表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/18

最初のプロジェクトと解雇通知

ギルド【プロジェクト・アフターファイブ】の最初の活動プロジェクトとして健人が選んだのは、『賢者の試練』と呼ばれるギミックダンジョンだった。ここは、強力なボスがいるわけではない。だが、無数の罠と謎解きが配置されており、個々の戦闘能力よりも、パーティ全体の連携と思考力が試される。新生ギルドの船出には、うってつけの場所だった。


「いいか、皆。ここの敵は、特定の順番で起動する床のスイッチと連動している。ハヤト、君が先行してスイッチのパターンを報告。ダイスケは、報告を受けて敵の進路を塞ぎ、壁役を。チグサは、後方から全体の状況を把握し、デバフ解除と回復を頼む」


健人の指示は、もはやゲームの攻略リーダーというよりも、プロジェクトマネージャーそのものだった。彼はExcelスキルでダンジョン全体の構造をマッピングし、議事録スキルで敵の行動パターンをリアルタイムで記録・分析していく。


「面白い! まるでパズルを解いてるみたいだぜ!」


ハヤトが風のように駆け抜け、罠の情報を的確に報告する。


「任せろ。この盾は、絶対に破らせん」


ダイスケが、報告されたルートに先回りして敵の猛攻を一身に受け止める。


「まったく、あんたたち無茶するんだから……! でも、悪くないわね」


チグサは悪態をつきながらも、完璧なタイミングで回復魔法と支援魔法を飛ばし、パーティ全体を支える。


歯車が、完璧に噛み合っていた。


誰もが自分の役割を理解し、互いを信頼し、全力を尽くす。健人は、その中心で指揮を執りながら、会社では決して感じることのできなかった高揚感を覚えていた。


そして、ダンジョンの最奥。


全てのギミックを解除したことで、ようやくボスのゴーレムが姿を現した。


「皆さん、最終フェーズです! これまで集めたデータによれば、このボスのコアが露出するのは、三つの部位を同時に破壊した後の3秒間のみ!」


健人の号令と共に、三人が動く。ダイスケがゴーレムの足止めをし、ハヤトが背後に回り込み、チグサが強力な魔法を詠唱する。そして――三人の攻撃が、寸分違わぬタイミングで炸裂した。


ゴーレムの巨体がひるみ、胸部のコアが赤い光を放つ。時間は、3秒。


「お待たせいたしました! 本プロジェクトの最終プレゼンを、始めさせていただきます!」


健人が放ったのは、この瞬間のために用意した、最大火力のパワポ魔法。無数のグラフとテキストが螺旋を描きながらゴーレムに殺到し、コアを完璧に撃ち抜いた。


[ダンジョンクリア!]


システムメッセージと共に、ゴーレムは光の粒子となって消滅した。


後に残されたのは、ハイタッチを交わし、互いの健闘を称え合う仲間たちの笑顔だった。


「やったな、ギルドマスター!」


「あんたの指揮、悪くなかったわよ」


その温かい雰囲気に、健人の胸は熱くなった。ここが、自分の新しい居場所なのだと、心の底から思えた。



最高の気分でログアウトした健人は、まだ興奮の余韻に浸っていた。仲間と何かを成し遂げる喜び。それは、彼が社会人になってから、ずっと忘れていた感覚だった。


ふと、ベッドサイドのテーブルに、一通の封筒が置かれているのに気がついた。病院の事務的なものではない。差出人は、健人が勤める会社の名前になっていた。


(お見舞い……だろうか)


だとしたら、随分と仰々しい封筒だ。健人は少し訝しみながらも、封を開けた。


中に入っていたのは、見舞いの手紙などではなかった。そこにあったのは、冷たい活字で埋め尽くされた、一枚の公式な通知書だった。


『――貴殿の長期にわたる無断欠勤は、当社就業規則第XX条に違反する行為であると判断し、本日付けをもって、貴殿を懲戒解雇とすることを、ここに通知する――』


懲戒、解雇。


その二文字が、健人の脳を殴りつけた。


世界から、音が消えたようだった。病院の電子音も、窓の外の喧騒も、何も聞こえない。ただ、紙に印刷された冷たい文字だけが、彼の網膜に焼き付いていた。


血の気が、急速に引いていく。


理不尽な労働を強いられ、心身を壊すまで尽くしてきた会社からの仕打ちは、これだった。心配する言葉の一つもない。あるのは、規則という名の刃物で、あっさりと切り捨てるという事実だけ。


社会との、唯一の繋がりだった糸が、無慈悲に断ち切られた。


健人は、通知書を握りしめた。紙が、くしゃりと歪む。


だが、彼の心は、もう折れてはいなかった。絶望は、もう味わい尽くした。


健人は、ゆっくりと顔を上げた。その視線の先にあったのは、もう一度ログインするのを待っている、VRヘッドセット。


彼は、それに手を伸ばす。


(これはもう、ゲームじゃない)


その瞳には、かつてないほどに燃え盛る、覚悟の炎が宿っていた。


(俺の、現実だ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ