『貴様の心の声はうるさいんだよ!』と怒鳴ったが、内心では「もっと褒めてくれ」と思っていたし、可愛すぎて抱きしめるのを我慢していた俺の話
俺の世界は、いつだって騒音に満ちている。
「(あわよくば皇太子の側室に……)」
「(この事業案を通して私腹を肥やしてやる……)」
「(チッ、偉そうに)」
すれ違う貴族、騎士、侍女。
俺の「加護」は、彼らの腹の底にあるドス黒い欲望を勝手に拾ってしまう。
だから俺は、誰も信じないし、誰にも心を許さない。「氷の皇太子」? 結構な二つ名だ。
だが。
たった一人だけ、例外がいる。
「……おい、リリアナ」
俺は、庭園を歩いていた婚約者の背中を呼び止めた。
リリアナ・ベルンシュタイン。
悪役令嬢と噂される、俺の婚約者だ。
彼女が振り返り、俺を見る。
扇で口元を隠し、冷ややかな瞳で俺を見返すその姿は、一見するとプライドの高い貴族令嬢そのものだ。
だが、俺の脳内に響いてくるのは、まったく別の「声」だった。
『うっ……今日も顔が良い……!!』
……これだ。
また始まった。
『ああん、その蔑むような目! 最高です! もっとゴミを見るような目で私を見てください!』
俺は必死に眉間にシワを寄せ、表情筋を固めた。
気を抜くと、吹き出してしまうからだ。
なんだ「ゴミを見るような目」って。俺は普通に見てるだけだ。
『そしてその長い睫毛の影を私の網膜に焼き付けて! 今日も銀髪がサラサラでキューティクルが輝いていて、まさに歩く世界遺産……神よ、彼を創造してくれてありがとう……!』
……相変わらず、語彙力が凄まじい。
彼女の心の声には、一点の曇りもない。
打算も、嫉妬も、悪意もない。
あるのは、俺という存在への、狂気じみた「信仰」だけだ。
正直に言おう。
……悪い気はしない。
いやむしろ、最近はこの「騒音」を聞かないと落ち着かない体になってしまっている。
俺はわざと不機嫌な声を出し、彼女に近づいた。
「……何か用か?」
『(キャーーーー! 近づいてきた! 待って、心の準備が! 毛穴とか見ないで! いや見て! むしろ視線で殺して!)』
うるさい。本当にうるさい。
だが、俺に向けられる感情の中で、これほど真っ直ぐで熱烈な「好意」は他にない。
俺の地位も、権力も関係ない。ただ「俺」という個体を見てくれている。
俺は内心でニヤけそうになる口元を、手で必死に隠した。
「ッ……!?」
『(殿下? いかがなさいました? お顔が赤いですけれど)』
誰のせいだと思ってるんだ。
お前の愛が重すぎて、容量オーバーしそうなんだよ。
俺はもう限界だった。
このままでは、ただの「変な心の声を聞いてニヤつく不審者」になってしまう。
ここらで釘を刺しておかねば。
「貴様……いい加減にしろよ」
「はい?」
「さっきから! 俺の顔を見るたびに! 心の中で大騒ぎしおって!」
言ってしまった。
リリアナが固まる。思考も一瞬停止したようだ。
「……きこ、えて?」
彼女の顔が蒼白になり、絶望の色に染まっていく。
そして、次に響いてきた心の声は、俺の胸を締め付けた。
『(も、申し訳ありません……! 不快でしたよね、気持ち悪いですよね……! すぐに視界から消えますので、どうか婚約破棄を……!)』
は?
婚約破棄?
冗談じゃない。
お前がいなくなったら、俺はまたあのドス黒い欲望の渦の中で、一人きりになるのか?
俺の髪のキューティクルを心配し、俺の鎖骨を見て拝むような奴は、世界中探してもお前しかいないんだぞ?
俺は反射的に彼女の腕を掴んでいた。
「……待て。誰が婚約破棄すると言った」
焦るな、俺。
素直になれ。
いや、素直になりすぎるとキャラが崩壊する。
ギリギリのラインを攻めるんだ。
「……不快では、ない」
精一杯の虚勢だった。
本当は「もっと聞かせろ」と言いたい。
「俺のこと好きなんだろ? 知ってるぞ」と抱きしめたい。
だが、今はこれが精一杯だ。
「だから、責任を取れ。一生俺の側で、そのバカみたいな心の声を聞かせ続けろ」
俺が告げると、リリアナの心の声が爆発した。
『(えっ……それって、つまり……プロポーズ!? 推しからの!? 嘘でしょ!? キャーーーー!! 尊い! 無理! しんどい! 好き!!!)』
……ああ、やっぱりうるさい。
鼓膜が痛いレベルだ。
けれど、俺はその騒音の中で、久しぶりに心からの安らぎを感じていた。
この愛すべき「変態」を、絶対に手放してやるものか。
俺は耳を塞ぎながら、彼女のこれから見せるであろう、とびきりの笑顔を待ちわびていた。




