アホアホ戦記
世界がまだ、ちゃんと間違っていた頃の話である。
世界には八つの玉が散らばっていた。それは「アホの玉」と呼ばれ、持った者の知性を著しく下げる代わりに、不思議な力を与える代物だった。
玉の名はこうだ。
アホ、マヌケ、ドジ、オタンコナス、グズ、バカ、トンマ、トンチンカン。
これらを手にした者は、例外なく会話が成立しなくなり、作戦を立てると必ず失敗し、なぜか最後に勝つ。
一方、世界を支配していたのは「お利口魔王」。
彼は千手先を読む戦略家で、部下の配置も経済政策も完璧だった。弱点はただ一つ――予測不能なものに弱い。
最初に立ち上がったのは、アホの玉を持つ勇者アホタロウ。
「よし!魔王城に行こう!」
「どうやって?」
「歩いて!」
最初に出会ったのは、アホタロウとドジミだった。
アホタロウは旅立ちの日、村の門を出た瞬間に方向を間違え、三日三晩同じ畑を回っていた。四日目の朝、畑の真ん中で剣を抜こうとして転んでいる少女を見つけた。それがドジミだった。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです!もう七回目です!」
ドジミはドジの玉を持っていた。拾おうとするたびに落とし、落とすたびに何かが壊れ、壊れた拍子に魔物が倒れていた。
二人が次に出会ったのはマヌケ丸だった。
彼は「魔王城→」と書かれた看板を信じて崖から落ち、なぜか無傷で川に流されていた。
「地図、逆さだったみたいです」
「あるある!」とアホタロウは深くうなずいた。
オタンコナスは町の広場で出会った。
彼は演説台に立ち、「私は何を言いたいのか分かりません!」と叫んでいた。人々は感動し、拍手喝采を送っていた。本人は理由が分からず泣いていた。
グズは宿屋で合流した。
注文に三時間かけ、スープが冷め、夜になり、宿屋が閉まっても「もうすぐ決まります」と言っていた。なぜか誰も怒らなかった。
バカは森で木に話しかけていた。
「今日はいい天気だね」
木は答えなかったが、バカは満足そうだった。バカの玉は首から下がっていた。
トンマは剣を持って逆向きに振り続け、誰もいない方向の敵を倒していた。
「敵、いました?」
「今、いなくなりました」
最後に現れたのがトンチンカンだった。
彼は全員の会話を一切理解していなかったが、なぜか話の核心だけは掴んでいた。
「つまり、魔王を倒すんですよね?」
「そう!」
「じゃあ、行きましょう!」
八人は理由も目的も曖昧なまま歩き出した。
誰も作戦を立てず、誰も疑問を持たず、ただ一つだけ共通していた。
――自分たちは、お利口じゃない。
その瞬間、遠くの魔王城で、お利口魔王がくしゃみをしたという。
オタンコナス、グズ、バカ、トンマ、トンチンカンも次々合流し、会議は常にこうなった。
「で、どうする?」
「うーん、わかんない!」
「まあ、行けばなんとかなる!」
旅は失敗の連続だった。というより、失敗しかなかった。
最初の失敗は、全員が「自分が先頭だ」と思っていたことだ。結果、隊列は円になり、三時間ぐるぐる回った末、出発地点に戻った。
「着いた?」
「まだだと思う」
「じゃあ、もう一回出発しよう!」
次の失敗は食料調達だった。
グズが焚き火を起こすのに半日かけ、やっと火がついた頃には夜が明けていた。ドジミが鍋を置こうとして蹴り倒し、スープは地面に吸い込まれた。
「もったいない!」
バカは地面に向かって謝った。
橋を渡る場面では、マヌケ丸が「揺れるから危険です」と言い、全員が橋の下を泳いで渡ることにした。鎧が重くて沈みかけたが、なぜか下流にあった温泉宿に流れ着き、結果オーライだった。
夜の見張りでは、トンマが敵と逆方向を警戒し続け、トンチンカンは「敵はいません」と昼間に報告した。誰も聞いていなかった。
最大の失敗は作戦会議だった。
「正面から行く?」
「裏から行く?」
「そもそも、どこ?」
三時間話し合った末、結論は出なかったが、オタンコナスが感極まって泣き出し、なぜか全員の士気が上がった。
罠にも何度もかかった。
落とし穴に全員で落ち、助け合うつもりが、全員同時に引っ張り合って、穴が崩れ、外に出た。
「失敗した!」
「でも出られた!」
一番ひどい失敗は、道を間違えて魔王城を素通りしたことだった。
「気づかなかったね」
「大きかったのに」
引き返す途中、魔王軍の補給部隊とぶつかったが、八人は謝り続け、相手が混乱して撤退した。
こうして失敗は積み重なり、なぜか前進していた。
失敗は彼らを止めず、失敗は彼らを結びつけ、失敗は敵の想定を外し続けた。
その頃、お利口魔王は報告書を握り潰していた。
「失敗が……意味をなしていない……!」
八人は知らない。
自分たちが世界で一番、厄介な存在になっていることを。
魔王は水晶玉で彼らを見て震えた。
「読めない……!論理が存在しない!」
戦いは一瞬だった。
アホ戦士たちは連携せず、作戦もなく、ただ突っ込んだ。
お利口魔王は完璧な対策を用意していたが、想定外すぎて全部ズレた。
魔王城は、無駄がなかった。
左右対称、完全な動線、警備配置は理論的最適解。お利口魔王は玉座に座り、八人を迎え撃つ準備を終えていた。
「来るだろう。だが問題ない」
魔王は未来を読む。敵が賢ければ罠で潰し、愚かなら誘導する。
だが、水晶玉に映る八人を見て、初めて眉をひそめた。
「……隊列がない?」
アホタロウは逆走し、ドジミは階段で転び、マヌケ丸は「ここ城ですか?」と門番に聞いていた。
門番は対応に迷い、結果として通してしまった。
第一防衛線。
魔王軍精鋭部隊が現れるが、八人は気づかない。
「広いねー」
「迷子になりそう」
トンマが間違って振った剣が天井の鎖を切り、落ちてきた照明が部隊を薙ぎ倒した。
魔王は沈黙した。
「偶然……だが、次はない」
第二防衛線、幻覚迷宮。
理性を試す罠だった。
しかし、バカは幻覚に話しかけた。
「君、誰?」
幻覚は設定外の反応に崩壊した。
作戦室で、魔王は初めて汗をかいた。
「理解不能だ……判断基準が存在しない……!」
ついに玉座の間。
八人は横一列にならず、なぜか散らばって立った。
「さて、君たち。私を倒す算段は?」
「ない!」
「考えてない!」
「今から考える?」
魔王は笑った。
「愚かだ。知性なき者に未来はない!」
魔王の最終魔法が発動する。
完全論理結界。矛盾する存在を排除する力。
だが、結界は動かなかった。
「なぜだ……?」
トンチンカンが首を傾げる。
「え?俺たち、矛盾してる前提ですよ?」
結界が悲鳴を上げて崩れる。
ドジミが転び、オタンコナスが感動して泣き、グズが詠唱を聞き終わる前に時間切れになり、アホタロウが勢いで突っ込んだ。
結果、玉座が壊れた。
魔王は膝をついた。
「私は……間違っていた……世界は、計算できると思っていた……」
アホタロウは言った。
「難しいことはわかんないけどさ。生きてると、だいたい失敗するよね」
魔王は笑った。
「……それが、答えか」
城は崩れなかった。
世界も壊れなかった。
ただ、お利口魔王は職を失い、八人は帰り道を間違えた。
だが世界は、少しだけ自由になった。
アホは勝ったのではない。
理屈が、負けただけだった。
最後はトンチンカンが、間違えて押したボタンで魔王城が自壊した。
こうして世界は救われた。
その後、八人は何をしたかというと――特に何もしなかった。
ただ集まって笑い、失敗し、また笑った。
世界は少しだけ、生きやすくなったという。
知性が世界を作り、アホが世界を救ったのだった。
完




