事業完了報告書(エピローグ)
健人の静かな宣言が、戦いの終わりを告げた。
まるで、長く続いた会議の閉会を告げる議長の言葉のように。
その直後だった。
サーバー全体に、荘厳なファンファーレと共にシステムアナウンスが響き渡った。
[イベント『ギルド対抗・資源争奪戦』、終了!]
[本イベントの勝者は、『対ナイトメア共同戦線』です!]
そして、一際大きく、全てのプレイヤーの眼前に、こう表示された。
[MVPは、卓越した指揮能力で連合を勝利に導いた、ギルド【プロジェクト・アフターファイブ】です!]
司令室に、一瞬の静寂が訪れる。そして次の瞬間、作戦チャットが、これまでにないほどの歓喜の爆発で埋め尽くされた。
『やった!』
『俺たちが、あのナイトメアに勝ったんだ!』
『KENTO司令官、万歳!』
弱者の連合が、歴史的な勝利を収めた瞬間だった。
健人は、その熱狂の中心で、静かに一人、膝をつく男を見つめていた。神崎刃(JIN)。もはや絶対王者の面影はなく、ただ呆然と、己の敗北を受け入れられずにいるようだった。
健人は、ゆっくりと彼に歩み寄ると、静かに手を差し伸べた。
JINは、驚いたようにその手を見上げる。
「同情か?」
「違う」と健人は首を振った。「これは、ビジネス上の提案だ」
その声は、勝者の驕りも、敗者への憐れみも含まれていなかった。ただ、対等なプロフェッショナルとしての響きだけがあった。
「君も、いつか本当のチーム(プロジェクト)がしたくなったら、声をかけるといい。いつでもコンサルに乗る」
それだけを告げると、健人はJINに背を向けた。
その時だった。
「KENTOさん!」
司令室の入り口から、息を切らした少女が駆け込んできた。瞳を潤ませながら、彼女――星川あかり(アカリん)は、健人の前で深く、深く頭を下げた。
「ごめんなさい……そして、ありがとうございます……!」
震える声で、感謝と謝罪を繰り返す彼女に、健人は穏やかに微笑んだ。
「もう、謝らなくていい。君の勇気ある情報(報告)がなければ、このプロジェクトは成功しなかった」
そして、彼は、かつてJINにしたのとは違う、温かい手つきで、彼女に手を差し伸べた。
「ようこそ、【プロジェクト・アフターファイブ】へ。君の席は、用意してある」
「……はい!」
アカリんは、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げると、満面の笑みでその手を取った。
◇
それから、数週間後。
健人は、病院のベッドではなく、温かい日差しが差し込む部屋で目を覚ました。彼が退院し、この世界で生きていくことを決めてから、随分と経つ。
部屋の外からは、賑やかな声が聞こえてくる。
そこは、かつてのがらんとした建物ではない。多くの新しい仲間たちが集い、笑い声と活気に満ち溢れた、新生【プロジェクト・アフターファイブ】のギルドハウスだった。
彼らが始めた「攻略コンサル事業」は大成功を収め、ギルドはサーバー内で最も信頼される人気者となっていた。ダイスケの豪快な笑い声、チグサの呆れたような、でもどこか楽しげなため息、ハヤトの悪戯っぽい口笛。そして、新人メンバーに楽しそうにアドバイスをするアカリんの姿。
健人は、その光景を眺めながら、心の底から思う。
ここが、自分のオフィスだ。ここが、自分の居場所なのだと。
彼は、自分のデスク(と呼んでいるテーブル)に座ると、一枚の古びた羊皮紙を広げた。それは、仲間たちが新たに見つけてきた、未知のダンジョンの地図――次なるプロジェクトの計画書だった。
理不尽な上司。終わらない残業。すり減っていくだけの毎日。
あの地獄のような日々が、無駄ではなかったと、今なら言える。パワポも、エクセルも、議事録も、全てが今の自分を形作る、かけがえのないスキルになった。
「さて、と」
健人は、仲間たちの笑い声に包まれながら、満足そうに笑みを浮かべた。
「次のプロジェクトを、始めようか」




