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幽霊金庫と業務改善(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)

ギルド結成から数日後。健人は、コアメンバーとなったダイスケ、チグサ、ハヤトを前に、次の目標を発表した。


「次の我々のプロジェクトは、ギルドハウスの入手だ」


「おお、ついに拠点を持つのか!」とハヤトが身を乗り出す。


「だが、普通のやり方では面白くない。我々が狙うのは、ここだ」


健人がマップに示したのは、サーバー内でも屈指の難易度を誇る特殊ダンジョン。『幽霊金庫』。


その名を聞いて、チグサが眉をひそめた。


「正気? あそこは『ナイトメア』ですら、攻略を諦めた場所よ。呪いが酷すぎて、まともな連携が取れないって話じゃない」


「その通りだ」と健人は頷いた。「だからこそ、我々が挑む価値がある」


彼は、仲間たちを見回して、静かに、しかし力強く宣言した。


「これは、ダンジョン攻略ではない。非効率で欠陥だらけの業務プロセスを改善し、完璧なマニュアルに落とし込む、『業務改善プロジェクト』だ」



『幽霊金庫』の内部は、その名の通り不気味な静寂に包まれていた。だが、本当の恐怖は、モンスターの姿にはなかった。


「チッ、またか!」


ハヤトの悪態が飛ぶ。彼の視線の先では、味方であるはずのダイスケが、角の生えた醜悪なデーモンの姿に見えていた。


「ダイスケ、HPが! あんた、いつの間に攻撃を!」


チグサの悲鳴が響く。だが、ダイスケは無傷だった。彼の体力バーだけが、バグを起こしてゼロと表示されているだけだ。


UIユーザーインターフェースが嘘の情報を表示し、仲間が敵に見える幻覚を見せ、マップが偽りのルートを示す。このダンジョンにかけられた呪いは、プレイヤー間の信頼関係、すなわちパーティ連携という機能を根本から破壊しにかかる、極めて悪質なものだった。これでは、どんなに屈強なパーティでも疑心暗鬼に陥り、自滅してしまうだろう。


だが、健人は冷静だった。


「二人とも、落ち着け。報告を。いつ、どんな幻覚を見た? UIの表示がおかしくなった正確な時刻は?」


彼は【議事録作成(絶対記憶)】スキルをフル活用し、仲間たちから報告される全ての異常現象を、タイムスタンプ付きで脳内に記録していく。それはもはや、戦闘ログではなかった。システム障害に関する、膨大な量のインシデント報告書だ。


数時間に及ぶ情報収集の末、健人は十分なデータを得た。彼は仲間に一時待機を命じると、一人、思考の海に深く沈んでいった。


(膨大なバグ報告……だが、完全にランダムではないはずだ。どんなシステムにも、必ず『仕様』がある)


健人の脳内で、記録された議事録がExcelのスプレッドシートに変換される。


彼は、IF関数、VLOOKUP関数、あらゆる分析手法を駆使して、異常現象の間に潜む法則性を探し始めた。


――そして、見つけた。


幻覚は、特定の属性魔法が使われた30秒後に、最もレベルの低いプレイヤーを対象に発動する。UIのバグは、パーティの平均HPが70%を切ったタイミングで、タンク役を狙って発生する。


それは呪いなどではなかった。敵を混乱させるために、極めて緻密に設計された、ただの「システム仕様」だったのだ。


「……業務フロー、確定」


健人は目を開くと、仲間たちに告げた。


「これより、最終工程に移行する。君たちには、これから渡す『業務マニュアル』の完全な遵守を要求する」


健人が共有したのは、彼が作り上げた完璧な攻略マニュアルだった。そこには、UIのバグを無視するタイミング、幻覚を見ても味方を攻撃しないための行動パターン、偽のマップに惑わされずに進むための歩数まで、全ての行動が定義されていた。


「チグサ、君は今後、ダイスケのHPバーを見てはいけない。30秒に一度、機械的に彼にヒールをかけること」


「ハヤト、君が見る敵は全て幻覚だ。俺が指定した座標だけを攻撃しろ」


常識では考えられない指示。だが、ダイスケたちは、リーダーの言葉を完全に信頼していた。


そこからの彼らの動きは、もはや人間のパーティではなかった。感情を排し、マニュアルに定められた通りの行動を、機械のように正確に実行していく。


幻覚に惑わされることなく、偽の情報に踊らされることもなく、彼らは呪われたダンジョンを、まるで整備されたオフィスを歩くように、淡々と進んでいく。呪いは、完璧な業務フローの前には、完全に無力だった。


そして、最奥。


全てのギミックを無力化されたダンジョンの主は、なすすべもなく彼らの連携の前に沈んだ。


[ダンジョン『幽霊金庫』、サーバー初クリア!]


システムメッセージと共に、健人たちの手には、一枚の古びた羊皮紙が転送された。


【ギルドハウスの権利証書】。



街のギルド管理官に権利証書を渡すと、彼らは専用のエリアへと転移した。


そこに建っていたのは、まだ何もない、がらんとした質素な建物だった。だが、そこは確かに、彼らだけの城だった。


「ここが……俺たちの……」


ハヤトが、感慨深げにつぶやく。


健人は、仲間たちの顔を見回した。ダイスケ、チグサ、ハヤト。そして、自分。


たった四人。最強ギルド『ナイトメア』に比べれば、あまりにも小さな、小さな船出。


だが、ここから始まるのだ。


健人は、確かな手応えと共に、静かに微笑んだ。


「ああ。ここが、俺たちの新しいオフィスだ」

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