第三話 運命の人
「アルカナ? それよりお前誰だよ!」
男は剃り残しのある髭を撫でながら面倒くさそうに答えた。
「俺の名前なんてどうでもいいだろ、というかお前運命の人も知らないのか?」
(さっきからこいつは何の話をしているんだ?)
「おい魔女、こいつはお前の運命の人か?」
「は、はい」
恋那は渋りながらも答えた。
「恋那なんか知ってんのか?」
「事件の時、先輩プールでいきなり気を失ったじゃないですか」
「ああ、プールに落ちた衝撃で気絶したやつか」
「はい、そうです。その時実は先輩、もう血だらけで死ぬ寸前だったんですよ」
「ああ、そういえばそうだったような」
思い返せばそうだ。俺は腹部を撃ち抜かれていた上にプールに飛び込んだ衝撃で重症を負っていてもおかしくないはずだ。
「その時に、その、先輩を助けようとして”契約”を」
「契約? 何のことだよ」
「えっと、その、私も良く知らないんですけど」
「俺の方から話そう」
男はめんどくさくなったのか口を開いた。
「魔女との誓い。お前らが契約と呼んでいるもののことだ。契約は体液の交換によって行われる」
「たい、えき?」
俺はとっさに股間を押さえると恋那の方を見た。
「してませんから!」
恋那はそれを必死に否定した。
「何を考えているかは知らんが唾液の交換でも可能だ。要するにキスだな」
「俺のファーストキスそんなところで奪われてたの!?」
「しょうがないじゃないですか! 私も初めてだったんですからお相子です!」
俺達が言い争っているとそれに割入るように言う。
「夫婦漫才はそこまでにしてくれるか」
「誰が夫婦だ!」
「まあこの際契約の仕方はどうでもいい」
「さっきから言ってるその契約って何なんだよ」
「その名の通り、魔女と誓いを交わすことだ」
「誓い?」
「お前らが今ここにいるのもそれが原因だ」
「どういうことだよ」
「魔女が運命の人と契約を交わしたことによってこちらの世界へ招待されたんだ」
「良くわかんねえよ」
「契約を交わした者は運命共同体となる」
「具体的には?」
「魔女が死む時、運命の人も死ぬ」
「そんなん損しかねえじゃねえか!」
「いや、正確には魔女が死なない限り運命の人は”不死身”となる」
不死身そんなことがあり得るのか? でも確かにそれが本当なら俺が無傷なことも説明がつく。
「そもそもお前魔女がどういうものか知ってるのか?」
「いや、知らねえけど」
「魔女とは魔法を使える者のことを指す。魔法は科学では証明できない特異現象のことを言い、その種類は千を超えるとされている。そして魔女と契約を交わした者を運命の人という、そうお前のことだ。運命の人はさっきも言った通り魔女と運命共同体となるのともう一つ」
「なんだよ」
「運命の人は魔女と同じく魔法が使えるようになる」
「マジ、か」
「ただ、運命の人になることにもデメリットがある。運命の人は契約した魔女から5km以上離れると体中が激痛に見舞われる」
「えぇ……」
「要するにお前らは一生仲良しこよししないといけないわけだ」
「えー、嫌なんですけど」
恋那は嫌そうに顔をひきつらせた。
「俺も嫌だわ!」
「んなこと言ったって仕方ないだろ契約を解除する方法なんて……一つだけあるな」
「どうすればいいんだ!?」
男は腰から剣を引き抜くと自分の首に押し当てながら言った。
「運命の人の手で魔女を殺すことだ」
「そんなことできるわけねえだろ!」
「なら諦めろ」
男はそう吐き捨てると、赤色に染まった空を見てつぶやいた。
「そろそろ終わりか」
「終わりって何が?」
「ここに居られる時間がもうねえってことだよ」
「待てよ、まだ聞きたいこといっぱいあんのに」
「それはまた会えたら教えてやるよ」
紅い月が徐々に崩れていく。
「じゃあな」
男が別れを告げるのと同時に全員の視界を白い光が包み込んだ。
「ん、んぁ?」
目を開けるとそこは自分の部屋のベッドの上だった。外からは鳥のさえずりが聞こえる。時計を確認すると針は朝の九時を指していた。
「朝か、どうして部屋に。いや、今そんなことはどうでもいい。結局あれは結局夢だったのか?」
そこで俺は男の言葉を思い出した。
―――運命の人は魔女と同じく魔法が使えるようになる。
「これだ!」
魔法を撃とうと自分の腕を前に出す。しかしそもそも自分には魔法がわからないことを思い出した。
「今の俺には無理か」
俺はどうにかあれを夢なのか判別する方法を考え一つの方法を導き出した。
「恋那のとこ行くしかねえか。だとしても俺、恋那の家知らねえんだよなあ」
またしてもおれはは男の言葉を思い出した。
―――運命の人は契約した魔女から5km以上離れると体中が激痛に見舞われる。
(あいつの話が本当なら今恋那はオレから5km以内の距離にいる。だとしても見つける方法がないな)
俺が思考錯誤していると扉の外から階段を上る足音が聞こえてくる。やがてその足音は扉の前で止まった。
「来叉、起きていますか?」
この声はサテラさんか。サテラさんは俺がわけあって暮らさせてもらってる修道院のシスターだ。ちなみにもう還暦は越えている。
「起きてますよ」
俺が返事をするとサテラさんは扉を開け、部屋へと入ってきた。
「学校についてなんですが、事件のせいですぐに再開することは不可能だそうです。なので時期も良いからこのまま夏休みになるそうですよ」
(そりゃあんな血まみれの校舎で誰も勉強なんてしたくないわな)
「ああそうなんですか、わかりました」
「せっかくの休みなんですからずーっと家に居ちゃだめですよ」
「わかってますよ、サテラさん」
サテラさんは俺の顔が見れて満足したのか扉へと歩き始める。そして部屋を出ると思い出したようにつぶやいた。
「ああ、それとお客さんですよ」
「え?」
すると扉の横から誰かが顔をちょこんと出した。
「恋那!?」
「こんにちは、先輩」
「それじゃあ、後は二人でごゆっくり」
「ありがとうございます」
恋那がお辞儀をするとサテラさんもそれを返し部屋を出て行った。
「どうしたんだよ、いきなり家に来るなんて。てか俺の家何で知ってんだよ!」
「先輩の家割と有名ですよ、ムーンライト修道院だって」
「なぜ?」
「さあ?」
「まあそんなこと今はどうでもいい、で何の用だ?」
「……いや、その」
恋那はもぞもぞしながら何かを言うか迷っていた。
「……もしかして夢の話か?」
「やっぱり先輩も同じ夢見てたんですね!」
「まあ二人の見たことが一致したってことは現実ってことなんだけどな」
「それは、まあ」
「俺が運命の人でお前は魔女。それが確定したってことだ」
「先輩は私が魔女だって知ってどう思いますか?」
恋那は真剣な目つきで問いかけた。
「なんだそのメンヘラみたいな質問」
「答えてください!」
この瞬間、俺ははぐらかすのが不可能だと悟った。
沈黙を挟んだ後、俺ができる最大限真面目な顔で言った。
「俺ははっきり言って魔女が嫌いだ」
「……っ」
憂鬱な目をする恋那に対し、俺は淡々と語った。
「俺は魔女のせいで家族を失った。だから俺は魔女が嫌いだ」
「そう、ですか」
恋那は俯きながら弱弱しく言った。
「でもお前のことは嫌いじゃない」
「え?」
「悪い魔女ならともかく、お前みたいなクソ真面目に委員会の仕事してオレみたいなグズまでちゃんと仕事させようとしてくるバカ真面目なやつをそこらへんの魔女と一緒にする方が無理があるだろ」
恋那は思っていた返事と違ったのか少し戸惑っていた。
「それにお前を攻め立てたところで母さんは帰ってこないし」
「……」
俺がそんな話をしているといつの間にか恋那の瞳にはいくつもの大きな涙が流れていた。
(え? 何で泣いてるの?)
俺は何とかしてこの場を和ませようといつもの口調で話し始めた。
「ま、まあ要するにだ。偉大な騎士である我にとって貴様一人如きが魔女であろと我の世界に何ら変わりはないということでだな――」
俺が頑張って話していると途中で恋那が噴き出した。
「ぷっ」
「おま!?」
「いつもの先輩で安心しました」
「うるっせーな」
「でも……ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますよ」
「は!? 俺はごめんだからな!」
「でも私から離れたら先輩一生激痛地獄ですよ?」
「ぐっ!? 殺す以外の契約の解き方見つけるまでだからな!」
「わかりました。」
恋那は小さく微笑んだ。
こうして俺たちの魔女と運命の人としての生活が始まった。
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