宣戦布告の事業説明会
数日間の沈黙を破り、佐伯健人の配信チャンネルが再びアクティブになった。
レイドでの大失敗の後、彼のチャンネルには多くのアンチコメントが溢れていたが、それでも噂を聞きつけた数千人の視聴者が、固唾を飲んで画面を見守っていた。
だが、彼らが目にしたのは、ダンジョンの入り口ではなかった。
健人が立っていたのは、どこかの会議室を模したような殺風景な空間。彼の背後には、巨大なプレゼンテーション用のスクリーンが設置されている。
『ダンジョン行かないの?』
『またパワポ芸かw 懲りない奴だな』
『今回はどんな言い訳プレゼンが始まるんですかー?』
冷やかしのコメントが流れる中、健人は静かに一礼した。その佇まいは、いつものように自信なさげなものではなく、重要な契約に臨むトップ営業マンのように、冷静で、揺るぎない覚悟に満ちていた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。配信者KENTOです。本日はダンジョン攻略ではありません。これからの『ダンジョン・ストリーマーズ』の未来に関する、重要なご提案があり、このような場を設けさせていただきました」
そして、スクリーンに映し出されたタイトルに、視聴者全員が度肝を抜かれた。
【新規ギルド設立に関する事業説明会】
『は? 事業説明会?』
『こいつ、とうとう頭がおかしくなったか?』
健人はざわつくコメントを意にも介さず、手元のレーザーポインター(のように見える光)をスクリーンに向けた。
「まず、現在の市場――すなわち、このサーバーの勢力図について分析してみましょう。言うまでもなく、現状のマーケットリーダーは、神崎刃氏が率いるギルド『ナイトメア』です」
スクリーンに、『ナイトメア』のロゴと、SWOT分析のフレームワークが表示される。
「彼らの**強み(Strengths)は、JIN氏のカリスマを核とした、圧倒的なトップダウン型の指揮系統にあります。これにより、大規模レイドなどでは驚異的な統率力を発揮します。しかし、これは同時に弱み(Weaknesses)でもあります。硬直化した組織は、個々のメンバーの独創的な発想を阻害し、成功の果実はトッププレイヤーに独占されがちです。結果、多くのプレイヤーが『歯車』であることに不満を抱いている。これが、我々が参入すべき機会(Opportunities)**です」
ビジネス用語を交えながらも、淀みなく、そして的確に最強ギルドを分析していく健人の姿に、コメント欄の空気が徐々に変わり始めた。
『面白いw』
『ガチのコンサルじゃねえか、こいつ』
『言われてみれば、確かにナイトメアってそういうとこだよな』
健人はプレゼンを続ける。
「そこで、我々が提案する新規事業――新ギルドのビジョンです」
スクリーンが切り替わり、新しいギルド名が映し出される。
その名は、【プロジェクト・アフターファイブ】。
「我々のギルドが掲げるビジョンは、『全メンバーのポテンシャルの最大化』。トップダウンではなく、個々のメンバーが主体となるボトムアップ型の組織を目指します。情報共有を徹底し、失敗を恐れずに挑戦できる環境を構築。そして、我々が最重要KPI(重要業績評価指標)として掲げるのは、ボス討伐数ではありません。『メンバーの活動満足度』です」
健人の言葉に、チャット欄が熱を帯びていく。
「皆さんが『ハズレスキル』だと思っているその力、別の誰かと組み合わせれば、神級のコンボになるかもしれない。あなたのくだらないアイデアが、巨大ボスを倒す奇策になるかもしれない。ここでは、誰もがプロジェクトリーダーです。誰もが、主役なんです」
◇
その配信を、アカリんはギルドハウスの自室で、息を殺して見つめていた。
JINのギルドは、常に最強であることを求められる。楽しいかどうかではない。勝てるかどうかだ。それがいつしか、アカリんの心にも重くのしかかっていた。
だが、画面の中のKENTOは言った。「楽しむこと」が、強さに繋がると。
その言葉が、いつかJINも口にしていた言葉と重なり、アカリんの胸を強く締め付けた。
◇
プレゼンは、クライマックスを迎えていた。健人は、視聴者一人ひとりの目を見るように、まっすぐに画面を見据えた。
「ナイトメアという巨大企業の独占市場は、今日で終わります。本日、我々は、理不尽なトップダウンからの独立を、ここに宣言します!」
力強い言葉に、コメント欄が爆発的な勢いで流れ始める。
「自分の力を試したい、正当に評価されたい、そして何より、この世界を心の底から楽しみたい! そう願う全てのプレイヤーに告げます!」
健人は、スクリーンに大きく映し出されたQRコードを指し示した。
「新規ギルド【プロジェクト・アフターファイブ】、ただいまより、創設メンバーを募集します!」
その宣言が放たれた瞬間。
健人の視界の端で、メッセージ受信を知らせる通知が、狂ったような勢で点滅を始めた。一件、二件ではない。数十、数百、数千。サーバーに凄まじい負荷がかかり、健人の視界がノイズでチカチカと点滅する。
[SYSTEM ALERT: メッセージ受信サーバーへのアクセスが集中しています]
[SYSTEM ALERT: サーバーへの負荷が許容量を超えました]
コメント欄は、もはや判読不能なほどの「入ります!」「履歴書送ります!」「雇ってください!」という絶叫で埋め尽くされていた。
反撃の狼煙は、サーバーを落とすほどの熱狂と共に、確かに上がったのだった。