プロローグ:儀式の光
春の陽光が眩しい古都の郊外。
斉藤 悠馬と小林 光一は、樹齢数百年の大木を祀る小さな村の祭りを撮影していた。
12人の村の踊り子達が円を描くように並び、舞を踊っている。
悠馬は最新のデジタル一眼を構え、光一は長年愛用してきたビデオカメラを回す。
互いに阿吽の呼吸で、祭りの熱気、人々の笑顔、伝統的な舞の優雅さを捉えていく。
祭壇の横から撮影する悠馬のインカムに光一の声が響く。
光一「あー、次はなんだっけ?」
悠馬「この舞が終わったあと、次はフィナーレですね。花火です。」
光一「オッケー!やっと終わるなぁ。長かったー。酒、おこぼれもらえねぇかなぁ。」
悠馬「先輩!そういうことは終わってからにしてくださいよ!目の前に集中してください。」
舞が終わりを迎え、森に静寂が戻る。薪の燃える音だけが辺りに響く。
祭壇に向かって一人の少女がお供え物を持って来た。
光一「オラ!そっち行ったぞ。逃すなよ。」
悠馬「分かってますよっと」
声をマイクが拾わないよう、心の中で相槌を打ちつつカメラを構えて被写体がフレームに入ってくる瞬間を待っていた。
美しい少女がフレームに入る。来た!高揚する気持ちがカメラに伝わらないよう、動きを抑える。映像撮影歴10年の修行のなせる業だ。
少女は天にお供え物を掲げ、何か呪文のような祈りのような言葉を唱えている。
悠馬にはその姿が美しい半分、恐ろしさ半分に見えた。
部族の祭を撮影する時にいつも感じる尊敬と畏怖。神の存在を感じる瞬間。
神様なんて信じていないのに。それを信じる人たちを撮ることで、何か自分の中にも信仰が生まれるのではないかと感じていた。
悠馬はモニター越しに少女を見ながらどこか上の空のような気分だった。
少女がお供えを終え、祭壇を降りていく。
光一「おい!ぼさっとすんな!次の位置に移動しろよ!」
悠馬「やべっ!今行きます!」
ドラムのような民族楽器が1つ、また1つと順々に音を鳴らしていく。
数分もしないうちにそれら全てがけたたましく音を吐き出していった。
祭のクライマックス。花火が上がる。
こんな部族の村に花火が上がる。その噂を耳にしてから先輩と二人でここまで来たのだが、まさか3日間も続く儀式になるとは思いもよらなかった。ここに案内した地域のガイドは二度と雇わない。
ドラムの音が一斉に、止んだ。その瞬間全ての音が、消えた。
消えたのが音だけではないことに気づいたのは、薪の炎さえ消えていたからだ。
悠馬「えっ…?」
カメラのバッテリー切れかと思いモニターから目を離し、辺りを見回すが、見えたのは先輩のビデオカメラのRECランプだけだ。
次の瞬間、焚火ではなく祭壇からドンっ!という音と共に光の柱が立ち上った。
一気に辺りが照らされる。
そうなって初めて気が付いた。自分を中心に村の人々が、円を描くように迫っていた。
そう、まるで、お供え物をするかのように。
目の前が眩しい光に包まれた。悠馬は咄嗟に目を瞑った。
悠馬「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
あまりのことに驚いて声を上げてしまった悠馬は、撮影中なのに声を出して、ここはカットだなと瞬間思った。そんな杞憂も束の間、急な浮遊感に襲われた。あまりの状況の変化に、今度は声も出ない。恐怖で体が硬直している。眩しい光の中、目を瞑ったまま恐怖に耐えた。
1時間くらいに感じたが、恐らくほんの数十秒だったのだろう。周りに音が戻り、瞼の先に眩しさを感じなくなり、悠馬は恐る恐る目を開けた。
暗い。そりゃそうだろう。あれほどの眩しい光を直視した後だ。まだ目が適応できていないのだろう。薪の火も見えない。
辺りが見えないことが怖くなって、手探りで周囲を触ってみる。するとすぐ側に木の幹を感じることができた。悠馬は木の幹を背に付けながら、再度辺りに手を伸ばす。今度は人の気配を感じなかった。先ほどまで自分を囲んでいた人々はどこにいるのだろう。
悠馬「落ち着け、落ち着け!まずは現状確認。」
いつもは心の中で唱える言葉を小さく声に出しながら、自分が何をしていたかを思い出す。
撮影。そうだ、カメラは?
悠馬はふと自分の右手を見ると、ちゃんと愛用のミラーレス一眼を持っていたことに気が付いた。こんな当たり前のことすら分からなくなっていたことに、どれだけ自分がパニックになっていたのか思い知る。
悠馬「…!そうだ!先輩っ!」
自分のことで精一杯になっていた。先輩はどうなった?確か、祭壇の正面から撮影していたはず。
光一「悠馬ぁ!」
先輩の声が聞こえた気がする。左の方だ!
悠馬はまだしばしばする目をこすりながら、声のした方へ手探りで走り出した。
高い木が生い茂り、何とも先ほどの祭場とは思えない森のような所だと思いつつも、手の感触を頼りに進んだ。
段々、暗闇に目が慣れてきたらしい。奥が薄っすら明るく見える。
そこには先輩らしき人の影も見えてきた。悠馬は急いで向かうも、足元がおぼつかず、よれよれと走り寄った。その人影はやはり光一だった。
光一は何やら明かりのする方を見ていた。そこは森を抜け、少し開けている所のようだ。
悠馬「先輩!大丈夫っすか?!何があったんです…?!」
やっと光一の傍まで辿りついた悠馬は、言葉半ばに絶句した。
目の前に崖があった。眼下には広い草原が広がっている。草原の先には、明かりが集まっていた。街だ。
しかし、自分が知っている光景ではない。
石壁に囲まれ、まるで城壁のような。いや、あれは正しく城壁なのだろう。
街の明かりの先に、聳え立つ城が見えた。
光一「…なんだありゃあ…?俺たちは、どこにいるんだ?」
絞り出すように呟く光一の問いに、悠馬は答えを持ち合わせてはいなかった。




