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アホアホ戦記

作者: S珍蔵
掲載日:2026/02/06


 世界がまだ、ちゃんと間違っていた頃の話である。

 世界には八つの玉が散らばっていた。それは「アホの玉」と呼ばれ、持った者の知性を著しく下げる代わりに、不思議な力を与える代物だった。


 玉の名はこうだ。

 アホ、マヌケ、ドジ、オタンコナス、グズ、バカ、トンマ、トンチンカン。


 これらを手にした者は、例外なく会話が成立しなくなり、作戦を立てると必ず失敗し、なぜか最後に勝つ。


 一方、世界を支配していたのは「お利口魔王」。

 彼は千手先を読む戦略家で、部下の配置も経済政策も完璧だった。弱点はただ一つ――予測不能なものに弱い。


 最初に立ち上がったのは、アホの玉を持つ勇者アホタロウ。

「よし!魔王城に行こう!」

「どうやって?」

「歩いて!」


 最初に出会ったのは、アホタロウとドジミだった。


 アホタロウは旅立ちの日、村の門を出た瞬間に方向を間違え、三日三晩同じ畑を回っていた。四日目の朝、畑の真ん中で剣を抜こうとして転んでいる少女を見つけた。それがドジミだった。


「大丈夫?」

「大丈夫じゃないです!もう七回目です!」


 ドジミはドジの玉を持っていた。拾おうとするたびに落とし、落とすたびに何かが壊れ、壊れた拍子に魔物が倒れていた。


 二人が次に出会ったのはマヌケ丸だった。

 彼は「魔王城→」と書かれた看板を信じて崖から落ち、なぜか無傷で川に流されていた。


「地図、逆さだったみたいです」

「あるある!」とアホタロウは深くうなずいた。


 オタンコナスは町の広場で出会った。

 彼は演説台に立ち、「私は何を言いたいのか分かりません!」と叫んでいた。人々は感動し、拍手喝采を送っていた。本人は理由が分からず泣いていた。


 グズは宿屋で合流した。

 注文に三時間かけ、スープが冷め、夜になり、宿屋が閉まっても「もうすぐ決まります」と言っていた。なぜか誰も怒らなかった。


 バカは森で木に話しかけていた。

「今日はいい天気だね」

 木は答えなかったが、バカは満足そうだった。バカの玉は首から下がっていた。


 トンマは剣を持って逆向きに振り続け、誰もいない方向の敵を倒していた。

「敵、いました?」

「今、いなくなりました」


 最後に現れたのがトンチンカンだった。

 彼は全員の会話を一切理解していなかったが、なぜか話の核心だけは掴んでいた。


「つまり、魔王を倒すんですよね?」

「そう!」

「じゃあ、行きましょう!」


 八人は理由も目的も曖昧なまま歩き出した。

 誰も作戦を立てず、誰も疑問を持たず、ただ一つだけ共通していた。


 ――自分たちは、お利口じゃない。


 その瞬間、遠くの魔王城で、お利口魔王がくしゃみをしたという。


 オタンコナス、グズ、バカ、トンマ、トンチンカンも次々合流し、会議は常にこうなった。

「で、どうする?」

「うーん、わかんない!」

「まあ、行けばなんとかなる!」


  旅は失敗の連続だった。というより、失敗しかなかった。


 最初の失敗は、全員が「自分が先頭だ」と思っていたことだ。結果、隊列は円になり、三時間ぐるぐる回った末、出発地点に戻った。


「着いた?」

「まだだと思う」

「じゃあ、もう一回出発しよう!」


 次の失敗は食料調達だった。

 グズが焚き火を起こすのに半日かけ、やっと火がついた頃には夜が明けていた。ドジミが鍋を置こうとして蹴り倒し、スープは地面に吸い込まれた。


「もったいない!」

 バカは地面に向かって謝った。


 橋を渡る場面では、マヌケ丸が「揺れるから危険です」と言い、全員が橋の下を泳いで渡ることにした。鎧が重くて沈みかけたが、なぜか下流にあった温泉宿に流れ着き、結果オーライだった。


 夜の見張りでは、トンマが敵と逆方向を警戒し続け、トンチンカンは「敵はいません」と昼間に報告した。誰も聞いていなかった。


 最大の失敗は作戦会議だった。

「正面から行く?」

「裏から行く?」

「そもそも、どこ?」


 三時間話し合った末、結論は出なかったが、オタンコナスが感極まって泣き出し、なぜか全員の士気が上がった。


 罠にも何度もかかった。

 落とし穴に全員で落ち、助け合うつもりが、全員同時に引っ張り合って、穴が崩れ、外に出た。

「失敗した!」

「でも出られた!」


 一番ひどい失敗は、道を間違えて魔王城を素通りしたことだった。

「気づかなかったね」

「大きかったのに」


 引き返す途中、魔王軍の補給部隊とぶつかったが、八人は謝り続け、相手が混乱して撤退した。


 こうして失敗は積み重なり、なぜか前進していた。

 失敗は彼らを止めず、失敗は彼らを結びつけ、失敗は敵の想定を外し続けた。


 その頃、お利口魔王は報告書を握り潰していた。

「失敗が……意味をなしていない……!」


 八人は知らない。

 自分たちが世界で一番、厄介な存在になっていることを。


 魔王は水晶玉で彼らを見て震えた。

「読めない……!論理が存在しない!」


 戦いは一瞬だった。

 アホ戦士たちは連携せず、作戦もなく、ただ突っ込んだ。

 お利口魔王は完璧な対策を用意していたが、想定外すぎて全部ズレた。


 魔王城は、無駄がなかった。

 左右対称、完全な動線、警備配置は理論的最適解。お利口魔王は玉座に座り、八人を迎え撃つ準備を終えていた。


「来るだろう。だが問題ない」


 魔王は未来を読む。敵が賢ければ罠で潰し、愚かなら誘導する。

 だが、水晶玉に映る八人を見て、初めて眉をひそめた。


「……隊列がない?」


 アホタロウは逆走し、ドジミは階段で転び、マヌケ丸は「ここ城ですか?」と門番に聞いていた。

 門番は対応に迷い、結果として通してしまった。


 第一防衛線。

 魔王軍精鋭部隊が現れるが、八人は気づかない。


「広いねー」

「迷子になりそう」


 トンマが間違って振った剣が天井の鎖を切り、落ちてきた照明が部隊を薙ぎ倒した。

 魔王は沈黙した。


「偶然……だが、次はない」


 第二防衛線、幻覚迷宮。

 理性を試す罠だった。


 しかし、バカは幻覚に話しかけた。

「君、誰?」

 幻覚は設定外の反応に崩壊した。


 作戦室で、魔王は初めて汗をかいた。


「理解不能だ……判断基準が存在しない……!」


 ついに玉座の間。

 八人は横一列にならず、なぜか散らばって立った。


「さて、君たち。私を倒す算段は?」

「ない!」

「考えてない!」

「今から考える?」


 魔王は笑った。

「愚かだ。知性なき者に未来はない!」


 魔王の最終魔法が発動する。

 完全論理結界。矛盾する存在を排除する力。


 だが、結界は動かなかった。


「なぜだ……?」

 トンチンカンが首を傾げる。

「え?俺たち、矛盾してる前提ですよ?」


 結界が悲鳴を上げて崩れる。


 ドジミが転び、オタンコナスが感動して泣き、グズが詠唱を聞き終わる前に時間切れになり、アホタロウが勢いで突っ込んだ。


 結果、玉座が壊れた。


 魔王は膝をついた。

「私は……間違っていた……世界は、計算できると思っていた……」


 アホタロウは言った。

「難しいことはわかんないけどさ。生きてると、だいたい失敗するよね」


 魔王は笑った。

「……それが、答えか」


 城は崩れなかった。

 世界も壊れなかった。


 ただ、お利口魔王は職を失い、八人は帰り道を間違えた。


 だが世界は、少しだけ自由になった。


 アホは勝ったのではない。

 理屈が、負けただけだった。


 最後はトンチンカンが、間違えて押したボタンで魔王城が自壊した。


 こうして世界は救われた。

 その後、八人は何をしたかというと――特に何もしなかった。

 ただ集まって笑い、失敗し、また笑った。


 世界は少しだけ、生きやすくなったという。


 知性が世界を作り、アホが世界を救ったのだった。


 完


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