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第一話 厨二少年は夢を見る

 教室の窓から暖かい日差しが降り注いでくる。心地いい、今にも寝てしまいそうだ。

 俺は欠伸をしながら窓の外を眺めた。何も変わらないいつものグラウンド、数羽のカラスがいるのがが見える。

 ――カラス、古くには神話などで神の使いとして語られてきた。が、今はその面影もない。ゴミを漁る害獣というのが一般的な印象だろう。宗教のあまり浸透していないこの国では仕方のないことだ。


来叉らいさ、お前話聞いてるのか?」


 外を眺めていた俺に教師が話しかけてくる。それに俺は左目の眼帯を触りながら言葉を返した。


「もちろんだ、先生」


「それじゃあこの問題、解けるよな?」


 そう言いながら教師は黒板に書いてある問題を指さした。俺はその問題に視線を移し、一通り目を通すと一つの答えを導き出した。


「・・・なるほど」


 その言葉で教室全体に緊張した空気が流れた。そうなるのも無理はない。毎回赤点ギリギリな上にまるで授業を聞いていなかった俺が一瞬にして答えを導き出したのだから。

 俺はクラス全員の期待を一身に背負い、その答えを口にした。


「――わからん」


 教室中からため息が出るといつも通りの空気に戻った。俺はふんっと鼻を鳴らすと腕を組んだ。

 その後、教師が問題の解説を終わらせたのと同時に授業の終了を告げるチャイムが鳴った。クラスメイトが購買へと向かう中、俺はリュックの中から弁当を取り出し、それをつつきながらスマホをいじり始める。


「退屈だな」


 そんなこと言いながら黙々とスマホゲームのデイリーミッションをこなしていると教室の扉が開いた。


黒神くろがみ先輩いますか?」


 教室に女性の声が響いた。俺はその声が聞こえるとすぐさま机に顔を伏せ、できるだけ窓側に顔を向けその声の主に自分の存在を隠した。しかしその努力もむなしく一人のクラスメイトが俺を指さした。このピンチを切り抜けようと狸寝入りをしたがそんなあからさまな演技に気づかないはずもなく……。


「いってえぇぇぇ!」


 後頭部を強烈な痛みが襲った。


「先輩が寝たふりなんてするからですよ」


 こいつは薔草しきそう恋那れな、俺と同じ図書委員会の後輩だ。三人しかいないこの学校の女子の一人。いつも俺が当番の時こうして仕事に行かせようとしてくる。俺がいたところで仕事の量なんて変わらんのに、昼休みに図書室に来る人数なんてたかが知れてる。


「だからって本の角で殴るやつがいるか!」


 俺は反論したが恋那は気にも留めず俺の腕をつかんだ。


「まてまて、少しは俺の言い分を聞け!」

 

 恋那はため息を付くとあきれたような目線でこちらを見てきた。


「で、その言い分とは?」


「この後、フィアンセと大事な午後のティータ――」


「そうですか。では仕事に行きますよ」


「あ、ちょま!」


 俺はそのまま恋那に腕を引かれ図書室へと連行された。図書室はいつも通りガランとしていて人の気配など一切感じはしなかった。

 ほれ見ろと恋那に対してポーズをとるが見事にスルーされた。


 恋那はいつも通りカウンターの椅子に座ると生徒から返却された本の整理をし始める。


 俺は本棚から小説を一つとると恋那から少し離れた場所の椅子に座り、それを読み始めた。


 俺達は会話一つしない。もはやこの状況に慣れすぎて気まずいとすら感じなくなった。


 少し時間が経った後、図書室に一人の男子生徒が来た。おそらく恋那の独特の雰囲気で近寄りづらかったのか、俺の方へ本を持ちながら近づいてきた。


「あの……これ借りたいんですけど」


「ああ、はい」


 俺はカウンターのパソコンを起動すると貸し出しを管理するためのソフトを起動した。しかし起動したはいいものの本の貸し出しなど一度もやったことなかったため完全にやり方を忘れていた。


「あのー、どうかしましたか?」


 戸惑っているのに気付いたのか男子生徒が不安そうに言ってくる。その様子を見ていた恋那は椅子から立ち上がりこちらへと近づいてきた。


「学年、クラス、出席番号は?」


「一Bの二十二番です」


 恋那はそれだけ聞くと手早くパソコンに入力した。


「はい、どうぞ。二週間以内に返却してください」


「ありがとうございます」


 男子生徒は本を受け取るとそそくさと図書室を出て行った。


 恋那はその様子を見たあといつもの位置に戻るといきなり恋那が話しかけてきた。しかも少し怒った口調で。


「先輩」


「!?」


「なんでそんな簡単なこともできないんですか?」


「いや、この学園に入学してから一度もやったことなかったもので……」


 突然の恋那からの問いかけに言い訳の様に答えてしまった。しかもその返答の仕方は間違いだったらしく、さらに恋那を怒らせてしまった。


「私と一緒じゃないときはどうしてたんですか?」


「ほかの人に全部やってもらってた」


 恋那は大きくため息を付くとあきれたように言った。


「学年とクラスと出席番号を入力をするだけなんですから覚えてください。ただでさえ仕事しないんですから」


騎士パラディンである俺にそんな仕事をする暇はないんだよ」


 その様子を見て恋那はあきらめたのかまた大きくため息を付くと本の整理を再開した。

 そしてまた俺達はいつも通りの状況に戻った。


 数分後昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。それを聞くと恋那は荷物を持ち、すぐに自分の教室へと戻っていった。俺も読んでいた小説を片付けると教室へと帰った。


(・・・眠い)


 俺は目をこすりながら欠伸をした。あまり夜更かしはしないがこの学園は俺にとってあまりにも暇すぎる。


ダメだもう耐えられない。少しだけ・・・。


 ――次に目を開けると俺はどこか既視感のある庭の木に背を預けていた。そして横には一人の少女が同じように背を預けながら漫画を読んでいた。この光景を見て思わず懐かしいと思った。

 少女は俺の方を向くとニコッと笑い、互いの体温が伝わりそうなところまで体を寄せてきた。すると一緒に見ようと言わんばかりに漫画の中を俺に見せてきた。

 俺は少女に触れようと手を伸ばす。しかし少女に触れそうになった瞬間、意識が途切れた。


「んあ……?」


 俺は教室の中で目を覚ました。教室の中を見回す。幸いまだ授業は始まってないようだった。


「ひどい夢だ……」


 俺はそう言いながらも夢の中であっても”彼女”に会えたことがうれしかった。


 教師が教室に着くとすぐに授業が始まった。俺はなんとか睡魔に耐えながら授業を聞いていた。しかしその退屈な時間も一瞬にして終わりを告げることになった。

 突如教室の扉が開くと見知らぬ仮面をつけた男が入ってきた。この状況にクラス内に困惑した空気が流れるが男はそんなことには気にも留めず誰かを探しているようだった。


「だ、誰だお前は!」


 教師が声を張り上げながら言った。しかし男はその言葉を無視して自分の用件を伝えてきた。


「魔女を出せ」


 ”魔女”その言葉を知らないものはこの国にはいない。


「魔女!? そんなものいるわけがないだろう!」


「そうか……ではお前らは必要ない」


 そう言うと男は懐から銃を取り出した。教師は声すらも出ないほどに驚き、腰を抜かしてその場に倒れ込んでしまった。

 男は教師へ銃を突きつけ、その引き金を引いた。その瞬間、沈黙が悲鳴へと変わった。生徒たちは一目散に扉へと向かい、生徒たちは我先にと言わんばかりに廊下へと出ようとする。するとその様子を見ていた男は銃口を生徒たちの方へ向け、発砲した。一人の生徒が倒れさらに悲鳴が鳴り響く。


(やばい何かしないと)


 俺はこの状況を打開しようと机の影に隠れながら考えた。しかしその間にも生徒は次々に撃たれていく。


(もうどうにでもなれ)


 俺は目の前の机を持つとそれを盾にして男へと突進した。すると男は冷静に照準をこちらへと向けてきた。それに対し俺は体をかがめできるだけ的が小さくなるようにした。それが功を奏したのか男が放った弾丸は机に当たった。

 男はその後、何度も引き金を引くがカチカチと音が鳴るだけだった。おそらく弾切れだろう。俺はその隙を見逃さず、男がリロードをしようとした瞬間に机を振りかぶり男の頭を殴打した。

 

「・・・・・!」


 男は激痛で声が出ないというよりも気絶寸前だった。

 俺は男が落とした銃とマガジンを拾い。リロードをし、銃口を男の足へと向けた。


「殺しはしない。が、さすがに動き回られたら困るからな……恨むなよ」


 俺は引き金に指をかけ、指先に力を入れる。


「……っ」


 ――撃てない。撃てるわけがない。


 頭ではやることはわかっている。でも照準は一向に定まらない。銃を持った時からずっと手が震えていた。


 俺は銃を投げ捨てて周囲を見渡した。教室には数人の生徒が残っていた。例外はなく全員、目を閉じ、床に倒れこんでいた。俺は歯を食いしばり、目を細めた。もうこの光景を見たくなかった。

 俺は生徒の一人に近寄り、手を握った。まだ少し熱が残って生ぬるい、しかしすでに脈はなかった。


「さっきまで騒いでたじゃねえかよ・・・」


 俺は握った手をそっと床に置くと教室を出た。近くの窓から外を眺めると数名の生徒はすでに学校を出ていた。


(俺も早く出た方がよさそうだな)


 出口へと向かおうとしたとき上の階から一人の悲鳴が聞こえた。


 恋那!?


 俺は進む方向をその悲鳴の方へと向けた。俺は急いで階段を駆け上がると教室を襲った男と同じ仮面をつけた男が銃口を恋那へと向けていた。

 恋那は腰を抜かして床に座り込んでいた。

 俺は何か使えるものがないかと周りを見渡した。とっさに近くにあった消火器を手に取り、男に向かって大声を上げた。


「おい悪党、俺が退治しに来てやったぞ」


 男は狙い通りこちらを向き、恋那から視線を逸らすことに成功した。


「先輩!?」


「誰だ貴様」


 俺はその言葉を待っていましたと言わんばかりに決め台詞を言う……はずだった。


「誰だお前はと聞かれたら、答えてあげ――」


 バンッ


 男が茶番に付き合ってくれるはずもなく発砲した。


「ッおま、セリフを言ってる時に攻撃する敵がいるか!」


「知るか、こんな時にふざけるやつのほうのが頭がおかしいだろ」


「え? なんでお前が正論言う立場なの……。まあそんなことはどうでもいい。そこをどいてもらおうか」


「それはできない、魔女はもれなく全員殺す」


 男は銃口をこちらへと向けようとした瞬間、俺は男の後ろを指さし、叫んだ。


「やれ! あー……シオン!」


 男はその言葉に反応し、とっさに後ろを振り向いた。しかしそこには誰もいない。


 そう――ブラフだ。


「俺に一緒に戦ってくれる友達がいると思ったかバカめ!」


 俺は消火器を目いっぱい振りかぶり、男の頭部めがけ振り下ろした。


「チェストォォォォォ!」


 俺はこの瞬間、勝ちを確信した。


(あれ?)


 しかし、男はあっさりと渾身の一撃を回避した。


「バカにするな小僧」


 男は肘を曲げると勢いよく後ろに引いた。その瞬間、俺の腹に今まで感じたことのない激痛が走った。


「いったぁ……」


俺は腹を押さえながらなんとか立ち上がった。


「先輩……」


 恋那が心配そうにこちらを見てくる、俺は問題ないと少し笑みを浮かべた。しかし男は攻撃の手を緩めず、すぐに銃口をこちらへと向けてくる。


(仕方ない、やるか)


 俺は左目の眼帯を外し、そのまぶたを開いた。


「ほら、来いよザコ」


 俺は恋那に注意が向かないよう男を挑発した。男は案外、感情が行動に出やすいようだ。腕に血管が浮き出るほど力が入れているのがわかる。俺は男の銃口の方向を見極め、男が引き金を引くのを待った。


 ――来た。


 男が引き金を引く、俺はそれに合わせ体を右にスライドさせることで弾丸を避けることに成功した。この好機を逃さぬよう俺は素早く男との間合いを詰めた。男は俺の頭部に照準を合わせる。俺はまた同じように引き金を引くタイミングを見極め、体をかがめ間一髪で弾丸を避ける。次の瞬間、俺は男の懐まで距離を詰め、背負い投げの体勢を取った。


「俺の勝ちだぁ!」


 俺は男を地面にたたきつけた。石の床に叩きつけたからか、男は腰を押さえて倒れたまま動けそうになかった。


「恋那!」


 俺は恋那に手を差し伸べた。恋那はその手を取り、なんとか立ち上がったが足は震えたままだった。


「一旦、学校を出るぞ」


 俺の言葉に恋那は頷くと手をつなぎながら後ろをついてきた。

 俺達が階段から下に降りようとした矢先に下の階から誰かが上ってくる音が聞こえた。おそらく仮面の男の仲間だろう。俺達は進路を変更し、反対側の階段へと向かった。しかしそこにはすでに仮面の男たちがいた。


「これが絶体絶命ってやつか……」


 そう俺達はすでに囲まれていた。

 恋那が不安そうな目でこちらを見てくる。俺だって泣きたい気分だ。何かないかと周りを見渡す。真っ先に目に映ったのは窓の外の景色だった。


(しょうがない、腹をくくるか)


 そんなことを考えている間にも男たちは距離を詰めてくる。

 俺は意を決し、恋那を抱えると窓の淵に立った。


「先輩!?」


「どうしたガキ、血迷ったか?」


「残念だったな、俺は正気だ」


 俺はできるだけ余裕の表情を見せた。恋那に心配をさせないために。


引き立て役(オーディエンス)の皆様、残念ですが今宵の演劇ショーはこれにて終了となります。ふう、せいぜい警察との鬼ごっこを楽しむこったなバカヤロー!」


 俺は窓から外へと飛び立った。


「先輩、本当に血迷ったんですか!?」


「良く下を見てみろ」


「下って……!?」


 俺たちが下を覗けばそこには空のようにさわやかな青が待っていた。そうプールだ。


「不死身の騎士パラディンはこんなところで死んだりしねえんだよ。黒神来叉はクールに去るぜ!」


 この決め台詞の後俺たちは大きな水しぶきをあげながらプールに着水した。痛い、水に落ちた時の衝撃がすごいことは知っていたがまさかここまでとは。この時ばかりは飛び込みの選手を尊敬した。しかし痛みの原因はそれだけではなかったらしい、右腹にプールの水がしみていくのがわかる。どうやら俺は弾丸を避け切れていなかったらしい。今になって痛みが襲ってくる。プールが俺の血で染まっていくのを示すかのように視界が赤一色になっていく。


 ああ、俺死ぬのかな。


 現世に思いをはせる暇もなく俺の意識は一瞬にして途切れた。

 ご愛読ありがとうございます。

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