総力戦(オールハンズ・ミーティング)
[イベント『ギルド対抗・資源争奪戦』、開始!]
サーバー全体に響き渡るアナウンスと共に、運命の戦いの火蓋が切られた。
ギルドハウス【プロジェクト・アフターファイブ】の作戦会議室は、かつてないほどの緊張感に包まれていた。健人の眼前に広がるのは、彼が作り上げたリアルタイム戦況マップ。無数の青い光点――弱者の連合に参加したギルドたちが、静かにその時を待っている。
「全軍に通達。これより、プロジェクト『レジスタンス』最終フェーズに移行する」
健人の声は、巨大企業のCEOが株主総会で語りかけるように、冷静で、揺るぎなかった。
「Cエリア担当の『赤き鷹の団』は、プランB-2へ移行。敵先遣隊との接触まで、残り5分。Dエリアの部隊は、リスクヘッジのため現状を維持。私の指示を待て」
彼の指揮下で、数百のギルドが、まるで一つの巨大な組織のように機能していく。個々の戦闘能力では『ナイトメア』に遠く及ばない彼らが、唯一にして最大の武器――「完璧な情報共有」によって、最強の軍団へと生まれ変わっていた。
そして、その時は来た。
マップの西側ルートで、巨大な赤い光点――JINの本隊から分離した先遣隊――が、待ち伏せしていた複数の青い光点と接触した。
「来たか……!」
ハヤトが息を呑む。
モニターには、連合に参加したギルド『鉄壁の傭兵団』の配信映像が映し出される。彼らは、健人が作成したマニュアル通り、地形の有利を完璧に活かした布陣を敷いていた。
『ナイトメア』の先遣隊は、敵が待ち伏せしていることなど露ほども知らず、油断しきった様子で進軍してくる。
「今だ! 全員、マニュアル通りに攻撃を開始しろ!」
号令と共に、無数の魔法と矢が、ナイトメアの頭上に降り注いだ。完璧な奇襲だった。個々の火力では劣る連合軍の攻撃も、束となり、一点に集中することで、最強ギルドの精鋭たちをいともたやすく貫いていく。
混乱し、撤退しようとする敵の退路は、別のギルドによって完全に塞がれていた。まさに、蜘蛛の巣。一度かかれば、決して逃れることはできない。
わずか10分後。作戦チャットに、歓喜の報告が打ち込まれた。
『こちらCエリア! 敵先遣隊、完全な壊滅に成功! こちらの被害、軽微!』
「「「おおおおおっ!」」」
作戦司令室が、割れんばかりの歓声に包まれた。
◇
その頃、『ナイトメア』の本陣。玉座に座る神崎刃(JIN)の元に、血相を変えた側近が駆け込んできた。
「JIN様! 西の先遣隊が……壊滅しました!」
「……何だと?」
JINの声に、初めて焦りの色が滲んだ。
「馬鹿な。あの部隊は、並のギルドなら五十人は相手にできる精鋭だぞ。それが、なぜ……」
「それが……敵は、我々の動きを完全に読んでいました。まるで、そこに我々が来ることが分かっていたかのような、完璧な待ち伏せで……」
「ありえない……」
JINの口から、信じられないという呟きが漏れた。自分の完璧な計画が、あの「パワポ芸人」に、こうも容易く打ち破られるなど。絶対的な自信が、ガラガラと音を立てて崩れ始めるのを感じた。
だが、彼は絶対王者だった。すぐに冷静さを取り戻すと、冷酷な命令を下す。
「構うな、捨て駒だ。本隊は進路を変えず、そのまま中央を突破する。奴らの司令部を直接叩き潰すぞ」
その非情な言葉を、部隊の後方で聞いていたアカリんの心が、ついに限界を迎えた。
仲間を見捨てる? あの人たちの誇りを、ただの捨て駒と?
(もう、あなたにはついていけない)
アカリんは、誰にも気づかれぬよう、そっとギルドチャットを閉じた。そして、別のウィンドウを開き、たった一人の人物に、短いメッセージを送った。
◇
「やった! 俺たちの作戦が、あのナイトメアに通用したんだ!」
最初の勝利に沸く【プロジェクト・アフターファイブ】の司令室。だが、その歓声は、突如鳴り響いたけたたましいアラート音によってかき消された。
健人の目の前のメインスクリーンに、緊急警告が表示される。
[WARNING! JIN'S MAIN FORCE HAS DEVIATED FROM THE PREDICTED ROUTE! NEW TARGET: YOUR CURRENT LOCATION!]
「警告! JINの本隊が、予測ルートを外れ、最短距離でこちらへ向かってきます!」
チグサの悲鳴のような報告に、司令室が凍りつく。
だが、健人は冷静だった。彼の視線は、警告メッセージの直後に届いた、匿名のメッセージ――アカリんからの、最後の密書――に注がれていた。
彼は、静かに立ち上がると、仲間たちを見回した。
「どうやら、向こうの社長が、我々との直接会談をご希望のようだ」
その表情に、焦りはない。
「本当の会議は、これからだ」




