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異世界恋愛短編

『貴様の心の声はうるさいんだよ!』と怒鳴ったが、内心では「もっと褒めてくれ」と思っていたし、可愛すぎて抱きしめるのを我慢していた俺の話

作者: 神野あさぎ
掲載日:2025/12/01

 俺の世界は、いつだって騒音に満ちている。

「(あわよくば皇太子の側室に……)」

「(この事業案を通して私腹を肥やしてやる……)」

「(チッ、偉そうに)」

 すれ違う貴族、騎士、侍女。

 俺の「加護」は、彼らの腹の底にあるドス黒い欲望を勝手に拾ってしまう。

 だから俺は、誰も信じないし、誰にも心を許さない。「氷の皇太子」? 結構な二つ名だ。

 だが。

 たった一人だけ、例外がいる。

「……おい、リリアナ」

 俺は、庭園を歩いていた婚約者の背中を呼び止めた。

 リリアナ・ベルンシュタイン。

 悪役令嬢と噂される、俺の婚約者だ。

 彼女が振り返り、俺を見る。

 扇で口元を隠し、冷ややかな瞳で俺を見返すその姿は、一見するとプライドの高い貴族令嬢そのものだ。

 だが、俺の脳内に響いてくるのは、まったく別の「声」だった。

『うっ……今日も顔が良い……!!』

 ……これだ。

 また始まった。

『ああん、その蔑むような目! 最高です! もっとゴミを見るような目で私を見てください!』

 俺は必死に眉間にシワを寄せ、表情筋を固めた。

 気を抜くと、吹き出してしまうからだ。

 なんだ「ゴミを見るような目」って。俺は普通に見てるだけだ。

『そしてその長い睫毛の影を私の網膜に焼き付けて! 今日も銀髪がサラサラでキューティクルが輝いていて、まさに歩く世界遺産……神よ、彼を創造してくれてありがとう……!』

 ……相変わらず、語彙力が凄まじい。

 彼女の心の声には、一点の曇りもない。

 打算も、嫉妬も、悪意もない。

 あるのは、俺という存在への、狂気じみた「信仰」だけだ。

 正直に言おう。

 ……悪い気はしない。

 いやむしろ、最近はこの「騒音」を聞かないと落ち着かない体になってしまっている。

 俺はわざと不機嫌な声を出し、彼女に近づいた。

「……何か用か?」

『(キャーーーー! 近づいてきた! 待って、心の準備が! 毛穴とか見ないで! いや見て! むしろ視線で殺して!)』

 うるさい。本当にうるさい。

 だが、俺に向けられる感情の中で、これほど真っ直ぐで熱烈な「好意」は他にない。

 俺の地位も、権力も関係ない。ただ「俺」という個体を見てくれている。

 俺は内心でニヤけそうになる口元を、手で必死に隠した。

「ッ……!?」

『(殿下? いかがなさいました? お顔が赤いですけれど)』

 誰のせいだと思ってるんだ。

 お前の愛が重すぎて、容量オーバーしそうなんだよ。

 俺はもう限界だった。

 このままでは、ただの「変な心の声を聞いてニヤつく不審者」になってしまう。

 ここらで釘を刺しておかねば。

「貴様……いい加減にしろよ」

「はい?」

「さっきから! 俺の顔を見るたびに! 心の中で大騒ぎしおって!」

 言ってしまった。

 リリアナが固まる。思考も一瞬停止したようだ。

「……きこ、えて?」

 彼女の顔が蒼白になり、絶望の色に染まっていく。

 そして、次に響いてきた心の声は、俺の胸を締め付けた。

『(も、申し訳ありません……! 不快でしたよね、気持ち悪いですよね……! すぐに視界から消えますので、どうか婚約破棄を……!)』

 は?

 婚約破棄?

 冗談じゃない。

 お前がいなくなったら、俺はまたあのドス黒い欲望の渦の中で、一人きりになるのか?

 俺の髪のキューティクルを心配し、俺の鎖骨を見て拝むような奴は、世界中探してもお前しかいないんだぞ?

 俺は反射的に彼女の腕を掴んでいた。

「……待て。誰が婚約破棄すると言った」

 焦るな、俺。

 素直になれ。

 いや、素直になりすぎるとキャラが崩壊する。

 ギリギリのラインを攻めるんだ。

「……不快では、ない」

 精一杯の虚勢だった。

 本当は「もっと聞かせろ」と言いたい。

 「俺のこと好きなんだろ? 知ってるぞ」と抱きしめたい。

 だが、今はこれが精一杯だ。

「だから、責任を取れ。一生俺の側で、そのバカみたいな心の声を聞かせ続けろ」

 俺が告げると、リリアナの心の声が爆発した。

『(えっ……それって、つまり……プロポーズ!? 推しからの!? 嘘でしょ!? キャーーーー!! 尊い! 無理! しんどい! 好き!!!)』

 ……ああ、やっぱりうるさい。

 鼓膜が痛いレベルだ。

 けれど、俺はその騒音の中で、久しぶりに心からの安らぎを感じていた。

 この愛すべき「変態」を、絶対に手放してやるものか。

 俺は耳を塞ぎながら、彼女のこれから見せるであろう、とびきりの笑顔を待ちわびていた。


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