表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/18

盗まれた戦略と最初の絶望

イベント当日。健人の配信チャンネルは、これまでにない熱気に包まれていた。同時視聴者数は、あっという間に三千人を超えている。


『KENTO塾長、信じてます!』


『社畜の星、爆誕の瞬間を見に来た』


『これでJINのやつに一泡吹かせてやれ!』


コメント欄に流れる期待の言葉に、健人の胸は高鳴った。彼は、この日のために用意した臨時パーティのメンバーに最終確認を行う。皆、彼の配信を見て集まってくれた、名もなき個人プレイヤーたちだ。


「皆さん、プラン通りに行けば必ず勝てます。重要なのは、ボスのHPが50%を切った後の連携です。合図があるまで、焦らずにポジションを維持してください」


その声は、かつて会議でプレゼンをしていた時とは比べ物にならないほど、自信に満ちていた。


そして、運命のレイドが始まった。


広大な森のフィールドに、巨大なグリーンドラゴンが咆哮を上げながら舞い降りる。健人は冷静だった。Excelによるシミュレーションは完璧だ。彼は的確な指示を飛ばし、パーティはまるで一つの生き物のように連携してボスを削っていく。


「第一陣、攻撃開始! 第二陣は詠唱準備!」


「ヒーラーは常にタンクのHPを8割以上に維持! 予測される次の攻撃は、単体ブレスです!」


すべてが計画通りだった。ボスのHPは順調に減少し、ついに運命の50%のラインを切った。ここだ。ここが勝負の分かれ目。


「皆さん、聞いてください! これから第三、第五アタッカーに『毒消し草』を……」


健人が、計画の核心である指示を飛ばそうとした、その瞬間だった。


彼は見てしまった。フィールドの反対側、JIN率いるギルド『ナイトメア』の、不気味なほど統率の取れた動きを。


健人の指示よりもコンマ数秒早く、ナイトメアのサポートメンバー二人が、寸分違わぬタイミングで、自軍の第三、第五アタッカーに『毒消し草』を使用したのだ。


「―――え?」


健人の思考が、凍りついた。


なんだ? 今のは。偶然か? いや、違う。人員配置、アイテム、そして何よりも、この絶妙すぎるタイミング。これは、偶然ではありえない。


血の気が、急速に引いていく。


次の瞬間、健人の予測通り、グリーンドラゴンの動きが不自然に固まった。AIのバグを誘発され、無防備な硬直モーションを晒す。それは、健人がこの瞬間のために用意した、最高のチャンスだった。


だが、そのチャンスをモノにしたのは、彼ではなかった。


「お前たちの役目は、そこまでだ」


まるで健人の心を見透かしたかのように、JINが動いた。彼は、硬直したドラゴンの懐に瞬時に飛び込むと、背負った大剣に禍々しいオーラを収束させる。


「――エンド・オブ・ナイトメア!」


放たれた必殺技は、サーバーの誰もが見たことのないほどの超絶ダメージを叩き出し、ドラゴンのヘイトを一瞬にして全て奪い取った。手柄も、賞賛も、何もかもを。


「ああ……」


健人のパーティメンバーから、絶望のため息が漏れた。だが、本当の地獄は、ここからだった。


JINは、ボスにトドメを刺すことしか頭にないように見えた。だが、彼の真の狙いは違った。ナイトメアの別動隊が、健人の計画の裏をかくように動いていたのだ。彼らは、計画上、一時的に無視するはずだった取り巻きの小型モンスターたちのヘイトを一斉に集めると、巧みな誘導で健人のパーティ目がけて解き放ったのだ。


「なっ!? 敵がこっちに!」


「まずい、囲まれる!」


パーティは一瞬にして大混乱に陥った。健人は必死にパワポ魔法を発動させようとするが、緻密な計画を前提とした彼のスキルは、こうした予期せぬ奇襲デスマーチにはあまりにも無力だった。


なす術もなく、仲間たちが次々と倒れていく。健人の視界もまた、無数のモンスターに埋め尽くされ、やがて静かに灰色に染まっていった。


[あなたは死亡しました]


無慈悲なシステムメッセージ。


強制的に「始まりの街」の広場にリスポーンさせられた健人の耳に、システム全体のアナウンスが響き渡った。


[――レイドボス『グリーンドラゴン』、討伐成功! MVPは、画期的な戦術を披露したギルド『ナイトメア』リーダー、JIN様です!――]


広場が、歓声に包まれる。


健人が視線を落とした配信画面のコメント欄は、先ほどまでの賞賛が嘘のように、非難と罵倒の嵐に変わっていた。


『あれ? KENTOの作戦、JINと全く同じじゃん』


『まさか、パクったのかよ……最低だな』


『こいつのせいで死んだんだが? どうしてくれるんだ』


『初心者は黙ってろってことだなw』


成功に沸くプレイヤーたちの輪の中で、健人はたった一人、石畳の上に膝から崩れ落ちた。希望も、自信も、視聴者の信頼も、すべてを失って。


ゲームの世界も、あの薄暗いオフィスと何も変わらない。理不尽な力に、全てを奪われる場所なのだと、彼は絶望の底で思い知らされていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ