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絶対王者と嘲笑

星川あかり――『アカリん』。


健人の脳内で、その名前が稲妻のように駆け巡った。まさか。あの、チャンネル登録者数300万人を超える、超巨大配信者? 嘘だろ。


健人は目の前の少女と、記憶の中にある配信画面の姿を必死に結びつけようとする。確かに、元気で明るい雰囲気はそっくりだ。だが、そんな雲の上の存在が、なぜ視聴者数一桁の自分の前に? まるで、大企業の代表取締役が、入社一日目の新人研修の席に現れたようなものだ。理解が追いつかない。


「あ、あの……本当に、あの『アカリん』さん、ですか?」


「はい、そうですけど……? そんなに驚かなくても!」


アカリんは、健人の狼狽ぶりにきょとんとしながらも、楽しそうに笑う。その笑顔はあまりにも無防備で、健人が生きる世界に蔓延する猜疑心や計算高さとは無縁のものに見えた。


「だってKENTOさんの配信、本当にすごかったんですよ! 誰も見たことない魔法で! 私、ギルドの皆にもすぐ教えちゃいました!」


「ぎ、ギルド……」


「はい! 私、『ナイトメア』っていうギルドに入ってるんです!」


そう言ってアカリんが胸を張った、その時だった。


ふ、と周囲の空気が凍った。


それまでの喧騒が嘘のように静まり返り、プレイヤーたちの視線が一人の男に集まっていく。健人も、その尋常ならざる雰囲気の発生源に目を向けた。


そこに立っていたのは、一人の剣士だった。


全身を、黒曜石のような光沢を放つ鎧で固めている。所々に刻まれたルーン文字は禍々しい魔力を放ち、背負った大剣は、それだけで一つの意志を持っているかのような圧倒的な存在感を放っていた。


何よりも違うのは、その男の纏う空気だ。


他のプレイヤーが「ゲームを楽しんでいる」のだとすれば、この男は「世界を支配している」。そんな絶対的な強者のオーラが、全身から溢れ出ていた。


格が、違う。健人は本能でそう悟った。


「アカリ」


低く、よく通る声が、静まり返った広場に響いた。


その声に、アカリんはびくりと肩を震わせた。先ほどまでの太陽のような笑顔は消え、どこか申し訳なさそうな、怯えたような表情になっている。


「あ……JINさん。ごめんなさい、すぐ戻ろうと……」


「別にいい。それより、そいつが例の『面白い初心者』か?」


JINと呼ばれた男――神崎刃は、初めて健人に視線を向けた。値踏みするような、無感情な瞳。まるで道端の石ころでも見るかのようなその視線に、健人は背筋が寒くなるのを感じた。


「どうも、KENTOと申します」


なんとかそれだけを絞り出すと、JINは鼻で笑った。


「ふーん。KENTO。……覚える価値もなさそうだ」


あまりにも直接的な侮辱。健人が言葉を失っていると、JINは続ける。


「アカリから聞いたよ。パワポで戦うんだって? 面白い一発芸だ。視聴者の気を引くには、ちょうどいいだろうな」


その言葉には、賞賛の色など微塵もなかった。あるのは、絶対的な強者から弱者へ向けられる、冷たい侮蔑だけだ。


「アカリ、そんな雑魚と話していると君の価値が下がる。行くぞ」


「で、でも、KENTOさんは……!」


「いいか?」


JINが、有無を言わさぬ声で遮る。


「そんなお遊びスキル、この最初の街でしか通用しない。少しダンジョンの階層を潜れば、火力不足で終わりだ。汎用性も拡張性もない。すぐに飽きられて消えるさ」


それは、あまりにも的確な分析だった。健人自身が、心のどこかで抱いていた不安そのものだ。それを、このゲームの頂点に立つ男から、宣告のように突きつけられる。


アカリんは何も言えず、唇を噛んで俯いてしまった。JINはそんな彼女の腕を掴むと、健人にはもう一瞥もくれることなく、その場を去って行った。


後に残されたのは、再び活気を取り戻した広場の喧騒と、立ち尽くす健人だけだった。


周囲のプレイヤーたちが、「今の、JIN様だよな」「隣にいた奴、可哀想に」とヒソヒソと噂しているのが聞こえる。


じわり、と腹の底から熱いものがこみ上げてきた。


悔しい。


それは、田中部長に理不理尽な叱責をされた時と、よく似た感情だった。力を持つ者が、持たざる者を一方的に断じ、見下す。あの、どうしようもない無力感と屈辱。


だが、何かが違った。


(ここは、会社じゃない)


そうだ。ここは、理不尽な命令に「申し訳ありません」と頭を下げるしかない、あのオフィスじゃない。


レベルがある。スキルがある。そして、やり方次第で、序列を覆せる可能性がある世界だ。


健人は、強く、強く拳を握りしめた。


(見てろよ、神崎刃)


消えるものか。飽きられるものか。


あんたが「お遊び」と切り捨てたこの力で、必ずあんたの鼻を明かしてやる。


健人の瞳に、初めて明確な闘争の炎が宿った。それはまだ、小さな、小さな灯火に過ぎなかったが、彼の社畜人生を焼き尽くすには、十分すぎるほどの熱を秘めていた。

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