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事業完了報告書(エピローグ)

健人の静かな宣言が、戦いの終わりを告げた。


まるで、長く続いた会議の閉会を告げる議長の言葉のように。


その直後だった。


サーバー全体に、荘厳なファンファーレと共にシステムアナウンスが響き渡った。


[イベント『ギルド対抗・資源争奪戦』、終了!]


[本イベントの勝者は、『対ナイトメア共同戦線』です!]


そして、一際大きく、全てのプレイヤーの眼前に、こう表示された。


[MVPは、卓越した指揮能力で連合を勝利に導いた、ギルド【プロジェクト・アフターファイブ】です!]


司令室に、一瞬の静寂が訪れる。そして次の瞬間、作戦チャットが、これまでにないほどの歓喜の爆発で埋め尽くされた。


『やった!』


『俺たちが、あのナイトメアに勝ったんだ!』


『KENTO司令官、万歳!』


弱者の連合が、歴史的な勝利を収めた瞬間だった。


健人は、その熱狂の中心で、静かに一人、膝をつく男を見つめていた。神崎刃(JIN)。もはや絶対王者の面影はなく、ただ呆然と、己の敗北を受け入れられずにいるようだった。


健人は、ゆっくりと彼に歩み寄ると、静かに手を差し伸べた。


JINは、驚いたようにその手を見上げる。


「同情か?」


「違う」と健人は首を振った。「これは、ビジネス上の提案だ」


その声は、勝者の驕りも、敗者への憐れみも含まれていなかった。ただ、対等なプロフェッショナルとしての響きだけがあった。


「君も、いつか本当のチーム(プロジェクト)がしたくなったら、声をかけるといい。いつでもコンサルに乗る」


それだけを告げると、健人はJINに背を向けた。


その時だった。


「KENTOさん!」


司令室の入り口から、息を切らした少女が駆け込んできた。瞳を潤ませながら、彼女――星川あかり(アカリん)は、健人の前で深く、深く頭を下げた。


「ごめんなさい……そして、ありがとうございます……!」


震える声で、感謝と謝罪を繰り返す彼女に、健人は穏やかに微笑んだ。


「もう、謝らなくていい。君の勇気ある情報(報告)がなければ、このプロジェクトは成功しなかった」


そして、彼は、かつてJINにしたのとは違う、温かい手つきで、彼女に手を差し伸べた。


「ようこそ、【プロジェクト・アフターファイブ】へ。君の席は、用意してある」


「……はい!」


アカリんは、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げると、満面の笑みでその手を取った。



それから、数週間後。


健人は、病院のベッドではなく、温かい日差しが差し込む部屋で目を覚ました。彼が退院し、この世界で生きていくことを決めてから、随分と経つ。


部屋の外からは、賑やかな声が聞こえてくる。


そこは、かつてのがらんとした建物ではない。多くの新しい仲間たちが集い、笑い声と活気に満ち溢れた、新生【プロジェクト・アフターファイブ】のギルドハウスだった。


彼らが始めた「攻略コンサル事業」は大成功を収め、ギルドはサーバー内で最も信頼される人気者となっていた。ダイスケの豪快な笑い声、チグサの呆れたような、でもどこか楽しげなため息、ハヤトの悪戯っぽい口笛。そして、新人メンバーに楽しそうにアドバイスをするアカリんの姿。


健人は、その光景を眺めながら、心の底から思う。


ここが、自分のオフィスだ。ここが、自分の居場所なのだと。


彼は、自分のデスク(と呼んでいるテーブル)に座ると、一枚の古びた羊皮紙を広げた。それは、仲間たちが新たに見つけてきた、未知のダンジョンの地図――次なるプロジェクトの計画書だった。


理不尽な上司。終わらない残業。すり減っていくだけの毎日。


あの地獄のような日々が、無駄ではなかったと、今なら言える。パワポも、エクセルも、議事録も、全てが今の自分を形作る、かけがえのないスキルになった。


「さて、と」


健人は、仲間たちの笑い声に包まれながら、満足そうに笑みを浮かべた。


「次のプロジェクトを、始めようか」

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― 新着の感想 ―
短いが短いなりにこう、すらーっと読めた面白い作品でした オフィスソフトもこういう解釈あるんですねぇ…
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