凱旋勇者ヤマシタヤマオの別れ話
興味を持っていただきありがとうございます。
パチンコ描写は、調査不足でchatgptに書かせました。不正確なところがあると思うので謝っておきます。すみません。
昔々、人間の大国ケッペルの東方、モトレド諸島には魔王エムペバがおり、凶暴な魔族を操ってケッペル王国の人々の暮らしを脅かしていた。ケッペルの王エルドラは多くの兵隊を送り込んだが、彼らが帰ってくることはなかった。エムペバの侵略にケッペルは次第に領土を失い、多くの人命と富を失う。人々は希望を求めていた。そして、神託の語る英雄の来訪を心待ちにしていた。ケッペルの宰相ベルナデッタは、歴史を読み解き英雄は異世界ニホンからの来訪者だと突き止める。そして、多くの試行の末に勇者ヤマオを呼び寄せた。ケッペルの王エルドラ、宰相ベルナデッタ、そして名も無き数多の民衆の希望を背負い、勇者ヤマオは魔王エムペバを討伐する旅に出る......。
あれ、君たち、向こう行っちゃうの?!
え?つまらない?
なるほど。そんな......。
そうか、勇者ヤマオの伝説はもう本で読んじゃったかぁ。
ちょっと待ってよー。もうちょっとだけお話を聞いていってちょうだい。
ふむふむ。そうだな。じゃあ、少し趣向を変えようか。
こんな話は知っているかい?物語のはじまりは勇者ヤマオの王都への帰還後のこと。彼は実は、とんでもないパチンカスだったのだ------
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冷たい風が頬を切り裂くように吹き荒れる荒野。その中心に立つのは、異形の巨躯を持つ魔族。全身を覆う漆黒の甲殻はまるで闇そのものを凝縮したかのようで、赤い目は地獄の炎のように燃え上がっている。
「勇者ども、よくぞたどり着いた。ここが貴様らの墓場だ......」
魔族の低く響く声が大地を震わせる。背後には蠢く無数の触手のような影がうごめき、見る者の心を凍りつかせる恐怖を放っている。
「なんなのにゃっ、どれだけ攻撃しても効果がないの!」
パーティの一人、盛り上げ係のリリアが叫ぶ。
「どうなってるの、攻撃が当たらない!」
応援係のコトミが背後で汗を拭う。魔族の放つ熱波に当てられ、彼女は手に持っていたコップを傾けた。
前線で戦う勇者のために、麦茶を作り濡れタオルを用意する。それが彼女の仁義なき戦いだった。
一方、前衛兼後衛兼アタッカー兼ヒーラー兼スカウター兼リーダー兼荷物持ち兼炊事当番である勇者ヤマオは何度振るっても届かない剣先を冷静に見つめていた。攻撃が通じない理由を考え続ける中、ある違和感を感じ取る。
「妙だ、攻撃が弾かれるたびに、あの赤い目がわずかに光っている。まさか......。」
ヤマオはその場で叫んだ。
「確率を操作している!こいつの魔法だ!すべての攻撃が外れるようにしてやがる!」
「なんだって!」
リリアとコトミが驚愕の声を上げる中、ヤマオは剣を高く掲げた。
「ならば、俺だって確率操作だ!スキル発動!」
剣を振り下ろすと同時に、まばゆい閃光が辺り一帯を覆った!
『チャンスだー!』
ピカッ、ピカッ!ギュイーン!ピコピコ。ぐるぐるぐるぐる。キュイーン!
目の前のスクリーンで激アツのエフェクトが開始した。来た。パチンコ打ちでこの瞬間血が沸き立たない奴はいない。大当たり確率がアップして次回の大当たりが出やすくなる状態、確変だ。
よし来た。この瞬間に、かける!!
俺は手元のメダルを一気に台に投入した。画面では魔族が怒り狂う演出が再生され、ルーレットの上を小さな鉄球が巡り始める。心臓が高鳴る。
鉄球は徐々に速度を落とし、大当たりを示す赤のエリアの境界に乗り上げ、そして、次の瞬間------
ブッブー。
境界を乗り越えるかに思えた鉄球は、急に用事でも思い出したみたいにその直前のはずれエリアに吸い込まれていった。画面に「はずれ」の文字が浮かび上がり、魔族の笑い声が響いて激アツエフェクトが終了する。
「はあ?おい!あれは確実に赤に入るところだっただろ!メダルぜんぶ入れたのに!悪逆非道極まりない魔族にももとる最低の背信行為だ!」
こう叫んでしまうのも、仕方がないだろう。せっかく俺の魔王退治の冒険をモチーフにした新台が出たって聞くから気合い入れてきたのに、モデルになった本人がこんな大負けってありうるか?それもただの負けじゃない。パチンコ台製作会社の人と打ち合わせしたときに、この台は確変の上昇幅が大きめに設定してあるとこっそり聞いてきたんだ。通常0.1%の当たりが10%になるんだぜ。こんな悔しい敗北、異世界に召喚されてから初めての経験だ。
「大体なあ、あの魔族は確率操作なんて大層な魔法じゃなかったっつの!ペテンみたいな野郎だったの!パチンコになるって言うからウッキウキで取材だって受けたのに。取材者ちゃんとメモ取ってたのか?!俺全然取材とか受けないのに、パチンコって言うから特別に受けたのにぃ!勇者の俺を騙しやがったなあ!」
パチンコ店は常に騒音に満ちている。俺の声はその中を一際大きな雑音となって響く。
止まらない悪態を聞きかねて、隣のおじさんが俺の肩を叩いた。
「あのさ、うるさいんだけど。ほら吹きもそこまで行くと精神病なんじゃないか。」
「いや、だって、俺の話をぜんぜん反映してないし......」
おじさんは情けなさそうにため息をつく。
「あんたよくここにいるよね。勇者様なんてご立派な方が、こんな平日の昼間っからずっとパチンコに入り浸ってるわけないじゃない。
妄想するなとは言わんけど、あんた若いんだからちゃんと働きなよ。」
いや、本当に勇者なんだが......。その声は周囲の騒音に掻き消された。
ふと冷静になって周りを見ると、それぞれ台に座ったまばらな客が俺のことを迷惑そうな顔で見上げている。どうやらおじさんの意見は、この店の客の総意のようだった。
残りわずかになったメダルを握りしめて天井を見上げる。
魔王討伐を終え、王都に戻ってきてしばらく経つ。こんなはずじゃなかったんだけどなあ。
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魔王討伐の冒険から凱旋し、王都に戻ってから数ヶ月。俺、山下ヤマオと、そのパーティの一味は自由で気ままな暮らしを楽しんでいた。
王様がなんでも欲しいものをひとつくれるって言うんで、家が欲しいと頼んだら、超絶富裕層みたいな邸宅をもらってしまった。俺と、パーティの仲間であるリリアとコトミはそこでシェアハウスを営み、一緒に住んでいる。
三人で王都の観光名所を見に行ったり、毎日うまいものを食べて暮らす日々。冒険の旅では考えられなかったような贅沢三昧の生活。人生山あり谷ありとは言うけれど、王都に戻ってからしばらくの間は間違いなくチョモランマレベルの尖ったピークだった。
長い冬ごもりの後にようやく訪れた人生の春のようで、この生活がずっと続けば良いと思っていた---
ある日、リリアとヤマオとコトミが談話室でジェンガをしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
すぐさまコトミが飛び上がり、玄関へ向かう。なにか宅配を頼んでいたのだろうか。
「なんだったんだ?」
茶封筒を手に持ってきたコトミに、ヤマオが声をかける。と、コトミは茶封筒を背の後ろに隠し、
「ん?なんでもないよ。」
そのまま上階の自室に上がろうとした。
コトミのやつ、秘密でなにかやろうとしているな。まあ、一緒に暮らす上でプライバシーってのも大切だし?俺はぜんぜん興味ないし?隠すならわざわざ探るほどでもないんだけど。
そう思っていた矢先。コトミは茶封筒を隠すのに気を取られるあまり、階段下に散らかっていたジェンガのピースが見えなかったようだ。彼女の足がジェンガを踏むと、ひっくり返って転んだ。
ぐえっ。コトミの喉からカエルの潰れたような声が出る。そして、封筒が床を滑り、俺たちのそばで止まる。
『重要書類在中
コトミ タマキ 様
特別入試願書
王立ケロリア総合大学 入試課』
ヤマオとリリアの目に、図らずも表に書かれたその文字が飛び込んできた。
「まさかことち、大学に入るにゃ?!」
リリアが叫ぶ。その顔色は少しの好奇心と、純粋な尊敬が入っていた。
「いやー、ことちはあたま良いなーと思ってたけど、大学かー。まさかワイらの中から大学生が出るなんて!末は学者様か大臣様にゃー?ヒューヒュー」
この世界では、大学というのはたいがい貴族の学び場だ。それだけに大学卒という肩書きの権威は日本とは比べ物にならないくらい大きい。異世界人とはいえ、勇者一行とはいえ、いち庶民の俺たちとは縁遠い場所だと思っていたのだが。
「大学に行くのか?貴族じゃなくてもいけるのか?というかそもそもことちって、もう大学に通うくらいの歳だっけ?」
俺は思わず疑問を重ねた。
「貴族に紹介して貰えば大丈夫なの。前王宮に呼ばれたときに紹介状を書いてもらった。それと、私は今年で16歳。この世界の大学は17歳からなの。」
封筒を俺の手から取り返すコトミの頬は、赤く染まっていた。
「もうそんな歳だったか。そういえば日本だともうそういう時期だったな。でも照れることはないんだよ?」
コトミは13歳からこの世界にいる。この世界に来てすっかり日本人のライフステージが頭から抜けてしまったが、本来なら進路に悩む時期なのである。
「だって、ブランクあるし。日本とは勉強の内容も違うし。受かるかわかんないから、受かってから言うつもりだったの!」
そう言ってコトミは俯く。その頭を、いつのまにか彼女の隣に寄っていたリリアが撫でた。
「騒いでごめんにゃ。でも、ワイはことちが誇らしかっただけなの。別に隠すことはないよ、ことち。もし本気で大学に行きたいなら、みんなで応援する。一緒にがんばろ?」
勇者一行最年少のコトミに、なにか母性をくすぐられるのだろうか。普段のふざけた様子とは対照的に、リリアはコトミには優しい。
「......ありがとう。がんばる。」
ぼそっと呟くと、コトミは封筒をしまいに自室へ上がっていった。リリアがヤマオを見てウインクをする。
そうか、コトミはもう次に進むのか。胸のうちにざわめきを感じる。
すぐに、コトミが戻ってきた。手には、落ちていたジェンガのピースを持っている。
「とりあえず、勉強は明日から本気出すってことで。」
恥ずかしそうに言うコトミを迎えて、俺たちはジェンガを再開した。
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キリの良いところでジェンガは終わり、コトミが自室に戻った。
談話室には俺とリリアが残る。
子供が寝た。大人の時間だ。
グラスにウィスキーを注ぎ、魔法で氷を入れる。
俺もリリアも、弱いのに酒好きだ。アイテムボックスから、冒険中に倒したドラゴンの燻製を取り出す。市場に出せば純金よりも高い。
「ぜいたくしてるよな、俺ら。」
「いいんじゃないのかにゃ。苦労したんだし。」
燻製を噛み、ウィスキーを一口。
冒険は苦労といえば苦労だったが、思い返す限り大変だったのは寝ずの番やまずい飯くらいだ。チート能力のおかげで、命の危険はほどんど感じたことがない。
「コトミはやっぱり、偉いよ。もう次を見てる。」
魔王討伐の報奨金として、数十年働かずとも暮らせるお金をもらった。それにかまけて俺はだらけているが、コトミは自ら次の冒険に踏み出そうとしている。報奨金から学費を払うつもりだ、なんて言っていたっけ。
「なになにー。悩みかにゃぁ?おねえさんが聞いてあげようかにゃ?」
リリアはからかうように言いながら、タバコを咥えて火をつけた。うまそうに吸い、二人で挟んだテーブルの上に吐く。
俺はタバコの煙が嫌いなのだが、異世界人のリリアに副流煙という概念が理解されることはなかった。コトミの前で吸わないということだけ約束させたが、俺の前では躊躇いなく吸う。
「悩みだなんて。俺は楽しいことだけやっていければそれでいいの。」
煙を避けて、俺は窓際へ寄った。空にはすこし欠けた月が浮かんでいる。
「前から思ってたんだけど、ヤマオはどうしてそんななのに、魔王討伐なんてクソめんどいことやったのにゃ?」
「そんななのに」って。
「そりゃあ、断ることもできたけど、魔族が召喚者を見逃してくれないからさ。結局戦うことにはなっちゃうんだ。」
「ふーん、そんなものかにゃあ。」
釈然としない様子だ。いや、本当はそれだけじゃないんだけどね。
「そういうお前こそどうなんだ。旅の途中で一回解散しかけたことあったじゃないか。どうして戻ってきたんだ?」
「ああ、そんなこともあったにゃあ。」
懐かしそうな小さい笑いが漏れる。リリアの顔も窓の外に向き、白い月を捉える。
「最初、ヤマオのパーティに参加したのは名をあげるつもりだったけど、あのとき戻ってきたのは違うの。」
「------」
その後を継いだ言葉に、俺ははっとして彼女の方を見る。
案外、俺もリリアも考えることは同じだ。
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コトミの勉強は順調に進んでいる......のかどうかは正直わからない。
ただ、部屋へお菓子やお茶を差し入れに行くと、魔術の理論を新しく学び直さなければならなくて大変なこと、しかし算術や国語は日本より簡単に感じていることなどを話してくれた。武術の試験もあるらしいが、それはリリアに家庭教師としてついてもらってどうにかしているらしい。
朝から晩まで、起きている間中はずっと勉強している。心配になるくらいの根の詰めようにやきもきしていたのだが、案外本人は楽しんでやっているようで、晩飯の時間には明るく学んだことを話してくれる。
俺にできるのは、せいぜい美味しい晩御飯と夜食を作ることだけらしい。
さて、俺はというと、パチンコにどんどんのめり込んでいった。
以前この世界に召喚された日本人にパチンコ好きがいたようで、その文化を細かく再現していたのだ。近世的な街の中で一際現代的な輝きを放つ『パチンコ』のネオンに誘われて足を踏み入れてから、懐かしさもあってよく通うようになった。
ハンドルをひねり、一定の回転数を維持しながら、俺は目の前の台に集中する。異世界のパチンコ台といえど、基本は日本で打っていたものと変わらない。
玉がトンネルのような通路を垂直に上がり、ステージ上で一瞬ゆっくり転がる。ここでのステージ性能が高ければ、入賞率が上がるはずだが、果たして......。玉が安定して穴に吸い込まれていくのを確認して、俺はこの台のポテンシャルを確信した。
「さぁ、そろそろ演出が来る頃か?」
そうつぶやくと、台の前面に煌びやかなエフェクトが発生する。画面に現れた図柄たちは、どうやらこの異世界で伝説の存在らしいドラゴンや魔導士といったキャラクターが多いようだ。俺は過去の経験に基づき、予告の内容をじっくり観察する。まずは先読み。何かがリーチに繋がる前兆があるとすれば、連続演出や図柄の色の変化が手がかりだ。
「おっと、これは熱いか?」
図柄の背景が赤く燃え上がる。この異世界でも赤予告はやはりチャンス示唆のようだ。さらに、回転が進むと擬似連が入り、画面がぐるぐると回転しながら、次々と豪華な演出が追加されていく。擬似3まで行けば、信頼度が跳ね上がる。日本の感覚だと激アツだ。
「頼む......来い!」
その瞬間、リーチに突入。リーチ演出がロングリーチへと進み、確変リーチに突入する。この時点で心の中の期待値が高まる。
画面が切り替わり、今度はカットイン演出まで発生。金色のオーラをまとった魔導士が画面に飛び出し、金カットインがド派手に炸裂する。日本の台でも金は期待度90%超えの鉄板演出。異世界でもこの法則が生きていると信じて、息をのむ。
そして、画面上の図柄が揃う瞬間――ギルド全体が眩しい光に包まれ、ファンファーレが大音量で鳴り響く。見たこともない大当たり演出が炸裂し、なんと爆連モードに突入しているらしい。これがいわゆるST突入ってやつか?
「これ、まさか捻り打ちでさらに出玉を増やせるんじゃないか?」
玉の出方に合わせて右打ちを繰り返し、残りのラウンドで少しでもオーバー入賞を狙っていく。しっかりと入賞口に収まるたびに、俺の目の前の出玉数が一気に跳ね上がる。この異世界のパチンコがここまで奥深いとは思わなかったが、ついにその妙味を味わってしまった。
そこで俺は、となりの台からもファンファーレが鳴っていることに気がついた。
初老の男が、見たことがないほどの大量の出玉を脇に抱えて淡々と打っている。
あまりの出玉の量に俺は呆気に取られてしまう。店内の他の客も彼の引きの強さに気づいたらしく、珍しげな、あるいは物欲しげな視線が彼の後ろ姿に集まった。あんな勝ち方もあるのか。
よく見ると、昨日俺に注意してきたおっさんだ。
俺が悪かったのはわかっているけれども、人はそれほど賢くはあれないのだよ。公衆の面前で恥をかかされた恨みを思い出し、粗探しでもしようと観察していると。
エフェクト音の喧騒に紛れて背後から物騒な声が聞こえた。
「おいおいおい、じいちゃん。知らねえのかい。その台は俺の縄張りだぜ。」
振り返るとそこには、ニワトリのとさかのようにご立派に天井を指すリーゼントがあった。その下にはいかにもガラの悪そうな不良のにいちゃん。
「じいちゃん、あんたこの店のルールが分かってないようだが、その台は俺んだ。おれがちょっと離れた隙に無断で随分と稼いでくれちゃったみたいじゃないの。俺に断りなくその台で稼いだら、儲け分は俺のもんだぜ。無駄に歳ばっか取って義理も礼儀もなってないやつだなあおい。」
聞くに耐えない暴論をそのリーゼントはさも当然であるかのように言い放った。老人に集まっていた周囲の好奇が、冷たい視線となってリーゼントの男に移る。
「そんな目で見ないでくれよ。やんのか?俺ぁBランク冒険者だぜ?」
そう言ってリーゼントは、雑に胸ポケットに編み付けた銅のバッジを指差した。Bランク冒険者というと、冒険者の中では半分以上の実力ではあるだろう。一般市民と戦って負けることはまずない。だが、だからといって脅すのは道義がないな。
台に向かったまま、老人がリーゼントに答えた。
「ぼうず。通らない道理を通そうとするのはやめておくれ。あんたも出禁になりたくないだろう。」
その声はあくまで冷静だ。
「おいおいおいおいおい、それは聞き捨てならねえなあ。この髪型のどこが坊主だってんだ?老眼ですか?あぁん?」
そこに怒るのか。店内の誰もが思っただろう。
しかし、確実に彼の逆鱗には触れてしまったようで、リーゼントの怒りはもう最高潮に達していた。
激昂した彼の拳が振り上げられ(リーゼントがゆっさと揺れ)、老人に殴りかかろうとしたそのとき。
「おい、なんだぁお前。邪魔すんじゃねえよ。」
リーゼントの肘を俺の掌が抑えた。リーゼントは構わず老人に殴りかかろうとするが、肘をとらえた俺の手の力が意外に大きく、殴ることができない。
「そこのおじさんの言うとおりだ。あんたの言い分は目に余るし、暴力をちらつかせるのも良くないぞ。」
俺はあまり面倒ごとには関わりたくないのだが、今回ばかりは別だ。断じて老人を助けたいわけではない。
人は賢くはあれないものだ。そう、先日俺に公衆の面前で説教をかましたこの老人に、俺は仇を恩で返すことで復讐するのだ!二流や三流は恩を仇で返す。しかし俺はその逆をいく。もちろん下心があってのことだ。
「ッ......離せ。お前もぼこぼこにしてやる。Bランク冒険者のこの俺がな!」
そしてリーゼントは手を振り解くと、今度は俺に向かって殴りかかってきた。
......やれやれ。結局こうなるのか。
俺は鼻を狙ってきたリーゼントの拳をかわすと、背後に回って背中を押した。リーゼントがよろける。
俺はこいつと違って、できるだけ人を傷つけたくない。穏便に実力を見せつけて荒ぶった情動が静まるのを待つのが得策だ。
「あれ、なにかしたか?鼻のあたりを蚊が飛んでるかと思ったよ。」
「なんだとおめえ!舐めやがって!いいか、冒険者ってのは魔法も使えるもんなんだぜ。前喧嘩して俺の魔法をくらったやつは三ヶ月病院送りさ。」
しまった。穏便に済ませたかったのだが、火に油を注いでしまったようだ。魔法まで出てきたら収拾がつかなくなってしまう。というかパチンコ屋で魔法を使うなんて、非常識にも程があるだろこいつ。
リーゼントの拳に周囲のマナが集まり始めた。なるほど、拳に集めたマナを性質変化させて攻撃力を上げる魔法か。
困ったな。種類によっては、暴発すると店に大きな被害が及ぶ。
次の瞬間、リーゼントが振りかざした拳が、空気を切り、ピストルのような爆発音を鳴らして飛んできて......。
「な、なぜだ。俺様の、Bランク冒険者ゼント様のパンチを受けて涼しい顔しやがるなんて。」
俺はリーゼントのパンチを腹で受けることにした。もしパチンコ台にでも当たったら爆発しそうだからな。対して、俺が受ければ、衝撃をすべて安全に吸収できるというわけだ。
「まさかお前、Aランク冒険者か?」
ようやく、リーゼントの顔に畏怖の感情が見えてきた。
よしよし、激昂もおさまってきたようだ。
「冒険者ランクって、ああ、ギルドからもらったバッジに書いてあるやつのことか?SSSランクだったっけかな。」
随分と冒険者ランクにこだわりのあるやつだな。俺なんて、今聞かれるまで自分が冒険者登録してたことも忘れてたぞ。
「嘘つけ!SSSっつったら、英雄級か神話級の傑物のはず。そんな奴がパチンコ店にいるはずがねえ。」
別にいいだろ。勇者がパチンコを楽しんだって。そこに座ってるおっさんもそうだが、この世界の人間は偏見が過ぎる。勇者がパチンコを楽しんだって良いじゃないか!
「なら、俺のパンチも受けてみるか。そうしたらSSSランクかどうか、わかるんじゃないのか?」
リーゼントの立つほうへ一歩にじり寄る。俺の歩幅に合わせて、リーゼントも一歩退く。もう一歩距離を詰めようと足を伸ばしたとき、リーゼントは踵を返して出口へ走り始めた。
「くそ、今日のところは勘弁してやる!覚えてろよ!」
リーゼントは大きな音を立てて出口の扉を開け、外へ去っていった。
すごい。こんなにベタベタな捨て台詞を言う奴がいるとは。
「ありがとうございます。お若いの。」
リーゼントに絡まれていた老人だ。今日の出玉を鉢に入れて抱え、もう換金しに行こうかという様子だ。
「最近は魔王が討伐されて、今まで前線にいたような血気盛んな冒険者も王都に戻ってきてしまいましたからなあ。たまに街でこういったいさかいがあるのです。」
なるほど、俺が魔王を倒してしまったことで、そんな影響が出ていたのか。
それはそうとご老人、この俺に見覚えはないかね。昨日あんたはこれくらいの年若い男を説教したはずだけど。B級冒険者の不良との格の違いは見てもらった通りだが、勇者ってのは本当だったのさ。
そう訊くのもわざとらしいので、俺はそれとなくヒントを出す。
「あー、魔王ね!いたなあ、そういうやつ。大したことなかったよ。弱かったと言っても良い。でも、考えなしに倒しちゃってそんな悪影響が出るとはねえ!悪いね!」
どうだ、昨日無職扱いされたことへのちょっとした意趣返しさ。無職ではあるけど、ただの無職ではないのだ!実績のある無職なのさ。
老人は年老いてしぼんだ目をぱちくりさせた。
「まさかあんた。昨日の。本当に勇者様だったのかい。」
そうそう、そういうことよ。
「ますます平日昼からパチンコで時間潰してて良い立場じゃないだろうに......。」
そうなるのかい。
「というわけでさ、俺ってさ、あんたの恩人ってことになるだろう?」
「はあ、あの不良は正直自分でどうにかなったが......。」
「それで足りなければ、魔王を倒して人類を救った分もカウントしてくれ。」
「おれに人類を代表させる気か?あんた、あさましいってよく言われないか?」
俺とて尊敬されたいわけではない。
ただ、ご老人には、押し付けた借りを返して欲しい。それだけだ。
確かに俺はこの世界で最強の力を持つ。しかし、世の中は力だけでは乗り切れないことのほうが多いものだ。そのために俺は、俺が持たない力を持っている人には躊躇なく頭を下げる。プライドがないとも言うが、柔軟とも言う。
そして、俺は老人の打ち方を見て、ほとんど確信していた。彼は、プロ打ち師か、それに準ずるほどの腕前を持っている。
「さっきのあんたの勝ちは間違いなく、運なんかじゃなく、あんたの技術によるものだった。
俺にパチスロの勝ち方を教えてくれ。」
おっさん---名前をポモラと言うらしい---とはそういった経緯で知り合った。
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最近、リリアが隠しごとをしている気がする。
前もいったがシェアハウスで大事なのはお互いのプライバシーを守ることだし?一緒に冒険した仲とはいえ、ちゃんと線引きして礼儀は守らなきゃいけないし?俺にだって二人に知られたくないようなこともあるし(昨日パチで大負けしたこととか)?
秘密があるとしてもわざわざ詮索しようとは思わないのだが、ひとつ問題がある。
リリアが破滅に向かっている気がするのだ。
まず、ここ数日、金遣いが荒くなった。ソファなどの生活に必要なものをリリアのお金で買ってくれたのは良かったのだが、同じ日にシェアハウスでは無用なシャンデリアを「チョ〜かっこいいにゃ!」とか言って買っていた。そもそも取り付ける場所がないのだからと、コトミも俺も止めたのに聞かない。また、成熟しないうちに収穫した野菜みたいな形の粘土細工を、「これはいつか爆発的に値が上がるって友達が言ってたにゃ」とか言って何個も買ってきた。極め付けに、ここ数週間、『マナの気功を整える。究極の健康飲料魔術水』とやらの、怪しさしか感じない水を大量に購入している。
騙されていないか心配になって話を聞こうとすると、
「大丈夫にゃ!五年後には資産が五倍になる予定なの!」
と返し、その具体的な方策を聞いても、
「そ、それはまだ秘密にゃ〜。」
とはぐらかすばかり。それどころか、
「ヤマオは残念だにゃ〜。せっかくのまとまったお金を賭け事に溶かして。ワイとの差が開いちゃうにゃ!」
なんてことを抜かすので、まあ俺も悪いのだが、口論になってしまった。
次第に、リリアは夕食の時間に同席しないことが増えた。三日に一度、掃除当番の日だけ家にいて、夕食を作って食べる。それ以外は外で食べているのだろうか。コトミの入試に向けた武術の個人指導も、直前の連絡で個人練習になることが多くなった。
結果、家ではコトミと俺の二人になる。
「ヤマオ、最近リリアが何してるのか知ってる?」
コトミもリリアが心配のようだ。受験生に不要な心配はさせたくないので、あからさまに相談することはなかったのだが、コトミもリリアの変化を感じ取っているようだった。
「そうだなあ。よくわからないけど、友達を作ったり、お金を稼いだりしてるんだよ。良いことじゃないか。」
なんて気休めを言ってみる。コトミを安心させたい思いだが、そうであってくれという自分自身の願いもある。
コトミは納得できないことでもあるのか、夕食の焼き魚をフォークで細かくちぎり続けている。
「こういうふうにさ、私たち、別れていくのかな。魔王を倒すために集まったパーティだから、魔王を倒しちゃったら、それぞれの人生が始まるんだよね。
......うん、そうだよね。考えてみれば、自然で、当然のことなんだ。」
ほぐした魚の身を口に運ぶ。
いや、でも、と咄嗟に言いたくなるけれども、
確かに俺たちは本来、魔王討伐パーティ。
魔王亡き今、どうして一緒にいるのだろう。
「寂しいか?」
コトミの表情は暗く、それを受け入れているとは思えない。
「うん。でも、私、もし日本だったらもうすぐ中学校卒業くらいの時期だよ。別れの季節だ。
ヤマオも、そうやって大人になったんでしょう?」
「確かに。一理あるね。さすがことち。」
すこしだけ嘘をついた。俺は日本にいた頃ずっと引きこもっていたので、卒業というものを知らない。
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「にいちゃん、今日は調子が悪いね。」
パチンコを打っていると、ポモラさんに見抜かれた。
さすが師匠。たった一ゲームの手捌きで、俺の心境まで見抜いてしまうとは。
ポモラさんは、たまに体臭が臭いのに目を瞑れば、思っていたより相当すごい人だった。なにせ、王都のパチンコを打ち続けて三十年を超える大ベテランだ。この街の打ち師で彼の名を知らないものはいない。新参者ながらパチンコへの情熱を共有する俺としては、この数日彼への尊敬がうなぎのぼりというわけだ。
事情を話すと、なにを勘違いしたか、
「そうか、女か。」
とポモラさんは笑った。
「女はいつのまにか気まぐれに離れていくもんさ。」
そう自嘲的に吐くポモラさんは、なにか自分の体験に重ね合わせているようだった。
ポモラさんは正直女性に好かれるタイプには見えないけれど、と思ったのが顔に出たか、彼はムッとして言葉を続ける。
「俺にもカミさんがいたんだよ。逃げられちゃったけどな。
それなのにある日いきなり、家からいなくなった。」
話はいつの間にかポモラさんの身の上話のターンになり、俺は一転して同情的な態度を作らなければならなかった。
「いい夫はやれてなかったから、カミさんが出てくのはわかる。でも、安否もわからないんじゃあ、気持ちのやりようがなくてな。昔は悩んだもんさ。
でも、にいちゃん、そういうもんさ。別れは。
勇者サマの力があったって、運命までは変えられないだろう?人がくっついて、離れるのは、人の領分じゃない気がするんだ。
そういうとき、なんの力も持たない一般市民である俺らにできることなんて、ひとつだけだ。
ゆっくり目を閉じて、彼女らを見守ってくださいって、女神様に祈るんだ。そういうもんさ。」
ポモラさんは殊勝に目を閉じて両手を合わせ、それを解くとパチンコの玉を入れる。
「まあ、パチンコと同じだな。」
どうなんだろう、それは。あまりにも運命にすべてを任せすぎている気がする。奥さんに逃げられたのは自分の落ち度もあり、パチンコには期待値を上げる技術があるんだろう?
と言ったら怒られそうなので、俺も殊勝な顔で目を閉じ、手を合わせた。
俺は女神様なんて信仰していない。確かに召喚時それっぽい人を見たが、存在を認めることと信仰することの間には大きな違いがある。俺は、女神はいるだろうけど、特別に有り難がったりはしない、というスタンスだ。
だから、祈るポーズをとりながら、もっと具体的なことを考えていた。
リリアが離れたいというなら、それを引き止めることは正しいのだろうか。
いや、そんなことはどうでも良いんだ。少なくとも、向かう先が破滅なら止めなければならない。友達として。
今日帰ったらリリアと話そう、どう切り出せば良いだろうか。
しかし、その日の夜も、その次の日も、リリアは帰ってこなかった。
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俺たちはリリアを探し始めた。コトミには家で勉強しているよう言ったのだが、どうしてもと言って聞かなかったので同行することになった。
家の門を出ると、俺は目を瞑り、精神を集中させてスキルを起動する。
俺は召喚時、女神から100個のスキルを授けられた。そのスキルをもってして魔王を倒したわけなのだが、なにせ100個も色々なスキルがあるので、戦闘だけでなくさまざまな困りごとにも使えるスキルがあったりする。今から発動するスキルもそのひとつだ。
「スキルNo.14!GPSシステム!」
俺の詠唱に呼応して、地面から円形の魔法陣が出現する。
「そのスキル見たことない。ヤマオ、そんなものを持っていたの?!しかも『GPS(Global Positioning System)』だなんて!」
GPSという元の世界の懐かしい響きに、コトミが興奮気味だ。
こう思っているに違いない。きっと高度な遠隔知覚魔法の類で、元の世界のGPSと似た仕組みで動くハイテク技術なのだろうと......。
しかし、魔法陣から出てきたのは、一匹の巨大なスライムだった。コトミが口を開けて呆然としている。
『おひさしゅう、ヤマオの旦那。お初にお目にかかります、コトミ嬢。スライムでごぜえやす。何なりとご用命くだせえ。』
スライムが俺とコトミにテレパスで話しかけた。
「きゃー!スライムが喋った!キモい!あと喋り方もキモい!」
コトミが叫ぶ。
『そんな......初対面でいきなりキモいとは......冗談がきつすぎますぜ。』
失礼だぞ、と俺のほうからも嗜める。このスライムさんはこれから俺たちのために働いてくれるんだから、ちゃんと感謝しなさい。
「ごめんなさい......。いきなりだったからつい......。」
謝罪を受けても、スライムさんだから機嫌が直ったかどうか表情でわからない。その場でちょっと跳ねているのは、どの感情なのだろうか。
迷っても仕方ないので、とりあえず俺はスライムさんに指示を出す。すると、すぐさま無数の小さなスライムに分裂して去っていった。
「GPSというのは、頑張れ・ぷにぷに・スライムさんの意味だ。彼は女神の眷属で、人探しが超大好きで趣味でいつもやっているらしい。地球のGPSとは関係ないぞ。
リリアの特徴をスライムに伝えたから、一万以上の無数のスライムさんの分身体が捜索に回ってくれる。すぐ見つかるさ。」
コトミは絶句した様子だ。うん、気持ちはわかるけど、やっぱり俺たちのために働いてくれるスライムさんにがっかりするのは良くないぞ。
それにそんな顔をされても仕方ないだろう。100個もスキルがあると、その中にはこういうものもある。一緒に旅をしていたコトミでさえ知らなかったスキルということは、そういうことなのだ。
そして、数分後、俺の脳内にスライムさんの報告が響いた。
『こちら1476番スライム。兄貴、見つけやした。リリア姐でごぜえやす。位置情報を送りますんで、そこに来てくだせえ。』
脳内に送られてきた位置情報は、住所でもなく、経路でもなく、直感的にその場所を指し示す。
その場所とは------警察署だった。
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警察署に着き、リリアに会いに来たと伝えると、拘置所に案内された。
警官が目を光らせる中俺とコトミは地下に案内される。険しい顔をした警官が怖いのか、コトミは俺の服の裾を掴んで影に隠れていた。
光源といえば天井近くの窓から差すわずかな陽の光だけの、薄暗い独房にリリアは寝転がっていた。家を出るときに来ていたブランドものの服ではなく、粗末な麻の服を着ている。
警官の立ち合いのもと、俺たちはリリアが留め置かれている独房に向いあう。
壁に向けて寝転がっていたのだが、俺たちが迎えに来たのを足音で聞くと、耳をピンと立て、立ち上がって鉄格子を両手で掴んだ。
「ヤマオ!ことち!よく来てくれたにゃ!出してくれにゃ!」
俺たちを見て安堵したのか、これで外に出られると早合点しているのか、その顔は緊張が一気にほぐれ、希望を見つけたかのように晴れやかだ。
「ちょっと待て。リリア、お前一体なにをしたんだ?」
いきなり出すわけにはいかない。ここは一応、法治国家だ。許可を取らず出したら犯罪になってしまう。
「なにもしてないのにゃ!店に行ったら、あ、ワイはちょっとビジネスしてたんだけどにゃ、そんで、店に行ったら、なんかコクゼイキョクが来て、ダツゼイ?だのなんだの言ってあっという間にワイをこんなところに閉じ込めちゃったの。」
国税局?脱税?リリアお前、やらかしたな。
なにやら怪しいものに手を出してるらしいという直感は正しかった。おおかた、ぽんと大金を手に入れた田舎者ということで悪いやつに乗せられ、カモにされたのだろう。
「ぜんぶあいつが悪いにゃー!ワイはあいつのいう通りに進めてただけなの!あいつらがこうすればお金何倍にも増えるっていうから!」
反省してない。リリアが被害者なのはわかるが、もうちょっと自分の落ち度を省みる態度だけでも見せておくのが筋だろう。こいつ、もう少しここでじっとしていた方が世の中のためじゃないか?
そこでコトミが俺の服の袖を掴んだ。彼女は俺の目をまっすぐ直視し、そのあとリリアに視線を移し、また俺の目を見る。その瞳はリリアを解放しろと力強く物語っていた。
やれやれ、コトミは俺がなんでもできるししてくれると思っている節がある。
「おまわりさん。」
隣にいて面会を監視していた警官に、俺は金貨の包みを差し出した。いつも取り出せるように、多少の金をスキルで亜空間に貯めてある。彼はそれを受け取ると、無言で留置所の鍵を開けた。
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シャワーを浴び終わったリリアが、鼻歌を歌いながら談話室に入ってきた。
ソファには俺とコトミが押し黙って座って待っている。リリアは、俺たちの顔色を見て鼻歌を止めると、静かにソファに座った。
「なにがあったのか話して。」
コトミが口を開いた。
そして、リリアが伏目がちにことの顛末を語り出す。
始まりは、街の酒屋でのことだった。酔って調子を良くしていたリリアは、酒場に居合わせた全員に酒を振る舞っていた。
おそらく、そのお金の使い方を見て、目をつけられたのだろう。
話しかけてきたのは、リーゼントが目立つ柄の悪い男だ。
男は口がうまく、田舎者で世間知らずのリリアはすぐに騙された。男はお金などすぐに尽きると不安を煽ったあと、それを元手に増やせばよいのだと提案した。そして、男の指示する商品を買って渡すだけの、簡単で魅力的な商売を提案する......。
自分のやっている商売が密輸品取引だと知ったのは、店に差し押さえが来たときだった。
「だーかーらー。ワイは騙されたの!被害者なの!なんかリーゼントがうるさい男に利用されただけなの!」
リリアはすべてリーゼントの男が悪い、自分は悪くないのだと執拗に主張する。しかし、そんなことがあるだろうか?この数ヶ月商売をしていておかしいと少しでも思わなかったのか?そもそも、酒場で無差別に酒を振る舞うなんて、身の程をわきまえているとは言えないな。
「そこに反省の色が見えないって言ってんの!大金もらって浮かれて。自分が特別だとでも思ったのか?元はと言えばお前はただの冒険者で、魔王を倒したのは俺なのに。お前はただのバカな田舎者なのに。」
俺はリリアの話を聞いていて、どうしてか苛立ちを抑えきれなかった。自分らしくない。心の片隅でそう思っていても、つい言い方が刺々しくなってしまう。
リリアがハッと目を見開き、顔を上げる。その目は、長い付き合いの中でも見たことがないほどの怒りを含んでいた。
「ヤマオこそ、ワイとことちが自分の届かないところに行ってしまいそうで怖かったんじゃないかにゃ〜?
あらやだー。ごめんね〜ワイたちはヤマオのラブに応えられないにゃ〜。
ワイたちはヤマオの家族でも恋人でもなんでもないの〜。」
わざとらしく、幼い子供をからかうような猫なで声。リリアは本当に怒っているとき、こんな声を出す。そしてリリアは、人の弱点を突き、屈辱を煽るのが抜群に上手いのだ。俺はもはや怒りを抑えきれなかった。
「リリア!ヤマオ!」
コトミが悲痛な声で横から静止しようとする。でも、もう遅い。もう引き返しようがないのだ。お互い、踏み込んではならない一線を踏み越えてしまった。
俺は大きな音を立てて立ち上がり、拳を振り上げる。
「ふん。スキルだけの臆病者なの。」
しかし、俺の拳が振り下ろされることはなく、右腕を上げたままの無様な格好で静止した。リリアは俺が彼女を殴れないことまで見透かしていたのだった。
「じゃ、冒険はもう終わったんだし、ワイはパーティを抜けるにゃ。ばいばいヤマオ、ごめんねことち。」
リリアが席を立ち、玄関へ去っていった。
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そのとき、扉が鳴った。リリアが驚いて飛び退く。扉は、ちょうどリリアが触れる前に外から叩かれたのだ。
ダンダン。ダンダン。
さらに二度ほど、そんなに強く叩いたら壊れてしまうんじゃないかと思うくらいに強く叩かれて、
怒号が、扉を貫いて玄関に響き渡った。
「お"い"ゴラ"ァ"!!コ↑クゼイキョクの差し押さえじゃあ"!!!中にいるのはわかっとんねん。開けろゴラァ!」
どう考えても行政の人間が出して良い響きではない、太くドスの効いた、ひとことで言えばヤク○のカチコ○のような怒号である。そのあまりの迫力に、俺たちは一瞬体が止まる。
なにが起こった?リリアの店に入ったという国税局が俺たちの家まで来たのか?そもそも発音が国税局(コクゼ↑イキョク)ではなくてコ↑クゼイキョクなんだが?行政なら一応一旦従った方が良いのか?いや、これはどう見ても行政の名を騙った強盗だろう。なら話は早い。俺がスキルで撃退して終了だ。
そこで俺はリリアの様子に気づいた。彼女は、目を見開き、額から大量の冷や汗を流し、奥歯をガタガタと音を立てて震わせている。そしてなんだか早口でしゃべりだした。
「ま、まさかここまで来るとは......。ケッペル王国の税務機関にして、事実上の行政最高権力機関。歴史上我が国で猛威を振るった財閥の数々を圧倒的な武力と強硬な姿勢でことごとく崩壊させ、民主経済を護ってきた、執拗なる義憤の集団。その武力は軍部に匹敵すると言われる、あのコ↑クゼイキョクが!!」
なるほど。俺の知ってる国税局じゃないことはわかった。というかただの税務機関が凶暴化したうえに権力を持っちゃって、この国の政治まずくないか。
リリアと俺が視線を交差させる。刹那の合意形成に、言葉は要らなかった。一時休戦だ。
「ヤマオ。相手は公務員だから抵抗しすぎるとこっちが犯罪者になっちゃうの。」
「おう。リリアはことちを連れて奥に。時間を稼ぐ。最悪家を捨てる準備を。」
「あいさ。あと気をつけて。ヤツらの中にも数人魔法の使い手が......」
リリアの続く言葉は、家の扉とともに吹き飛ばされた。扉があったところには濃厚な白煙が立ち込めている。
そしてその奥には、黒いスーツとサングラスの屈強な役人が数十人以上、今にもこの家に足を踏み入れようとしていた。
まったく。結局扉を壊すなら、最初にノックする必要もないだろうに。
「差し押さえ、開始!!突入ーーーー!!」
どこからかホイッスルが鳴り、役人たちが雪崩を打って家に押し込んできた。
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玄関からフローリングに上がろうとしたコ↑クゼイキョクの役人たちは、そこで見えない壁に阻まれた。
押し寄せる集団の先端にいた役人が、前後から挟まれてうぉぉとくぐもった声を出す。
「なんやねんこれぇ!!なにしやがった!!」
「総員報告!差し押さえ対象に抵抗の意思あり!奇妙な魔法を使うぞ!」
「固有結界術の類だろう。部長を呼べ!彼は結界術の達人だ。」
未知の魔法に阻まれた混乱も一瞬のこと。コ↑クゼイキョク役人たちは直ちに次の対応策を打ち始める。その間たったの五秒。
対応が早い。優秀すぎるよコ↑クゼイキョク。胡散臭いのは外面だけだったのか。
彼らの突入を阻んだのは俺のスキル『スキルNo.20 土足禁止』だ。文字通り靴を履いた人間を結界から弾き出す魔法で、靴を脱げば普通に通れてしまう。弱点がバレないうちになんとかしなければ。
「ねえどうしようどうしよう。あたし達犯罪者?ほんと信じられないんだけど。」
コトミはパニック気味だ。
「安心するにゃ、ことち。犯罪者はいちおうワイだけのはずなのよ。」
リリアは逆になぜ冷静なのかわからない。
「そもそも何でこの家が差し押さえられるんだ?三人のものだろう?」
「あー、ごめんにゃ。失敗すると思ってなくて、勝手にそういう契約しちゃったのよ。」
本当にこの猫娘は。もう今責めても仕方がないから考えるのをやめよう。うん。
俺は透明なバリアに阻まれる黒スーツのむさ苦しい役人たちの壁に話しかけた。
「なあ、公正に手続きしてくれよ。この家にはリリアもだけど、無関係の俺やそこの女の子も住んでいたんだ。俺たちの財産まで没収するつもりか?」
すると、ちょうどバリアと役人たちに挟まれ、いちばん苦しそうにしている男が答える。
「ハッ。バカなことを。この国では俺たちコ↑クゼイキョクこそ正義!
この家の差し押さえはもう決まったことだ。観念するんだなぁ。
しかし、無駄な抵抗をやめていればよかったものを。抵抗しなければ、優しい俺たちがせいぜい財産を没収する程度に留めてやれたのに。
すぐに部長が来るぞ。部長は俺たちのように甘くない。むしろ犯罪者に対しては徹底的なサディストなのさぁ。
部長にかかればな、どんなに反抗的な悪徳商人も、最後には泣いてこう言うんだ。
『ごめんなさい。ボクが悪かった。もうちゃんと税金を払うから、だからお願い。もう解放して。お願い。お願い。』となぁ。
ヒャーハッハッハ!楽しみだぜぇ!」
背後でコトミが「きもっ」と声を漏らす。......たしかに、なんというか、個性的だ。
「ど、どうするのよ!リリア!そもそも何ジェニーくらい詐欺っちゃったの?!」
もはやコトミのパニックは収まらない。
「よんせんまんジェニーにゃ......。」
4000万って、魔王退治の報奨金くらいじゃないか。部分的に俺が肩代わりできるだろうか。
急いで亜空間に右腕を突っ込んで金庫の中身を確認すると、絶望的な事実に気づいた。
もう1000万も残っていない。なぜだ、どこでそんなにお金を使った?......パチンコくらいしか心当たりがない。
「ああもう、ちょっと待って。」
コトミが急いで上階へ登ってゆく。
そのとき、個性の強いコ↑クゼイキョクの男が嬉々として叫んだ。
「ヒャッハー!タイムアップでーす!!お前らの寿命はここまで。部長のとうちゃーく。」
カツ、カツ、と革靴が地面を蹴る音がする。
玄関に溢れていたコ↑クゼイキョクの役人たちは一瞬で姿を消し、彼のために道を開けた。
歳のころは50代後半だろうか。身の丈は大柄なわけではない。むしろ小柄なほうだと言える。しかし、役人たちの払う敬意、彼の歩く所作、そして同じ漆黒のスーツに赤色のサングラスを選んで着こなす絶妙なセンスが、彼はただものではないということを物語っている。
部長と呼ばれたその男は、結界前で立ち止まり、一瞬、興味深そうに眺める。すると、迷いなく靴を脱ぎ、外側を向けて丁寧に揃えて並べ、フローリングに上がってきた。
「ずいぶんと舐めたマネしてくれるじゃねえか。しかも靴を脱げば入れる結界とは。こどもだましみてえなことしやがって。
コ↑クゼイキョクの恐ろしさを見せてやろうじゃねえの......。」
そこで初めて、彼はサングラスをあげ、驚愕の表情をあらわにした。
俺もそこで、彼の顔に見覚えがあることに気づいた。
「もしかして、ポモラ師匠!」
「最悪の再会だな。勇者様。」
彼は、俺がパチンコ屋でリーゼントから助け、そのままパチンコの極意を教わることとなった、ポモラさんだった。
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「頼む!差し押さえと逮捕見逃してくれ!そもそもリリアは被害者みたいなところがあるし。俺とコトミは完全に無関係なんだ。」
パチンコ屋の縁をお互いに思い出し、一瞬の油断ができた隙に俺が畳み掛ける。
「1000万ジェニーくらいなら俺が手持ちで肩代わりするし。」
今は渋る時期ではないだろう。俺の持つものすべてを使ってこの場を収めなければならない。
「ならねえ。4000万ジェニーだぞ。1000万じゃ足りねえし、被害が大きすぎてこいつの財産を解体しなけりゃ収まんねえんだ。貴族だろうとセレブだろうと勇者だろうと、納税の前じゃみんな平等だ。それが俺たちの社会なんだよ。」
部長の態度は硬化したままだ。
もうどうにもならない。八方塞がりだ。
このまま財産を失って路頭で暮らすか、強行突破し犯罪者として追われる身となるか、思考が究極の二択を比較し始めたとき、コトミの声が聞こえた。
「被害額をとりあえず補填すれば、家は失わずに済むのよね。」
コトミは階段の上から、大きな革袋を投げた。
「4000万ジェニーよ。あたしの分はほとんど使ってなかったの。」
その金貨や銀貨は、コトミが魔王退治の報奨金としてもらったものだった。
「でもことち、それがなきゃ大学に......。」
リリアがおずおずと呼びかける。そうだ。この世界で大学は貴族の学び舎。学費は日本よりはるかに高い。コトミはそのお金を大学4年間の学費に使うつもりだ、と話し合ったことがあった。
「いいの!」
コトミの決意は固かったようだ。その声は、一歩も辞さないという覚悟が籠っている。
階段の上に立つコトミは目に涙を溜め、つかえながら話し始めた。
「あたし、冒険が終わってこの家にきたとき、ようやくみんなで平和に暮らせるんだって思った。こんな世界に飛ばされてきて、わかんないことだらけで、わけわかんない任務なんてやらされて。魔物がいて、人は当然のように人を殺すし、法律もヘンテコで、でも他の人はそれを当然と思ってて。
でもみんなと......リリアやヤマオと一緒なら、この世界も悪くないと思ったの。でも、リリアは王都に来てからおかしいし、ヤマオもふらついてばっか。挙げ句の果てに喧嘩するし。
私が家でどんな気持ちだったと思う?想像したことある?みんなは違うかもしれないけど、あたしにとっては、この世界にあんたたち二人しかいないんだよ?この家がなくなったら、リリアがどっか行っちゃったら、ヤマオが帰って来なかったら、私一人でこんな世界に生きてかなきゃいけないんだよ?」
話すうちに堪えきれなくってきたようで、声が次第に震えてきている。ずっと考えていたのだろう。コトミは俺たち以外の世界を恐れていた。俺たちが家を空けているあいだ、ひとり部屋で勉強しているときに、それが思考の隙間に入り込んでずっと恐怖していたのだ。コトミの目からは一筋、涙が溢れていた。
「ねえ、一人にしないでぇ。ずっと一緒にここにいてぇ。」
かろうじて抑えていたコトミの感情は決壊した。ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ、赤ん坊みたいに大泣きする。リリアは階段を駆け上ると、コトミの頭を抱き寄せ、撫でる。
ごめん、ごめん、と何度も許しを乞いながら。
階段の上から、コトミが潤んだ目を向けてくるが、俺がそこに駆けつけるのはまだ早い。
衆目がコトミに集まっている間に、こっそりスキルを起動する。
ポモラ部長に向かい合うと、彼は突然現れて泣き出した少女に毒気を抜かれ、
「こまったなあ。」
と小さく呟いていた。
「ポモラさん。話があります。」
魔王亡き平和な世の中では、器用で、賢くて、根性のあるやつが幅を効かせる。そんなもの、俺は持っていない。だから、これから始まるのは交渉ではなく懇願だ。
「資金を回収しないと収まらないって、さっき言いましたよね。その4000万で足りない分は借金して集めます。借金した分は、働いて返します。」
「法的手続きってのがあるんだよ。いきなり第三者が出てきてお金出すので見逃してくださいなんてのが罷り通ったら、犯罪者が野放しになっちまうよ。」
「リリアは被害者です。調査してくれればわかります。」
「調査はしたさ。パチンコで絡んできたリーゼントの不良、いただろう?あいつが被疑者を唆したらしいが、金銭的な責任は問えないよ。被疑者は、自分の責任で違法な商売をした。揺るがない事実だ。」
頑としてポモラさんは態度を崩さない。俺が攻めあぐねていると、泣き止んだコトミが降りてきて、ポモラさんの隣に立った。口をきっと引き結んでいる。
「なら、法を曲げてください。」
コトミが頭を下げる。
「はあ?そんなこと......」
「勇者ヤマオは超法規的存在です。現状、この世界の誰よりも、どんな兵器よりも、強い力を持ちます。それが今誰のもとにもつかず野放しになっていることに、危機感がないはずはないでしょう。」
思い当たることでもあるのか、ポモラさんは顔をしかめる。そうだったのか。考えたこともなかった。
「これを機に勇者ヤマオと国とで関係を結びましょう。ヤマオは国の仕事を請け負います。国も、魔族の残党やインフラの拡大で困っているでしょう。」
ポモラさんは明らかにうろたえていた。
「お前ら、ガキか?!離れ離れになるのが嫌で駄々こねるみたいに。」
ああ、そうだよ。これは子どもと、大人になり損ねた大人が駄々をこねているだけだよ。俺はバカで怠惰なガキで、無理を言っていることはわかってる。だけれども、ガキだから、これ以上に重要なことを知らないんだ。
ふと、脳内にテレパスが響く。『こちら8050番スライム、見つけやした。』ポモラさんと話を始める前に起動したGPSシステムの連絡だ。
間に合った。これが俺に用意できる最大の切り札だ。これが通用しなければ、コトミとリリアを連れて逃げる。
「ポモラさん。奥さんの居場所がわかりました。
要求を聞いてくれたら、場所を教えます。」
ポモラさんが目を細める。その穏やかな曲線を描く微笑みは、女神への祈りを捧げているときと似ていた。
「やるじゃん。」
小さなため息が漏れた。
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豪邸の門の前で、俺はとんかちを振るっていた。トン、トン、というリズミカルな音が心地よい。
部長が言うには、俺たちはこれからコ↑クゼイキョクの依頼を受ける上で会社を作らなければならず、会社をやるなら看板を立てなけらばならないそうだ。手続きが面倒だったので、リリアが商売に使っていた屋号をそのまま引き継ぐことにした。今、その看板を門の横に立てている。
ポモラさんの奥さんは、別の街で他の男と結婚していたそうだ。しかし、それを報告するポモラさんの顔は晴れやかだった。今さら彼女に執着はなく、ただ心から安否を確認したかっただけだと言っていた。そういうものなのだろうか。本心はもう少し複雑なのかもしれないけれど、少なくとも気に病んでいる様子はなかった。
「あのー、ヤマオさん?」
いつのまにかリリアが横に来ていて、話しかけてきた。後ろに回した手に、火の消えたタバコを持っている。庭で一服していたところ、とんかちの音が聞こえて寄ってきたのだろう。
なんだかばつが悪そうだ。それもそうか、なあなあになってしまったとはいえ、喧嘩の後なのだから。
「ちょっと看板持ってくれないか?まっすぐつけたいんだ。」
リリアが横で手を添える。
トン、トン。
看板の上の角を釘で止め終わる。よし、まっすぐだ。でも------
「この名前、ちょっとコテコテすぎてダサくないか?」
「なんだと!めっちゃスタイリッシュな名前をつけたつもりだったの!」
うーん。そうなのか。やっぱりリリアは抜けている。
「そんなところに助けられたことも冒険中何度かあったっけかな。」
リリアはきょとんとした顔だ。
「お前がいなけりゃ魔王も倒せなかったよってこと。」
褒められ慣れていないのだろうか、リリアは数秒ほどかけて言葉の意味を咀嚼している様子だ。そして、なにかに気づいてハッとし、ニヤニヤし始めた。
「ワイはあと数年は一緒にいるのよ。だから安心するにゃ。」
そういうことではないんだけどな。
結局リリアがコトミに多額の借金をする形で収まった。それを返し、コトミを大学に通わせるために、リリアは働かなければならない。当面の間は、俺の会社を手伝ってもらう。
そういうわけで、当分の間はまだ腐れ縁だ。
「なあ、リリア。前言っていただろう。パーティが解散しかけてたとき、どうして戻ってきたのかって。」
「ああ、言ったにゃ。『ことちが心配だったから』って。」
召喚者は、本人の意志に関わらず、魔族に狙われる。俺たちが保護するまでコトミはひとりで戦い、消耗していた。本来虫も殺せない性格なのに、俺のようなチート能力もないのに、過酷な運命を背負わされた。それが不憫だった。魔族の力の元となる魔王を倒さなければと思った。
「俺も同じだ。正直、俺たちって似てるよな。似てるから喧嘩するんだろうな。」
認めたくないけど。
コトミの姿を思い浮かべる。召喚されたのが十二歳で、今十六歳。今回の、人目も憚らず号泣する様は、まるで幼児のようだった。彼女の時間は、この世界に召喚された当時のまま止まっているのかもしれない。
それは俺も同じか。
「少なくともことちが卒業するまでは二人で支えよう。正直、俺だけじゃ不安だし、お前だけでも不安だろう。」
「そうにゃ、そのときまで。」
「そのときが過ぎたら、きっとお別れだ。」
お互い握手をするか迷って手を出したが、宙をふらついた手は最終的にハイタッチに落ち着いた。
よし、パーティ再結成だ。これまでの『勇者パーティ』じゃない。今度は会社として生まれ変わるぞ。
『ユウシャパートナーエグゼクティブコンサルティング』開業だ。......なんだこれ。
読んでいただきありがとうございます。
書き溜めたら連載版として投稿したいと思います。本作は序章にあたります。
楽しんでいただけたら、高評価ください。励みになります。