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1.1 没落寸前、崖っぷち令嬢の苦悩

この物語は、没落寸前の貴族令嬢が、家族のために

時代の変わり目に領地の再建へと踏み出す話です。


重い出だしになってしまいましたが、軽い会話や日常も綴っていく予定です。

ゆっくりと進む再生の物語を楽しんでいただければ幸いです。

飴色の机の上に、沈みかけた陽が斜めに差し込んでいた。

窓の外は藍と橙色が溶け合い、樹々の影がゆっくりと濃さを増していく。


ローデルク領主伯爵の娘、セシリア・フォン・ヴァルトハイムは、深いため息をついた。

重厚な執務机に広げられた帳簿を深い青の瞳で睨みつける。

その帳簿が突きつける事実は容赦なく、希望的観測の入り込む隙など微塵もない。

明白過ぎていっそ清々しいほどだ。


おかねがない。


分かっていた。分かりきっていた。

由緒あるこの屋敷さえ、もはや維持するのがやっとだ。

それどころか、維持費を削るために東翼はまるごと封鎖し、かつては大勢いた使用人も最低限しか残っていない。


セシリアは火の消えた暖炉の上のスペースに青い瞳を向けた。

もとより決して華美ではなかったが、そこに飾られていた装飾品や花瓶に活けられた花も、人員削減による業務の効率化、つまり掃除の手間を省くために片付けられ、今は無防備な壁肌が晒されていた。


今さら焦ったところで何になるわけでもない——。

そう分かっていても、胸の奥に冷たいものが押し寄せ、思わず身が震える。


どうにかしなくては。


「リオンの成人の儀までに」

幼い弟のことを思い出し、そっと口にしてみる。


成人の儀。

名家の子息が正式に社会へ迎え入れられる、将来のかかった重大な通過儀礼。

それまでにこの財政難から抜け出し、全ての支度を滞りなく整える。

リオン・アインハルト・フォン・ヴァルトハイムの出立に一筋の傷もあってはならないのだ。


「なんとか、するのよ、セシリア・フォン・ヴァルトハイム」

言葉にしてみると、この途方もなく無謀な決意にも向き合える気がした。

リオンの社交界入りさえなんとか乗り越えられれば。それまで耐えることができれば。

後はきっとどうにかなる。だから、大丈夫。

そう自分に言い聞かせる。


元の、穏やかな、明るい、優雅な日々。

遠い思い出に彷徨いそうになった意識を、ふと大きく揺れた蝋燭の火が引き戻した。

セシリアは、あやふやに揺らめく頼りない光をやや恨めしそうに見やった。


「それにしても、もう少しどうにかならないかしら」

帳簿にちらりと視線を戻すが、並んだ数値が勝手に変わるはずもない。

領地の収支は何度見ても赤字。

唯一の救いは、街に残る宿や商家から上がる地代などの収益だった。

それのおかげでどうにか屋敷の暮らしを賄えている。

年に数度しか入らない農作物などに比べて、頻度が高いこうした貨幣収入は本当に貴重だった。


だが、そんな中である一軒の宿の直近の下落幅は目を引いた。

確かに最近は巡礼者も旅商人も少なくなり、かつてのような賑わいはない。

それでもここまで急激に落ち込むのはおかしいので、少し前に従者に事情を調べるよう頼んでいた。


「考えても仕方ないわね、確認してみよう」

帳簿をとじて、立ち上がりかけたそのときだった。

ノックの音に続いて、


「お嬢さま、失礼致します」

遠慮がちに扉を開けて入ってきたのは、メイドのクララだった。

主にセシリアの身の回りの世話と屋敷の雑事を任されている。

栗色の髪に明るい丸い目をした素朴な娘で、セシリアとほぼ同じ年頃なのもあって良い話し相手であった。


「ルーカスが、お嬢さまにお目にかかりたいそうです。如何しますか?」

ルーカスはクララと同様、この屋敷に残った数少ない使用人の1人だ。

そしてまさしく件の宿について調べてもらっていた従者である。


「ちょうど良いわ!私も聞きたいことがあったの。すぐに行きます」

帳簿を棚に戻し、スカートの裾を整えて部屋を出る。

玄関ホールには涼しい外気が吹き込んできていた。

回廊から、階下のルーカスが見えた。

焦茶色の外套を纏ったまま、砂色の髪が乱れるのも構わず、どこか落ち着かない様子だ。


「お嬢さま!」

セシリアに気づくと、彼は慌てて階段に駆け寄った。

「どうしたの? 何があったの?」

「すみません、街に一緒にきてください。例の件ですが、様子が変なんです」


「そうなの?私も確認したいことがあったからちょうど良いわ。一緒に来てちょうだい」

セシリアは小首を傾げ、クララを振り返って告げる。

「お父さまに伝えて。ルーカスと一緒にいるので心配しないようにって」

「はい、お嬢さま、お気をつけて」

クララはぴょこんと小さく腰をかがめて礼をすると、奥へと向かう。

セシリアはウサギ毛の縁のついた毛織の外套を手に取りながらルーカスを見た。


「例の宿のボフミルですが、衛兵団に街を離れる届けを出していたのです」

商人や宿の経営者が商売の理由で街を短期的に不在にすることは珍しくない。

「でもそれだけじゃない、とにかく様子がおかしいです」

2人は足早に馬舎へ向かい、支度を整えた。


春の夕暮れ、空はピンクと橙色のグラデーションに染まっている。

突然吹いた春の風がセシリアの淡い金髪を巻き上げた。

「先導して!」

声を掛けると、ルーカスはすでに自分の馬に跨っていた。

夕闇へ沈みゆく庭を、二騎は駆け抜けていった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

セシリアと、まだ出会っていないもう一人が

少しずつ世界と価値観を変えていく物語です。

次話で、最初の事件が動き始めます。お付き合い頂けたら嬉しいです。

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