適性検査と最初の仲間たち
サーバーを落とすほどの熱狂から一夜明け、健人は殺到した数千件ものギルド参加申請のリストを前に、頭を抱えていた。まるで、人気企業の採用担当者が大量のエントリーシートを前に途方に暮れているような心境だ。
(さて、どうしたものか……)
単純なレベルや戦闘力で選ぶつもりは毛頭ない。そんなことをすれば、結局は『ナイトメア』の劣化コピーが出来上がるだけだ。健人が求めるのは、ビジョンに共感し、チームとして機能できる人材。つまり、採用活動だ。
「よし、面接……いや、適性検査を実施しよう」
健人は再び配信を開始すると、応募者全員に向けて、あるダンジョンへの招待状を送付した。タイトルは、【第一回・新規ギルドメンバー選考会】。
応募者たちが転移させられたのは、奇妙な空間だった。そこは戦闘フィールドではなく、いくつもの小部屋に分かれた、巨大な石造りの迷宮。そして、彼らに与えられた課題はあまりにも奇妙だった。
「このダンジョンのクリア条件は、敵の殲滅ではありません。『最奥の部屋にある宝箱を、五人一組で開けること』です。制限時間は一時間。それでは、スタート」
多くの応募者が戸惑った。宝箱を開けるだけ? 簡単じゃないか。彼らは我先にとダンジョンの奥へと走り出す。だが、すぐに最初の壁にぶち当たった。
最初の部屋の扉には、五つの異なる色の鍵穴があった。そして、扉の前にはこんなメッセージが。「我らが望むは、共有されし知恵」。
鍵は、ダンジョンの各所にバラバラに隠されている。さらにタチが悪いことに、赤の鍵を見つけたプレイヤーには、他の色の鍵が見えなくなるという呪いがかけられていた。
つまり、力任せに一人で鍵を探し回っても、決して扉を開けることはできない。クリアするには、自分が何色の鍵を見つけたかを他のプレイヤーに「報告」し、足りない色の鍵を持つ者を探して「連絡」を取り、五人で協力して扉を開ける方法を「相談」する――「報・連・相」が必須のギミックだったのだ。
案の定、ダンジョンはすぐに大混乱に陥った。
「俺は青い鍵を見つけた! 他の奴はいいから下がってろ!」
「ふざけるな! 俺が見つけた緑の鍵こそが正解だ!」
自分の情報だけを頼りに、他のプレイヤーを蹴落とそうとする者。コミュニケーションを放棄し、壁を破壊しようと無駄な攻撃を繰り返す者。まさに、健人がかつて所属していたブラック企業の、非効率な会議風景そのものだった。
健人は、その様子をモニタリングルームから静かに眺めていた。失望が胸をよぎった、その時だった。混乱の中で、冷静に動く一つのグループが、彼の目に留まった。
「待て、全員落ち着け。この課題の意図は、個人での突破じゃない。連携だ」
声を上げたのは、岩のような巨躯を持つ、寡黙な大男だった。彼はタンク役らしく、巨大な盾を構え、興奮するプレイヤーたちから仲間を守るように立っている。
「チッ、うるさい脳筋どもだね。つまり、自分の持ってるカードをちゃんと見せ合えってことでしょ」
毒づきながらも、的確に状況を分析したのは、杖を構えたヒーラーの女性だった。彼女は回復魔法だけでなく、冷静な視線で全体の状況を把握している。
「面白え。つまり、鬼ごっこしながらパズルを解けってことか。俺の出番だな」
軽薄な口調でそう言ったのは、短剣を構えた斥候役の青年だ。彼は素早い動きで他のプレイヤーを避けながら、必要な情報を集めて仲間に伝達している。
彼ら三人と、他に二人のメンバーで構成されたそのパーティは、健人の意図を完璧に理解していた。報告し、連絡を取り、相談する。その基本的なチームワークによって、彼らは混乱をいともたやすく突破し、制限時間の半分以上を残して、見事最初のクリア者となったのだ。
◇
選考会が終わり、健人は合格者となった五人の前に姿を現した。
「皆さん、お見事でした。ギルド【プロジェクト・アフターファイブ】へようこそ」
健人が差し出した手を、大男が力強く握り返した。
「ダイスケだ。よろしく頼む」
ヒーラーの女性は、ふん、と鼻を鳴らした。
「……チグサよ。足を引っ張ったら承知しないから」
斥候役の青年は、ニヤリと笑った。
「俺はハヤト。ギルドマスターの手腕、期待させてもらうぜ」
口調も性格もバラバラだが、その瞳には確かな知性と、新しい何かが始まることへの期待が宿っていた。まるで、小さなベンチャー企業の設立初日のようだ。健人は、確かな手応えを感じていた。
◇
その頃。漆黒の玉座で、神崎刃(JIN)は部下からの報告を聞いていた。
「――以上が、KENTOなる者のギルドメンバー選考会の顛末です。戦闘力ではなく、連携力を試すとは……奇妙なことを」
「……お遊戯か」
JINは、興味なさそうに一蹴した。
「好きにさせておけ。しょせん、馴れ合いが好きな弱者の集まりだ。次のイベントが始まれば、我々『ナイトメア』との絶対的な力の差を思い知ることになる。烏合の衆に、未来はない」
冷たく言い放つJIN。だが、その指先が、玉座の肘掛けを苛立たしげにト、と叩いたのを、報告していた部下は見逃さなかった。絶対王者の心に、これまで存在しなかった小さな染みが、確かに生まれ始めていた。




