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ローゼI

 熱い。そこここで、炎が上がっている。燃えている。村が、戦友が、私の大切なものが。

 

「ローゼだな」

 

 膝をつき喘ぐ私の首筋に、冷たくて熱い切っ先が当てられている。

 私は、何も答えなかった。ただ、地面を睨みつけ、ぎゅっと拳を握っていた。

 名も知らぬ敵兵は、それを、肯定と捉えたようだった。

 否、最初から確信があったのだろう。古の戦女神と同じ、真っ赤な長髪とアンバーの瞳、革の胸当てに施された、蝶形花の紋章。私こそががローゼであると、全力で主張するような風貌をしていた。

 

 両腕を後ろから引かれても、そこでガチャリと冷たい音がしても、もう抗う気力はなかった。

 

「立て」

 

 剣を納めた兵士が、一層重くなった私の腕を、力づくで引き上げる。

 私は、よろよろと立ち上がり、引かれるがままに歩を進める。

 ついに、私の太く短い人生の、最後の大舞台が始まるらしい。

 

 女神だ何だと担ぎ上げられて、反乱軍の上に立ったその時から、ある程度予想はしていた。

 でも、虐げられて、細く長く生きて、何の意味がある。

 こんな世に生きるくらいならば、潔く散っていく方が良い。

 伝説の女神のように、骸となった私の体から流れる血はこの地に沁み渡り、そこから豊かな緑が生み出されるに違いない。その神秘が民に力を与え、いつか、かの暴虐な侵略者は地に伏すことになる。皆がそう信じているからこそ、私は、意義のある幕切れを迎えられる。

 

 死屍累々を超え、やがて、頬をかすめる風は冷ややかになっていった。

 それほど、炎から遠ざかったということだろうか。

 それとも、錯覚?

 

「跪け」

 

 ふいに、ぐっと力をかけられた。

 無意識に前方を目指した腕が、手枷にその動きを阻まれ、ガチャガチャと虚しく耳障りな音を立てるのが聞こえた。

 あ、と思った時には、私は地面に転がっていた。

 周囲がざわめく。歓喜とか侮蔑とか、そんな色が浮かんでいるようだった。

 

「お前が……」

 

 上から、声が降ってきた。

 独特な声だ。嗄声のようでもあるが、何か尖った芯を持っていて、それが、耳に、脳に、直接刺さるようだった。

 

 のろのろと首だけを持ち上げ、その声の主を視界に捕らえる。

 どっしりと座り込み、こちらを見下ろす男。

 居丈高。いかにも、といった風体。この男が――

 そう、この男こそが、私の首を撥ね、私の血を大地に流す、我々の仇敵なのだろう。

 

 この男は、何と言葉を続けるのだろう。

 お前がローゼか、と問うのか。それとも、お前が女神の現し身か? と嘲笑うつもりか。

 

 続く言葉を待っていたのは、私だけではないようだった。

 辺りはにわかに静まり返り、数多の視線が男に注がれていることを感じる。

 だが、男は、それきり口を閉じた。

 ただじっと、私を見下ろしている。

 

 ある人は、この男の瞳の中に、燃え滾る残虐性の炎を見たと言った。

 残虐性とは、かくも簡単に目に見えるものだろうか、と思いながらも、私は重々しく頷いたものだった。

 いずれ相対する運命だ、その時自ずとわかるだろう、と思った。

 

 そして私は今、ついにその時を迎えているのである。

 はたして、どうだろうか。見つめる男の瞳は、闇が塗りこめられているような黒だった。それ以上にも、それ以下にも見えない。

 この男が刃を振りかざす姿を想像してみる。

 勇ましく、あるいは、下卑た笑みを浮かべ、それとも、無感情に――。だが、私の首を落とす段となると、その幻影が掻き消えてしまう。幕切れまでの道筋が、霞みがかって、自分の存在が朧になる。

 得体の知れない空気に当てられ、嫌な汗が出るのを感じた。

 この男は、一体何を見てる。何を待っている。いつまでこの時間が続く――。

 

 どれ程の時間が経っただろうか。

 男が口を動かしたのを見て、ようやく生きた心地が戻ってきた。

 一時、息を吸い込むような仕草を見せた後、男は声を発した。

 

「お前と会うのは、三度目だな」

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