ローゼII
挑発的な視線を向けても、王は大きな反応を返さなかった。
ただ、静かに口を開く。
「それでも良い。俺の傍に侍っていれば、そのうち思い出すだろう」
ぞわっと、総毛立つ心地がした。
王は、狂っている。気が触れている。どうかしている。
「何を……」と口にしたのは、私ではない誰かだった。
閉口したままの私を傍目に、幾分身分が高そうな兵が、ずい、と前へ出る。
「そうはいきませぬ、陛下。この女を殺し、首を晒さない限り、反乱軍の士気は高まるばかり。陛下の命令といえども――」
「はっ」
捲し立てる言葉を、鼻で嗤い遮った。
片頬が上がっている。笑っているのだろうか。
だが、黒曜の瞳は、深淵のようにぽっかりと開いた眼窩の中で、何の色も見せず静まり返ったままだった。
「お前はわかっていない。マリーは、死んでからが怖いということを」
「は……、それは呪いか何かに関する話でしょうか」
「ああ、そうだな……それに近いかもしれん。喪ったと気付いた時、反乱軍はとんでもない火事場の馬鹿力を発揮するだろう……。だが、それは私とて同じ、いや、その筆頭だな。マリーのいない世界など、早々に幕を閉じるべきだ。マリーが死んだら俺は、国軍と反乱軍を根絶やしにし、閑かになった大地の上でマリーと共に眠ることになるだろう」
その嘲笑とも自嘲とも知れない笑みは、兵を十分に怖気づかせたようだった。
兵は口を引き結び、一方後ろへと下がる。
「なあ、マリー」
王が、私をじっと見据える。
私は、マリーじゃない。そう、口にしようとした。しかし――
「随分と、マリーを愛していたのね」
それとは違う言葉が、口から出た。
王は黙って、私を見ている。
「なによ……違うの?」
「いいや、アイ……、そうだな、愛していた」
王は、まるで初めて聞いた言葉かのように、私の言葉を繰り返した。
そして、初めて愛を知った人間かのように、悩まし気に眉根を寄せた。
「ならば、ずっとマリー一人を愛していれば良いのに」
「……ああ、だからこそ――」
「私はマリーではない。マリーは死んで、もう、どこにもいない。マリーの死の呪いは、とっくの昔に発動した。でも、もう二度と発動することはない。マリーはどこにもいないのだから」
「……」
「私は、ローゼ。反乱軍の首領。戦女神の意志を継ぐもの。でも、マリーの意思なんてものは、欠片も持ち合わせていない」
たっぷりの皮肉を込めた言葉を浴びせかけると、男の目はすっと細くなった。
不思議なことに、細くなって初めて、その瞳の中に爛々と輝く物が見えた気がした。
「……そうだな。お前は、ローゼ。清き魂を持つ者。お前のような者が俺の呪縛に囚われることなど、端からありえないことだったのだろう」
男は、音もせずに立ち上がった。
一歩一歩踏みしめるように、こちらに近付いて来る。
私は、目を閉じた。
男は、どのように私を殺すのだろうか。
勇ましく、あるいは、下卑た笑みを浮かべ、それとも、無感情に――。