表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/18

独りの反省会と、一通のメッセージ

強制的にログアウトさせられる感覚は、麻酔から無理やり覚醒させられるそれに似ていた。


バーチャル世界の喧騒が嘘のように遠ざかり、健人の意識は現実世界へと引き戻される。鼻をつく消毒液の匂い。規則的な電子音。そして、見慣れた病院の、無機質な白い天井。


「……はは」


乾いた笑いが、静かな病室に虚しく響いた。


ついさっきまで、数千人の期待と、その後の罵声を一身に浴びていたというのに。今は、誰の声も聞こえない。この圧倒的な静寂と孤独が、健人の敗北をより一層際立たせていた。


悔しい。腹立たしい。JINのやり方は、あまりにも卑劣だ。


だが、と健人は思う。


敵の卑劣さを嘆くだけでは三流だ。会社の理不尽な要求に対し、ただ「できません」と答えるだけの無能と同じだ。重要なのは、なぜ失敗したのかを分析し、次の成功に繋げること。PDCAサイクルを回すことだ。


健人はゆっくりと体を起こすと、まるでクライアントへの謝罪訪問を終えた後のように、静かに「独りの反省会」を始めた。


(プロジェクト名:第一回・公式公開レイドイベント。結果:大失敗。パーティ全滅、目標達成ならず)


脳内で、プロジェクト失敗報告書が自動的に生成されていく。


(原因分析:競合(JIN)による、こちらの計画の完全な模倣と、それを逆手に取ったカウンター戦略の実行。では、なぜそれが可能だったのか?)


答えは、明白だった。


(情報漏洩だ……)


健人は唇を噛んだ。最大の敗因は、JINの策略ではない。重要な戦略、企業の生命線ともいえる内部情報を、誰でも見られる「配信」という場で無防備に公開してしまった、自分自身の情報管理の甘さにある。


リスクアセスメントが、全くできていなかった。


会社であれば、懲戒解雇どころか、損害賠償を請求されてもおかしくないレベルの、致命的な戦略ミス。


「結局、俺は何も変わってないじゃないか……」


会社で評価されなかった自分。そして、ゲームの世界でも、やり方を変えられずに同じように失敗する自分。絶望が、再び心の底から這い上がってくるようだった。


その時だった。


ピコン、と枕元のスマートフォンが控えめな通知音を立てた。


どうせ、配信チャンネルに届いた罵倒のコメントだろう。見たくもない。そう思ったが、なぜか指が動いていた。画面をタップすると、『ダンジョン・ストリーマーズ』のコンパニオンアプリに、一通のプライベートメッセージが届いているのが見えた。


差出人の名前を見て、健人は息を呑んだ。


『アカリん』


恐る恐る、メッセージを開く。そこに綴られていたのは、健人が予想していたものとは全く違う言葉だった。


『KENTOさん、ごめんなさい。私たちのギルドが、本当に卑怯なことをしてしまって……。リーダーのやり方とはいえ、私も、同じギルドの人間として謝らせてください』


謝罪の言葉。それだけで、健人のささくれ立った心には十分すぎた。だが、メッセージはそこで終わらなかった。


『でも、これだけは伝えたかったです。JINさんが勝てたのは、KENTOさんの計画が、誰も思いつかないくらい、本当に完璧だったからです。皆、あなたの分析を見て、初めてボスにあんな戦い方があるんだって知ったんです』


健人は、画面の文字が滲んでいくのを感じた。


『あなたのスキルは、絶対に「お遊び」なんかじゃありません。本物です。だから……どうか、やめないでください』


そして、メッセージはこう締めくくられていた。


『私は、あなたの次の計画が見たいです。一ファンとして、心から応援しています』


読み終えた時、健人の頬を一筋の涙が伝った。


乾ききった心に、温かい雫がじんわりと染み渡っていくようだった。罵倒と嘲笑しか浴びせられなかった自分のスキルを、たった一人、心の底から信じてくれる人がいた。


救われた、と思った。


健人は、アカリんからのメッセージを何度も、何度も読み返した。


そして、静かにスマートフォンの画面を閉じると、窓の外に広がる夜空を見上げた。


心の中で、新しいプロジェクトが立ち上がる。


JINへの個人的な復讐ではない。もっと冷静で、もっと緻密な、次なる目標。


(プロジェクト名:打倒、神崎刃)


健人の瞳に、再び光が戻っていた。それはもう、希望という名の漠然とした光ではない。明確な目標を見据えた、冷徹な戦略家の光だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ