最初のプロジェクトと解雇通知
ギルド【プロジェクト・アフターファイブ】の最初の活動として健人が選んだのは、『賢者の試練』と呼ばれるギミックダンジョンだった。ここは、強力なボスがいるわけではない。だが、無数の罠と謎解きが配置されており、個々の戦闘能力よりも、パーティ全体の連携と思考力が試される。新生ギルドの船出には、うってつけの場所だった。
「いいか、皆。ここの敵は、特定の順番で起動する床のスイッチと連動している。ハヤト、君が先行してスイッチのパターンを報告。ダイスケは、報告を受けて敵の進路を塞ぎ、壁役を。チグサは、後方から全体の状況を把握し、デバフ解除と回復を頼む」
健人の指示は、もはやゲームの攻略リーダーというよりも、プロジェクトマネージャーそのものだった。彼はExcelスキルでダンジョン全体の構造をマッピングし、議事録スキルで敵の行動パターンをリアルタイムで記録・分析していく。
「面白い! まるでパズルを解いてるみたいだぜ!」
ハヤトが風のように駆け抜け、罠の情報を的確に報告する。
「任せろ。この盾は、絶対に破らせん」
ダイスケが、報告されたルートに先回りして敵の猛攻を一身に受け止める。
「まったく、あんたたち無茶するんだから……! でも、悪くないわね」
チグサは悪態をつきながらも、完璧なタイミングで回復魔法と支援魔法を飛ばし、パーティ全体を支える。
歯車が、完璧に噛み合っていた。
誰もが自分の役割を理解し、互いを信頼し、全力を尽くす。健人は、その中心で指揮を執りながら、会社では決して感じることのできなかった高揚感を覚えていた。
そして、ダンジョンの最奥。
全てのギミックを解除したことで、ようやくボスのゴーレムが姿を現した。
「皆さん、最終フェーズです! これまで集めたデータによれば、このボスのコアが露出するのは、三つの部位を同時に破壊した後の3秒間のみ!」
健人の号令と共に、三人が動く。ダイスケがゴーレムの足止めをし、ハヤトが背後に回り込み、チグサが強力な魔法を詠唱する。そして――三人の攻撃が、寸分違わぬタイミングで炸裂した。
ゴーレムの巨体がひるみ、胸部のコアが赤い光を放つ。時間は、3秒。
「お待たせいたしました! 本プロジェクトの最終プレゼンを、始めさせていただきます!」
健人が放ったのは、この瞬間のために用意した、最大火力のパワポ魔法。無数のグラフとテキストが螺旋を描きながらゴーレムに殺到し、コアを完璧に撃ち抜いた。
[ダンジョンクリア!]
システムメッセージと共に、ゴーレムは光の粒子となって消滅した。
後に残されたのは、ハイタッチを交わし、互いの健闘を称え合う仲間たちの笑顔だった。
「やったな、ギルドマスター!」
「あんたの指揮、悪くなかったわよ」
その温かい雰囲気に、健人の胸は熱くなった。ここが、自分の新しい居場所なのだと、心の底から思えた。
◇
最高の気分でログアウトした健人は、まだ興奮の余韻に浸っていた。仲間と何かを成し遂げる喜び。それは、彼が社会人になってから、ずっと忘れていた感覚だった。
ふと、ベッドサイドのテーブルに、一通の封筒が置かれているのに気がついた。病院の事務的なものではない。差出人は、健人が勤める会社の名前になっていた。
(お見舞い……だろうか)
だとしたら、随分と仰々しい封筒だ。健人は少し訝しみながらも、封を開けた。
中に入っていたのは、見舞いの手紙などではなかった。そこにあったのは、冷たい活字で埋め尽くされた、一枚の公式な通知書だった。
『――貴殿の長期にわたる無断欠勤は、当社就業規則第XX条に違反する行為であると判断し、本日付けをもって、貴殿を懲戒解雇とすることを、ここに通知する――』
懲戒、解雇。
その二文字が、健人の脳を殴りつけた。
世界から、音が消えたようだった。病院の電子音も、窓の外の喧騒も、何も聞こえない。ただ、紙に印刷された冷たい文字だけが、彼の網膜に焼き付いていた。
血の気が、急速に引いていく。
理不尽な労働を強いられ、心身を壊すまで尽くしてきた会社からの仕打ちは、これだった。心配する言葉の一つもない。あるのは、規則という名の刃物で、あっさりと切り捨てるという事実だけ。
社会との、唯一の繋がりだった糸が、無慈悲に断ち切られた。
健人は、通知書を握りしめた。紙が、くしゃりと歪む。
だが、彼の心は、もう折れてはいなかった。絶望は、もう味わい尽くした。
健人は、ゆっくりと顔を上げた。その視線の先にあったのは、もう一度ログインするのを待っている、VRヘッドセット。
彼は、それに手を伸ばす。
(これはもう、ゲームじゃない)
その瞳には、かつてないほどに燃え盛る、覚悟の炎が宿っていた。
(俺の、現実だ)




