情報戦と、弱者の連合
サーバー全体が、新たな公式イベントの告知に沸き立っていた。
『ギルド対抗・資源争奪戦』。広大な専用マップに点在する資源ポイントを、ギルド単位で奪い合う大規模なPvPイベントだ。純粋な戦力と組織力が問われるこの戦いは、誰もが最強ギルド『ナイトメア』の独壇場になるだろうと予想していた。
ギルドハウス【プロジェクト・アフターファイブ】の作戦会議室。健人は、アカリんから届いた匿名の警告メッセージを、仮想スクリーンに表示していた。
「これは……」
チグサが息を呑む。ハヤトは「あの野郎、また汚い手を使いやがるのか!」と拳を握りしめた。
だが、健人は冷静だった。彼は感情的になることなく、プロジェクト管理ツールを立ち上げると、淡々とキーボードを操作する。
【新規リスク案件登録】
件名:公式イベントにおける、競合他社による妨害工作の可能性
リスクレベル:高
担当:佐伯健人
そのプロフェッショナルすぎる対応に、仲間たちは呆気にとられる。
「ギルドマスター、あんた……」
「落ち着け、ハヤト」健人は顔を上げずに言った。「ビジネスに、感情論は不要だ。重要なのは、このリスクに対して、いかなる対策を講じるかだ」
健人は【未来予知(Excel)】スキルを起動した。彼の脳内で、JINが取りうる全ての妨害工作が、膨大なシナリオとしてシミュレートされていく。
【予測される妨害工作リスト】
・偽情報の流布による、他ギルドの混乱誘発
・主要な移動ルートの物理的封鎖による、進軍妨害
・傘下の小規模ギルドを捨て駒にした、陽動及び奇襲
・資源ポイントの独占と、交渉に見せかけた奇襲
「……なるほど。実に合理的で、卑劣な戦略だ」
健人は全ての予測を終えると、静かに立ち上がった。その瞳には、かつてないほど冷徹で、大胆な光が宿っていた。
「この戦い、我々は受けて立つ。だが、我々だけで戦うのではない」
◇
イベント開始一時間前。健人は、三度目の公開配信を開始した。
タイトルは、【緊急生配信:『資源争奪戦』に関する、全プレイヤー向け共同戦線・戦略説明会】。
『なんだこれ?』
『また事業説明会かよw』
『ナイトメアに勝てないからって、今度は何を始めるんだ?』
冷やかしと好奇の視線が注がれる中、健人は深く一礼し、プレゼンを始めた。
彼の背後に映し出されたのは、イベントの広大なマップ。だが、それはただの地図ではなかった。
「皆さん、これが現在の戦況予測です」
健人が指を動かすと、マップ上に赤い矢印が無数に出現した。それは、健人のExcelスキルが予測した、『ナイトメア』の予想進軍ルートと、彼らが仕掛けてくるであろう妨害工作のポイントを完璧に可視化したものだった。
「JIN氏の戦術は、常に強者の論理に基づいています。すなわち、情報を独占し、力で弱者を分断し、各個撃破する。これが彼らの常套手段です」
健人は、過去のイベントで『ナイトメア』によって理不尽に潰された小規模ギルドの事例を、データと共に次々と挙げていく。それは、多くのプレイヤーが経験した、苦い記憶そのものだった。
コメント欄の空気が、変わる。
『これ、俺たちがやられた手口だ……!』
『あいつら、やっぱり汚いことしてたのか!』
そして、健人はマップ上に、無数の青い矢印を出現させた。
「ですが、我々には対抗策があります。彼らが情報を独占するなら、我々は全ての情報を共有する。彼らが我々を分断するなら、我々は団結する。これが、我々『弱者の戦略』です!」
青い矢印は、赤い矢印の動きを完璧に予測し、包囲し、無力化する美しい連携の形を描き出していた。
それは、あまりにも画期的で、あまりにも大胆な、サーバー全体を一つの巨大なパーティとして機能させるための、壮大な作戦計画だった。
「本日、私はここに、『対ナイトメア共同戦線』――すなわち、『弱者の連合』の結成を宣言します! JINの独裁に、我々の団結で立ち向かうのです!」
その言葉に、チャット欄が爆発した。
最初に声を上げたのは、かつて健人がコンサルした『赤き鷹の団』のリーダーだった。
『乗った! 俺たちも、もう奴らの言いなりにはならない!』
それを皮切りに、これまで『ナイトメア』に虐げられてきた無数の小規模ギルドのリーダーたちが、次々と連合への参加を表明していく。
『我々も参加する!』
『打倒ナイトメア!』
『KENTO司令官、指示を!』
配信を終えた健人が見つめる戦況マップには、彼のギルドのアイコンの周りに、数百にも及ぶ青い光点――連合に参加したギルドのアイコン――が、力強く輝いていた。
健人は、共有された作戦チャットに、静かに、しかし力強く打ち込んだ。
「諸君、反撃の狼煙を上げる時が来た。プロジェクト、スタートだ」
サーバーの歴史を揺るがす、最大の戦争が、今、始まろうとしていた。




