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12/12

12/苦しくても

そこには、一人の人間が佇んでいた。辛うじて分かる程の、濃い霧の中で。


俺には何故か、それが分かった。


分かってしまった。それはきっと彼だろう。


もうこの世にはいなくなってしまった彼だろうと。


曖昧な残像のような影だったけれど、俺には何故かそれが分かった。


では、何故彼はそこにいるのだろう。


もう居ないはずの彼がどうしてここに……。


そしてふと気付く。その影の横に、もう一つの影があることに。


直前までは、そこには何もなかったはずなのに。


何故だろう、何故だろうと考えていたら、その影は…………


突然急変し、様子を変えた。曖昧としか判別できなかったもう一つの影は、まるで獣のようにも見える俊敏な動きで彼に襲いかかり…………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううっっっっっっっっっっっっっっっ?????????




獣は彼に襲いかかり、まず後頭部を殴って昏倒させ、そのままのしかかり、身動きを封じたところでさらなる殴打。


殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打ベチャッベチャッベチャッベチャッベチャッベチャッベチャッ


飛び散る血飛沫。飛び散る脳漿。飛び散る××。


俺は、そこに立ち尽くすことすら叶わずに、深く墜ちていくように、深く深く、沈んでいくように、倒れ…………


「……ぃた。…いたっ。……さいたぁっ?! ……斎田っ?! 斎田っっ?!」


最初に見えたのは、青ざめた顔をした巳波だった。


何もかも分からないままに、判断がつかないままに、いつの間にか荒くなっている息。


動悸が収まらず、俺は暫く声を出すことも出来なかった。


俺は、巳波の部屋の布団の中央で、くしゃくしゃになって丸まっているらしい。何故そんなことになっているのか、すぐには理解できなかった。


「斎田……大丈夫?」


彼女は、パジャマ姿のまま、俺の顔をのぞき込んでいる。それはもう近距離で。


それはもう近距離で…………。


「治った」


一瞬で布団から飛び出す。


そのままの勢いでバック宙だって、今ならできる気がした。


「ひ、ひゃあっ」


すると彼女は、俺が飛び出した反動で布団に倒れる形になり、二人の位置関係が逆転していた……。


「い、いた」


可愛らしく瞳をパチパチさせて、布団の上で体制を立て直そうとしている。


そうとしていた……のだが。


俺は、意図的もとい悪意を持ってして、彼女に向かって落下していた。


ダイブインザスカイ、オンミナミである。


彼女の身体にのしかかるような形に、果たしてなったわけだ。


「ちょ、ちょっと…なな、何して……。さ、斎田」


「いや、巳波を補給しようと思って」


布団との間で彼女をサンドイッチするように、挟み込む。


身体を押さえつけ、身動きを封じる。


疲れていたのは本当だった。本当に、その時は俺は限界だったのだ。


そうしてしまうくらい、そんなことをしてしまうくらいに、疲弊していて。


でも。


ペチ、と。


か弱くも、力強く。明確に、はっきりと拒絶を示すように、彼女は俺の頬をテノヒラではたいた。


「…………」


「……あ、あの、斎田…」


「ごめん」


「いや、別に、そういんじゃ…なくて。その…まだ」


彼女は、赤くなった顔を逸らして、それでも恥ずかしがっているのが瞭然なくらい横顔も赤くして。


その先を言った。誰もいない部屋の隅を向いて。


「まだ、そういうのは、駄目って言うか……」


「……ごめん」


俺は、布団の中央でうずくまり、体育座りをするようにして、その間に頭を抱えるようにした。


「夢を、見てた」


「……どんな、夢」


彼女はそう聞いてきた。


「溝口が、死ぬときの、光景が…………」


そして、再び先程までの記憶を掘り起こそうとすると、それに反応したように。


「っっ、はぁっ…あぁ」


嫌な記憶が頭の中で逆再生されるような、急激な悪寒が走る。


嘔吐感に襲われ、暫くの間、顔を上げることさえできない。苦しい。


誰か、助けてくれ。


「だ、大丈夫っ? 苦しいの? ああ、ど、どうしたら……」


オロオロと、慌てる彼女。迷子の子供みたいに、どうしていいかわからないみたいに。


パシッと、彼女の腕をとった。


「大丈夫、だから」


強がりでも、偽りでも、俺はそう言うしかなかった。


じゃないと、そうしなければ、彼女がまた泣いてしまう。


また涙を流してしまう。もう枯れる程に彼女は、心から血の涙を流したというのに。


もう彼女を悲しませないと、決めただろうが。


「もう大丈夫だ。もう、大丈夫」


「……ホント?」


「ほんと」


「そう。……それなら……」


彼女は、俺の方を振り向き、少し赤さが引いた顔を見せた。


泣いてはいない。涙を流してはいない。


強い、顔。今まで独りきりで生きてきて、色んな痛みや悲しみや苦しみや悩みを知っている顔。


そして優しさを。知っている顔。


俺はその顔に恋をした。もうどうしようもなく、はっきりと。俺は彼女に、参っている。


「巳波」


もう、言ってしまうことにする。形にしてしまうことにする。


「ずっと前から、あなたのことが好きでした」


曖昧な霧のようだった想いが、形を持つ。触れなかった、見えなかったものが、伝わる。


想いは伝わる。人から人へ。


巳波は、俺を見つめるその眼を一瞬キョトンとさせはしたものの、すぐに笑顔になった。


天使が笑ったように、見えた。少なくとも俺には。


絶対に、彼女を離したくない。だからこうしたのだ。


もう揺らがないために。もうすれ違わないために。


「……はい。嬉しい、です」


布団に座ったまま、二人で言葉を交換。気持ちを共用し、想いを確かめ合う。


そして、お互いに確信した。目の前にいる人が、自分の大切な人なのだと。


もう、苦しいときに、悲しいときに、痛いときに、悩ましいときに、独りきりで抱え込まなくたって、いいのだ。


想いを分かち合える存在が、できたのだから。


かけがえのない存在が、できたのだから。


そして改めて決意をする。巳波の為にも、自分の為にも、必ずやり遂げると。


今回のしがらみに、ケリをつけると。けじめをつけると。


この長い長い雨が上がったら、彼女にもう一度言う。


伝えたいことは、まだたくさんある。伝えきれないくらい、たくさんある。


けれど、その前に、けじめをつけなければならない。


この一連の事件に、終止符をうつのだ。

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