「あの女は愚かよ。最高の宝石を手にしておきながら、ただの石ころだと勘違いして投げ捨てた。……でも、おかげでやっと私の番が回ってきたわ」
「竜胆、さん……?」
「雪音、と呼んで。……ねえ浩介くん。これからは、私があなたに尽くすわ。あなたが今まで他人に与えてきた愛情の何倍も、何十倍も、私があなたに与える。だから、私をあなたの隣に置いてくれないかしら?」
それは、あまりにも真っ直ぐで、甘すぎる告白だった。
その日から、氷の令嬢による怒涛の甘やかし同棲生活(彼女が半ば強引に入り込んできた)がスタートした。
「浩介くん、朝ごはんできたわよ。今日は和食にしてみたの」
エプロン姿の雪音が、テーブルに料亭顔負けの豪華な朝食を並べる。彼女は俺の好みを完全にリサーチし尽くしていた。
「美味しい……! これ、本当に雪音が作ったの?」
「ふふっ、お口に合って良かった。もっと食べてね。あ、口元にご飯粒がついてるわ。……んっ」
俺の口元の米粒を、雪音が自分の指で拭い、そのままペロリと舐めとる。顔が熱くなる俺を見て、彼女は嬉しそうに目を細めた。
休日は、彼女が用意してくれた最高級の服に着替え、2人でデートに出かけた。
「浩介くん、これ絶対に似合うわ。試着してみて!……うん、やっぱりかっこいい。世界一素敵よ」
彼女は俺のすべてを全肯定してくれた。今まで「地味だ」「つまらない」と否定され続けてきた俺の心に、彼女の言葉が温かいお湯のように染み渡っていく。
夜はソファで膝枕をされながら、耳かきをしてもらうのが日課になった。
「浩介くんは本当に頑張り屋さんね。もう、誰かのために無理しなくていいのよ。これからは全部、私に甘えてちょうだい」
頭を優しく撫でられながら、俺は深い安堵と幸せの中で眠りにつく。
俺は今、間違いなく世界で一番幸せな男だった。
一方、俺という「万能のインフラ」を失った結花の生活は、文字通り急速に破綻していった。
数日後から、学園で見かける結花の様子がおかしくなった。
完璧にセットされていた髪はボサボサになり、制服にはシワが目立つようになった。化粧のノリも最悪で、目の下にはくっきりとクマができている。
風の噂で聞いた話によると、彼女の部屋はすでに足の踏み場もないほどのゴミ屋敷になっているらしい。自分で料理をしたことがないため毎食コンビニ弁当になり、肌荒れが悪化。
さらに、俺が作っていた対策ノートがなくなったことで、小テストは全科目で赤点を叩き出したという。
そして、決定的な出来事が起きた。
「お前、マジで使えねえな。部屋は臭いし、気は利かないし、最近肌もボロボロで可愛くねえし。もう別れようぜ」
如月からの、容赦のない通告だった。
「待って! 嫌だ、見捨てないで! 私、これから頑張るから!」
すがりつく結花を、如月は汚いものでも見るかのように振り払った。
「無理。俺は俺を立ててくれる可愛い女が好きなの。お前みたいに、何一つ自分でできない寄生虫はお断りだ。じゃあな」
如月は別のクラスの可愛い女子と腕を組んで去っていった。
結花は中庭の真ん中で崩れ落ち、周囲の生徒たちから冷ややかな視線と嘲笑を浴びていた。今まで彼女が他人に浴びせてきた見下すような視線が、そのまま自分に返ってきたのだ。
そこで結花は、ようやく理解した。
自分が優秀だったわけでも、魅力的だったわけでもない。
自分の輝かしい学園生活、清潔な部屋、美味しい食事、そこそこの成績……そのすべては、自分が「陰キャ」「地味」と見下して捨てた、小鳥遊浩介という土台の上で成り立っていただけの砂上の楼閣だったのだと。
「浩介……浩介ぇ……ッ!!」
後悔の念が、彼女の心をドロドロと浸食していった。
私が間違っていた。私にはあいつが必要だった。あいつなら、きっと私を許して、また私の世話を焼いてくれるはずだ。だって、10年も私を好きでいてくれたんだから。
結花は狂ったように立ち上がり、フラフラとした足取りで俺のマンションへと向かった。
その日の夜。
俺が雪音の作った極上のビーフシチューを堪能し、2人で映画を見てくつろいでいると、玄関のドアが激しく叩かれた。
『ドンドンドンッ! 浩介! 開けて! 浩介ぇ!!』
尋常ではない叩き方に、俺と雪音は顔を見合わせる。
俺が立ち上がり、玄関のドアを開けると、そこには幽鬼のようにボロボロになった結花の姿があった。
「浩介……ッ! あ、あああ、会いたかった!」
結花は俺の顔を見るなり、ボロボロと大粒の涙を流して土下座した。
「私が間違ってた! ごめんなさい、浩介がいないと私、何もできないの! お願い、もう一度私と付き合って! 今度は私が浩介を大事にするから、また私の世話をしてぇ!!」
地面に額を擦りつけ、鼻水を垂らしながら泣き叫ぶ元幼馴染。
しかし、俺の心には同情の欠片すら湧かなかった。ただ、ひたすらに面倒くさかった。
俺は氷のように冷たい声で見下ろした。
「……誰だっけ、君?」
「え……?」
結花が絶望に染まった顔を上げる。
「10年も世話したのに、1秒で乗り換えた女のことなんて、とっくに忘れたよ。俺は今、最高に幸せなんだ。二度と俺の視界に入らないでくれ」
「そ、そんな……嘘でしょ? 浩介は私のこと、ずっと好きで……」
その時、俺の後ろからふわりと良い香りが漂ってきた。
俺の大きめのシャツをパジャマ代わりに着た雪音が、静かに玄関に現れたのだ。その神々しいまでの美しさに、結花は息を呑んだ。
「……あなたね。浩介くんを不当に扱い、傷つけた愚か者は」
雪音の声音は、絶対零度のように冷たかった。
「り、竜胆、さん……? なんで、学年トップのあなたが、浩介の部屋に……」
「浩介くんは、今は私の恋人よ。私が彼を世界で一番愛しているの。あなたは彼を『地味な男』と言ったそうだけど、それはあなたの目が節穴だっただけ」
雪音は俺の腕にギュッと抱きつき、結花を見下ろした。
「彼は誰よりも優しくて、優秀で、最高の男性よ。あなたが捨てたダイヤモンドは、私が拾い上げて、一生大切に磨き続けるわ。……自分の身勝手さの代償を、底辺の泥水をすすりながら一生噛み締めなさい」
完膚なきまでの論破。
自分より圧倒的に美しく、優秀な存在から突きつけられた現実。
自分が捨てた「地味な男」が、実は誰よりも価値のある存在であり、もう手の届かない雲の上の存在になってしまったという事実。
「あ、ああ……あああああああああっ!!」
結花は喉の奥から獣のような悲鳴を上げ、その場に泣き崩れた。
もはや彼女にかける言葉は何もない。俺は静かに、そして完全に、玄関のドアを閉めた。
外から微かに聞こえていた泣き声は、やがて遠ざかっていった。
「……ごめんなさい、浩介くん。勝手に出てきてしまって」
「ううん、ありがとう雪音。おかげでスッキリしたよ」
俺が微笑むと、雪音は顔をパァッと輝かせ、勢いよく俺に抱きついてきた。
「浩介くん! 大好き、大好きよ! もうあの女は絶対に入り込ませない。あなたは私だけのものだから!」
「わわっ、ちょ、雪音、近いって!」
「ふふっ、照れてる浩介くんも可愛いわ。……ねえ、今日はこのまま、私と一緒に寝てくれるかしら?」
上目遣いで甘えてくる、世界一美しくて可愛い俺の彼女。
過去の未練なんて、1ミリも残っていない。俺の目の前には、ただ最高に幸せな未来だけが広がっている。
「……うん。俺も、雪音と一緒にいたい」
俺がそう答えると、彼女は満面の笑みを浮かべ、俺の唇に優しくキスを落とした。
底辺だと思われていた俺の人生は、最高の令嬢に見つけられたことで、極上のハッピーエンドを迎えたのだった。
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