第六話 マイネーム
「いやもっと意味わからない」
俺が困惑の表情をしたがそれに対し男は笑みを見せながら近づいてくる。
「別に理解しなくてもいいよ、君たちはYESとだけ答えればいい」
「先輩どうしますか?」
恋那は不安そうに話しかけた。俺は少しの間を空けた後、ため息をつきながら答えた。
「どうせ俺らには選択肢がないんだ」
「物分かりがよくて助かるよ、それじゃあ答えを聞いてもいいかな?」
「わかった、提案に乗りますよ」
「交渉成立だ」
鍵峰さんはそう言うと手を差し伸べてきた。俺はその手を取り、立ち上がる。
「あれ? もう傷がふさがってる」
胸部を確認すると鍵峰さんに斬られたはずの傷がすでに塞がり、消えていた。
「運命の人は不死身だからね、ちょっとやそっとじゃダメージは受けないよ、それほど威力も込めてないしね」
「あれで手加減してたんですか……」
「本気だったら僕が君から攻撃を食らうわけないじゃないか」
鍵峰さんは笑いながら余裕そうな表情で答えた。
この時点で俺はこの人がそうとうなイカレタ化け物だと理解した。
「魔女対策課って俺らなんも知らないんですけど具体的にはどんなとこなんですか?」
「んー君らにしたことかな」
「なるほど」
(要するに俺らは戦闘要員ということか。そりゃあんなのやってたら人員も減るだろう)
「それじゃあ二人とも明日までに引っ越しの準備しといてね」
「は?」 「え?」
「ちょちょちょ、ちょっと待て! 明日!?」
「ほら、善は急げって言うし」
「いや急すぎですって!」
「それじゃあね、明日迎えに行くからー」
「あー、ちょ――」
鍵峰さんはそれだけ言うと転移魔法か何かで姿を消してしまった。
やはりイカレテいる。
―――翌日
俺達は急な引っ越しに向けて準備をした。準備といっても俺は着替えだけだが。
「先輩、荷物これだけですか?」
恋那は俺のバックを見て言った。
「まあ、着替えしかないし」
「趣味の道具とかは?」
「んなもんねえよ、家にいるときなんてテレビ見る以外子供の相手するぐらいだし」
「へー、あ、そういえばサテラさんにはなんて言ったんですか?」
「いやなんか最初っから知ってる感じだった」
「先輩もですか、私も親に言ったら知ってたみたいで」
「鍵峰さん、割と抜かりないな」
あの性格でも中身は大人ってわけか。
「そういえば引っ越す理由も」
「俺らの学校の校舎が使えなくなったから別の所に転校か、よくできた話だな」
「まあ、一番自然ではありますけど」
「恋那、学校の名前聞いてるか?」
「私立宝帝学園、いわゆる名門校です」
「俺、勉強したくないんだけど」
「私は楽しみですよ、制服かわいいですし」
「制服なんてなんでもいいだろ」
俺は興味なさそうに答えた。
「な! 毎日着るものなんですからかわいくないと!」
この後、恋那に制服の重要さについて小一時間説教された。が、俺には一切響かなかった。
「にしても鍵峰さんおせーな」
「もう約束の時間から三十分も過ぎてます」
時計を眺めていると遠くからエンジン音が聞こえてきた。
「お、来たか」
「ごめんごめん、任務が建て込んじゃってさ」
「もう大丈夫なんですか?」
「ほかの隊員に丸投げしといた」
訂正しよう、鍵峰さんは大人ではなくテキトーな人である。
「なるほど」
「じゃあ、荷物は後ろに適当に放り込んどいて」
「うっす」
車のトランクを開けるとそこには一つのアタッシュケースが置いてあった。
「鍵峰さん、これ奥の方に入れときますね」
アタッシュケースを押し込もうとすると鍵峰さんが話しかけてきた。
「あー、そうだそうだ。それ二人にあげるやつだから開けてごらん」
俺はアタッシュケースのロックを外し、中を見た。
「なんだこれ?」
中には不気味な笑みを浮かべる白と黒が半分ずつで塗られた仮面と薔薇を彩った白いベネチアンマスクがあった。
「君たちが任務をするときに身元を隠すためのものだよ。着けてごらん」
言われた通り、それを手に取ると装着した。
「なんだこれ、仮面をつける前と視野が変わらない」
「それは魔道具と行ってね、そのもの自体に魔力が込められてるんだよ、だから着ける前と視野が変わらないんだ。ほかにも機能が付いてるけどそれは後々説明するよ」
「へー、かっけえ!」
「魔道具、うわさには聞いたことあったけど、本当にあったんだ」
「それと、それをつけてる時の名前も伝えておくね」
「コードネームってことですか!? テンション上がってキター!」
「はあ、そんなので興奮するとか小学生ですよ」
恋那があきれたように言った。
「あ、ちなみに僕はFOXね」
「昨日の魔女が呼んでましたね」
「彼女はCORNO僕の契約相手だよ、本名は……後で会えるだろうし聞いてごらん」
「早く、早くコードネーム教えてくださいよ!」
「それじゃあ、発表するよ」
「ゴクリッ」
息をのみ、鍵峰さんの発表を待った。
コードネーム、この単語を聞いて心をときめかせない男子はいないだろう。男たるもの一度は自分のコードネームを考えたことがあるものだ。ちなみに俺の中学時代のコードネームは血の狂戦士だ。今聞くと胸の奥が少し苦しくなるがそんなことは今はどうでもいい。
「まず恋那ちゃん、君の名前はROSE」
恋那はそのコードネームを気に入ったらしく俺を馬鹿にした割には顔がはにかんでいた。
「俺は? 俺は!?」
「来叉くんの名前はJOKER、道化師、トランプにおいては切り札の意味も持つ」
ジョーカー、嫌いなはずがない。まるで主人公のような前に俺は一瞬にして心を奪われた。
「ジョーカー……チョーかっけえじゃないですか!」
「実は来叉くんが喜ぶと思ってその名前にしたんだよねー」
「ノリ軽! でも鍵峰さんセンス良すぎ!」
「それじゃあ、命名式も終わったことだし早くいくよ」
「「はーい」」
俺は喜々とした表情で車へと乗りこんだ。
「で、どこ行くんですか?」
「とりあえず二人のお家に行くよ」
――数時間後
「着いたよ」
車から降りると目の前には3階建ての大き目なマンションがあった。
「ここが俺たちの新居か」
「思ってたより大きい」
「はいじゃあこれ」
鍵峰さんは鍵を差し出した。
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ俺の分も」
「あ、そこに二つ付いてるから分け合って」
俺は言われた通り鍵を受け取ろうとするが、その鍵の形に違和感を覚えた。
「ほーい、ん? 待てよ、これ同じ部屋の鍵ですよ」
「何か問題でも?」
「いやいや、二人分なんだから」
「だって二人とも部屋同じだし」
「大問題じゃねーか!?」
俺が勢いよくツッコムと鍵峰さんは「ごめんねー」と手を合わせた。が、顔はいつも通り笑っている。
「部屋がいっぱいでさ、この前亡くなった隊員の部屋しか空いてないんだ。どっか空いたらその部屋も貸すから」
俺は抗議しようとするが鍵峰さんをそれを一切聞き入れず、さっさと車に戻ってしまった。
「それじゃあ、そういうことで僕は仕事あるから、後はほかの人に頼んであるからその人に聞いて、ああそうだ言い忘れたけどここの住人全員同業者だから挨拶しときなー」
「あ、ちょ――」
鍵峰さんはそれだけ言い残すと車で走り去ってしまった。やっぱりあの人、色々とテキトーだ。
「ったく」
「行きましょ、先輩」
マンションのロビーに入るとそこには二人の男女がいた。男の方は身長が高く、金色の髪をしており、髪を後ろで束ねていた。顔つきはいわゆる不良系だ。女の方は黄な粉のような髪色の長髪をしており、常時表情が緩んでいて男とは真反対のような人間だった。
「お、自分らがオレらの後輩か!」
「えっと誰?」
「オレは王陣将雅、自分らと同じ魔女対策課やよろしゅうな!」
「うちは妖姫真弥よろしゅうね」
「えっと黒神来叉と」
「薔草恋那です。あの、お二人ってもしかして」
「そやで、こっちが魔女でオレが運命の人。自分らもそうなんやろ?」
「鍵峰さんから聞いたんですか?」
「まあな、あーあと年も近いんやし敬語じゃなくてええで」
「そうそう、通う学校も同じやし」
「わかった、ところで将雅たちはここで何してたんだ?」
「領に二人の案内しろ言われてたんよ」
「さっき言ってたのって将雅たちのことか」
「そういうことやから、着いてきや」
俺達はロビーを出ると階段を上り部屋へと向かった。
「ここが自分らの部屋や、オレらは隣の部屋やから何かわからんことあったら聞きに来てええからな」
「へーい」
「そや、この後自分らの初仕事やから荷物置いたらロビー集合な」
「もう!?」
「領さん、うちらに仕事丸投げしたんよ。後輩たちの勉強にもなるだろうし頼んだよ~って」
(もしかしてほかの隊員に丸投げした任務ってこれ?)
「お面忘れんよーにね」
「それはもちろん!」
俺たちは将雅たちと一度別れると部屋へと入った。
「先輩、今日から同棲ですね」
「その言い方やめろ!」
何気ない会話をしながらある程度荷物を片付けた後、将雅たちが待つロビーへと向かった。
「待っとったで」
「ごめんな、二人にはゆっくりしてもらいたいんやけど。領さんには後できつーく言っとくから」
真弥は終始ほんわかした表情で謝ってくる。これがいわゆるゆるふわ系女子かこっちまで方が緩みそうだ。
「ほな行こか」
「行くってどこに?」
「ここにや」
「は?」
将雅はそう言うとロビーの火災報知器のボタンを押した。
「お前何して!?」
言葉を発したのと同時にロビーの角で物音がした。
「先輩あれ!」
恋那が指さす先には地下へと続く階段が現れていた。
「ほら置いてくぞ」
「あ、待てって」
階段を降りるとそこには何も置いてないただ広いだけの空間が広がっていた。
「これだけ?」
「まあそんな焦んなや。開けゴマ」
将雅がそう言いながら指を鳴らすと壁が動き始めた。
「なんだなんだ!?」
さっきまで何もなかった部屋の壁に無数の武器が現れていた。
「好きなもん使ってええで」
「任務で使うのか?」
「そういえばまだ任務内容を言ってなかったな、今回の任務は魔女の捕縛、多分魔女と戦闘になるから」
「これを使えってことか」
「そういうことや」
「んー」
「ちなみに全部魔道具やで」
「まじか」
武器を見渡していると一つの武器に視線を吸われた。
「あれ……」
「お、お目が高いな。あの刀の名前は斬月、空間を歪ませて遠距離から物質を切り裂くことができる代物や」
「鍵峰さんが使ってた」
「あー似てるけど領のやつは特注やから微妙に違うんよな」
「そうなのか」
「今回はとりあえずそれ使ってみたらどうや」
「そうだな、かっこいいしこれにする」
壁から取り外すと斬月を腰に差した。
「んじゃ、いきまっか」
「え、もう?」
「領が使ってるの見たんなら、なんとなく使えるやろ」
「いや俺、刀触るのすら初めてなんだけど」
将雅は少し考えた後、親指を立て、手をこちらに向け言った。
「何とかなるやろ!」
「ならねーよ!」
俺が必死の形相で訴えると将雅は声を真面目なトーンに戻し言った。
「まあ真面目な話、今回が初任務やし見てるだけでええで。あくまでそれは護身用だと思ってもらってええ、やり方だけ覚えてくれ」
「ああ、そういうことか」
「ほないくで」
将雅はそう言うとすぐ部屋を出て行った。俺たちもそれに付いていく。
斬月、俺の相棒になるかもしれない。実はかなり見た目は気に入っている。ただ一つだけ文句をつけるとするならば重い。普段鍛えていない俺にとって刀を振るのは至難の業だろう、将雅は見てるだけでいいって言ってるけどそううまくいくのか?
「そういえば移動はどうするんですか?」
「ああ、それやったらほれ」
将雅が指さした先には四つの箒が立っていた。
「まさかあれで?」
「そりゃあうちらは”魔女”やからね」
箒に触れてみたが、どう見ても普通の箒である。全く魔力のようなものを感じないし形が特殊というわけでもない。
「ホントに飛べんのかこれ?」
「まあまあ、良ーく見とけよ」
そう言いながら将雅は箒へと触れた。そして一言。
「飛べ」
箒は宙に浮いた。将雅はそれに飛び乗り、お前もやってみろと言ってくる。
俺は将雅がやったように箒に触れ一言。
「飛べ」
その瞬間、将雅がやったように箒は宙に浮いた。
「すげえ……」
「ほら乗ってみろよ」
俺は箒に飛び乗った。案外乗り心地はいい。しかし疑問が一つ生まれた。
これどうやって動かすんだ?
俺は考えたすえ、頭の中でこう唱えた。
――上昇しろ。
箒に俺の気持ちが届いたのか箒は上昇し始めた。しかしやる気がありすぎたらしい、スピードは次第に上がっていき、最後は振り落とされしうになったがなんとかしがみつき事なきを得た。
「危なかった」
俺は息を整えながらふと視線を前へと持ってきた。目の前には青一色の景色が映る。まあ空なのだから当たり前だが。
(俺は今、空を飛んでいるのか)
そう思った瞬間、心の中で何かが湧き上がって来るのを感じる。
”空を飛ぶ”高所恐怖症じゃない限り、誰しも一度は夢を見る行為だろう。俺は今実際にそれをやっている。はっきり言って興奮する。
俺が景色を眺めているとポケットの中で何がが揺れていることに気づいた。恋那からの電話だ。
「もしもし」
「先輩大丈夫ですか!?」
「ああ、なんとか」
スマホを通して恋那の安堵の声が聞こえる。景色に心が奪われて三人のことを忘れていたなんて口が裂けても言えない。
そろそろ地上に戻るか。ん? 戻る? どうやって?
いやわからないわけではない。上昇をした時の反対をすればいいだけであるのだが、先ほどの嫌な記憶がよみがえる。しかしやらないわけにはいかない、次はゆっくりだゆっくり。
「ゆっくり降下し――」
うまくいくはずがなく箒は急降下した。なんとなくわかってたけど。
このあと下で待っていた将雅が華麗に俺をキャッチしなんとか地面とキスして死ぬことは避けられた。まあ運命の人だから死なないけど。
こうして俺の初フライトは幕を閉じたのであった。お終いお終い。
ご愛読ありがとうございます。
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