表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/18

議事録と、静かなる再起

アカリんからのメッセージを胸に、健人は再び『ダンジョン・ストリーマーズ』の世界へとログインした。だが、彼の足は賑やかな広場ではなく、街の片隅にある転移ゲートへと向かっていた。


(プロジェクト・JIN、フェーズ1:情報収集と自己のスキルアップを開始する)


頭の中で、冷静にプロジェクトの第一段階を定義する。


前回の失敗から得た最大の教訓は、情報管理の重要性だ。ならば、反撃の準備が整うまで、手の内を明かすべきではない。健人は配信を切ったまま、一人でダンジョンに潜ることを決めた。目的は、レベル上げや金策ではない。自身のユニークスキルの検証と、純粋な戦闘能力の向上だ。


彼が転移先として選んだのは、『忘れられた遺跡』。入り組んだ構造と、トリッキーなモンスターが多く出現するため、初心者には敬遠されがちなダンジョンだった。


「さて、と……」


遺跡の奥で、健人は一体のモンスターと対峙していた。


遺跡の守護者、ストーンゴーレム。巨大な岩石で構成されたその体は、並大抵の物理攻撃を受け付けない。さらに、その攻撃パターンは極めて複雑で、右腕、左腕、そしてボディプレスを不規則な組み合わせで繰り出してくる。


「まずは、データ収集からだ」


健人は距離を取り、Excelスキルでゴーレムの動きを予測しようと試みる。だが、敵の行動パターンは健人の予測の上を行っていた。右腕の薙ぎ払いを予測して回避すると、即座に左腕による叩きつけが襲ってくる。フェイントを混ぜた攻撃に、健人はなすすべなくHPを削られていった。


(まずい、予測だけでは対応しきれない……!)


Excelスキルは、あくまで過去のデータに基づいた確率論だ。目の前で起きているリアルタイムの複雑な連携までは、完全にカバーしきれない。じりじりと壁際に追い詰められ、ゴーレムが両腕を振り上げた。とどめの一撃だ。


絶体絶命。


その瞬間、またしても健人の頭の中で、聞き慣れた上司の怒声が響いた。


『佐伯くん! 今の会議の内容、ちゃんと議事録に取ってただろうな! 一言一句、正確にだぞ!』


そうだ、記録だ。何が起きたのかを正確に記録し、分析し、次のアクションに繋げる。それがプロジェクト成功の鉄則じゃないか。


健人の脳が、再び切り替わる。


世界から音が消え、目の前のゴーレムの動きだけが、スローモーションのように見え始めた。そして、彼の脳内に、無機質なテキストが自動的に生成されていく。


【戦闘ログ:ストーンゴーレム】


[15:32:05] 右腕による薙ぎ払い(予備動作:右肩の僅かな沈み込み)


[15:32:08] 左腕による叩きつけ(予備動作:右腕攻撃の反動を利用した体幹の捻り)


[15:32:11] ボディプレス(予備動作:両腕を地面についた後、0.5秒のタメ)


[15:32:14] コアからの魔力充填開始(予備動作:ボディプレス後の胸部パーツの微かな発光)


「……議事録、だ」


第三のユニークスキル【議事録作成(絶対記憶)】。


それは、健人が新人時代から徹底的に叩き込まれた、全ての事象を正確に記録する能力だった。敵の全行動が、予備動作という名の「発言者」と共に、タイムスタンプ付きで脳内に記録されていく。


もう、ゴーレムの動きは不規則な攻撃には見えなかった。


それは、完璧なシナリオに沿って進行する、ただのプレゼンテーションだ。


健人は、振り下ろされるゴーレムの両腕を、紙一重で見切って回避した。議事録には、次の行動がすでに記録されている。


「ボディプレス後の、0.5秒の硬直……!」


健人はその一瞬の隙を突き、ゴーレムの懐に潜り込むと、胸部で微かに光るコアめがけて、ありったけの魔力を込めたパワポ魔法――【グラフ(円)による一点集中攻撃】を叩き込んだ。


ゴッ、という鈍い音と共に、ゴーレムの巨体に亀裂が走る。そして、数秒の静寂の後、遺跡の守護者は大きな音を立てて崩れ落ち、光の粒子となって消えていった。


[Level Up!]


[称号:記録者 を獲得しました]


健人は、勝利の余韻に浸るよりも、脳内に完璧に保存された戦闘ログ(議事録)を反芻していた。予備動作、攻撃パターン、そして、わずかな隙。その全てが、今や彼の知識となっている。


「情報とは、力だ」


静かな呟きは、誰に聞かせるでもない。


だがその声には、理不尽に全てを奪われた男のそれではない、静かな自信と、冷徹な戦略家の確信が満ちていた。反撃の準備は、着々と進んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ