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その1 油絵より歪んだ世界

 私、三上涼子みかみ りょうこは事故の後遺症により『人の顔が油絵よりも歪んで見える』という異常な症状を負っていた。

 しかしその中、ただ一人だけ普通の顔に見えた男性がいた。


 彼の名は桑本英二くわもと えいじ

 彼はなぜか<水しか飲まない>男性だった。


 事故と、彼との出会いによって、私の人生は大きく変貌していく――

 私が事故に遭ったのは、1か月ほど前のことだ。

 就職四年目となり、重い仕事が多く回ってくるようになったことからの疲労が重なったのだろう。

 会社を出た時間は、走って終電に間に合うかどうかだった。

 立ち眩みがした。しかし歩いていては電車に間に合わない。

 視野はいつの間にか狭まり、信号のない交差点で車が曲がってくることに気がつかなかった。


 気がついたのは病院のベッドだ。

 しかし――おかしい。


 頭を打ち付けたせいだろうか。人の顔が、溶けて見える。

 気色が悪いと言うより、抽象的と言うほうが正しいか。

 印象派の油絵をさらに歪ませたような……色の深みや重厚感、奥行きがあるものの、明確に目や鼻がよくわからない。

 雰囲気はわかるものの、顔で人を判別できない。


 無論、医者に症状を訴えた。脳派や目の異常も調べた。

 しかし――


「異常はありませんね。脳というものはいまだ解明されていない部分も多く、疲労とストレスによって幻覚が見えているかもしれないため……」

 といったような説明をされたが、要はわからないということだろう。


 退院後、私はしばらく会社を休んでいた。

 自分の顔を見るのは平気だった。鏡の中の私は、事故前とほとんど変わらない。

 厳密に言えば、無機物はそのままで見えるし、動物も大丈夫だ。


 問題は人間だけだ。

 人間だけが、油絵よりも歪んで見える。


 外に出ると世界は異形で満ちていた。

 通りすがる人々の顔は奇天烈怪奇で、今まで生きていた世界のように思えない。


「退院おめでとう!」


 会社に戻ってきた後は、もっと大変だった。

 何せ、顔がよくわからない。


 適応するため、私はいくつかの判別方法を編みだした。

 1番当たるのが、声で判別することだ。これはまず間違えない。

 あとは顔の色の分布図を覚えること。

 この人は茶色が多い……この人は頭頂部が肌色……この人は首元に緑色がある……。

 これはファッションに関連していることも多いので、声との組み合わせが大事だ。

 最後はもっとも簡単なのは会社の席で判断というものだが、これはたまに外すので、『目の異常が残っていまして』と言って謝ることしかなかった。


 生きることは何とかできそうだ。

 だが諦めざる得ないことがあった。


 ――恋愛は、不可能だ。


 元々、私はトラウマを持っていた。

 かつて付き合った人に、ひどい浮気をされたのだ。

 大学時代のこと、彼は積極的にアプローチしてくれ、誰よりも優しかったため付き合い始めた。

 しかし付き合って見えてきたのは、女性と付き合うまでをゲームとして捉えている心の無さと、自身の容姿への自信による傲慢さだ。

 私は愚かだったために彼の口先に騙され、その本質を見破れなかった。


 結局、彼に浮気をされ、私は男性への手ひどい不信感を覚えた。

 特に顔の良い男性は恐ろしく、すぐに浮気をするのではないかという疑念を感じるようになっていた。


 そんな状態のところへ、油絵よりも歪んだ世界。

 子供のころに憧れた、優しい男性と可愛い子供に囲まれて暮らす生活は、叶わない夢として、幻想の彼方へと消えようとしていた。


 ――そんな中、彼を見つけたのは、偶然だった。

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