1.5 危険生物との遭遇
すでに書いていたものを大幅に修正しました。
そのため、前回のエピソードも一部修正を行なっております。
申し訳ありません。
変な人を拾ってしまった。怖い。
これが現在のセシリアの正直な感想であった。
セシリアの前に、とても怒っている、とても美しい生き物がいる。
やつれてはいるものの、陶器のような白い肌に流れるような漆黒の髪。
磨き抜かれたエメラルドのような瞳。
その宝石のような瞳の奥には危険な光が浮かんでいる。
そして、どうやら、ただならぬ敵意が、セシリアに向けられている。
問題は、その理由についてセシリアには全く心当たりがないことだった。
空気が凍りつくとは、こういうことを言うのか、とセシリアは痛感した。
「気分はどうかしら・・・?」
努めて明るい声を出そうとするも、語尾が頼りなく上がってしまう。
「・・・・・」
見てわからないのかとでも言いたげな、凍てつくような眼差しに、背筋も凍りそうな思いがする。
「ミラヴェル様、です・・・よね?実は・・・以前一度お目にかかったことがあるのです。大勢の人がいたし、覚えていないでしょうけれど・・・。セシリア・ヴァルトハイムと申します。ここはヴァルトハイム伯爵の屋敷でございます。ミラヴェル様は数日前に、領内の川岸で倒れていらしたのです」
実は以前、言葉も交わしているのだが、記憶にないのだろう、懐かしく再会を喜ぶ会話に繋がることはなかった。ミラヴェルはやや目を見開いたが、すぐに苦い表情を浮かべ、切り裂くような瞳の光はその鋭さを増した。
今や明確な敵意がまっすぐにセシリアに向けられている。
(・・・・待って待って!?おかしくない!?)
今すぐ尻尾を巻いて逃げたい、とセシリアは思った。
しかし、そういう訳にもいかないので、さっさと用件を片付けてしまおう、と、背筋を伸ばし、顔を上げた。
「ごめんなさい、ここは王都から少し離れているものですから、私達も事情を存じ上げず・・・・。
伯爵は療養中ですし、私も母の喪に服すためにしばらく社交界を離れておりましたの。
あ、でも、すぐに侯爵家に手紙を送り、迎えの手配を整えさせましょう」
その言葉を聞いたミラヴェルの瞳に、初めて微かな動揺がよぎった。
「・・・・待って」
硝子細工のような唇から、掠れた声がこぼれた。
「? ええ、ああ、それはもちろん。まずご実家に無事を連絡して、お戻りになるのは、お身体が回復なさってからに。それまでどうぞゆっくりなさって」
ミラヴェルの眉間にわずかに苛立ちが浮かぶ。
早く家に帰りたいのだろう、とセシリアは思った。
こちらとしても、あまり滞在が長引けばこの家の窮状を隠すのが難しい。
しかし、病人を手配違いで届いた荷物のように送り返すわけにもいかない。ましてや相手は侯爵家である。
セシリアが続けようとしたとき、遠慮がちにノックの音がして、クララが顔を出した。
「失礼します。お嬢さま、お客さまがお見えです」
「お客さま・・・?私に?」
はて、来客の予定はなかったはず、と首を傾げるセシリアにも、外から声が聞こえてきた。
「では、控えの間にお通しして」
短く伝えると、ミラヴェルに顔を向け
「ミラヴェル様、失礼致します。また後ほど改めて」
ミラヴェルはセシリアの方を見ていなかった。
窓際から、前庭で使用人と話している男の様子をじっと眺めていた。
控えの間に着くと、すでにルーカスが来ていた。
深緑色のフロックコートに、同色の帽子を胸にした商人らしき男が、壁にかけられた風景画を眺めており、その後ろに荷物を抱えた地味な助手が立っていた。
商人の隣には、見覚えのある若者の姿があった。青ざめ、俯いているのは、つい先日までこの屋敷で働いていた従僕のニールだった。
「伯爵はお加減が優れないので、私が代わりに伺います」
セシリアの声に商人の男は振り返り、手にしていた見事な細工の杖を横に立てかけ、丁寧にお辞儀をした。
「どういったご用件かしら」
「お嬢さま!お会いできるとは光栄です。本来ならば紹介もなく押しかけるなど許されない非礼、どうぞお許しください。王都で商いをしております、モーリスと申します。現在は、買い付けのために近くの街の宿に滞在しておりまして。」
モーリスと名乗った男は、セシリアに向かい、神妙な面持ちで挨拶をした。
セシリアは戸惑いながら、椅子を勧め、自らも向かいの椅子に浅く腰掛けた。
買い付けと言っていたが、商談をしたいとでもいうのだろうか?
「実は先日、そちらの若者が、ヴァルトハイム家の使いだと私のところに参ったのです」
モーリスは、ニールを見やり、後ろの助手に指で合図すると、助手は鞄の中から包みを出して、小卓の上に置いた。
モーリスはその包みを開きながら
「一刻を争うご事情がお有りだという切実な訴えを耳にしまして、その上、ヴァルトハイム家のお品と伺い、それならば是非お役に立ちたいと、私も迅速な対応を最優先致しました」
一体何の話だろう。
セシリアは嫌な予感に、胸が重くなるのを感じた。
ニールの方へ視線を向けるが、ニールは床を見つめたまま身じろぎもしない。
「ご存知の通り、私どもの商売は信頼と人脈が命、今後ヴァルトハイム家とお取引ができるなら、私どもには願ってもないことなのです」
セシリアは、包みから表れた品を見て、小さく息を呑んだ。
テーブルの上には、見覚えのある銀製の小箱が乗せられていた。
小箱の縁には金細工、蓋に銀細工で蔦の紋様が施され、小さな宝石がいくつかあしらわれている。
今は亡き、セシリアの祖父の愛用の箱だった。
モーリスは、セシリアの顔を見て神妙に頷く。
「ところが、後日改めて精査した際に、誠に申し上げにくい事実が判明いたしまして」
モーリスは、困惑したように眉を下げ、卓上の小箱を痛ましげに見つめた。
「こちらは、実に精巧に作られた模造品でございました」
予想だにしなかった言葉に、セシリアは頭から冷水を浴びせられたような衝撃を受け、顔を上げた。
モーリスは顎に指を添え、短く整えられた髭を摩ると首を振り
「私どもにとっても、これは痛恨の極み。紛い物を掴んだと噂になれば、商売上がったりでございます。
本来ならば公にすべき事案かもしれませんが、そうなれば伯爵家の名誉にも傷がつく。
それは私の本意ではございません。
ですから、こうして私どもの落ち度も含め、内々に収めたいと参じた次第です。
私としても、この件は帳簿の上だけで解決したいと考えております。」
助手がそっと書類を小箱の横に並べた。
数字を見たルーカスの目が険しくなった。
セシリアは正面の男に目を向けた。
これは一体どういう事なのか。
商人の目に、労わるような優しい色が浮かぶ。
「本来ならばこのような話で優しいお嬢さまの胸を煩わせたくないのです」
商人が柔らかな声でそう告げたとき、入口で大きな物音がした。
読んで頂きありがとうございます。遅筆申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




