婚約破棄されたけど、凄腕の護衛騎士とともに冒険者になります!
「シルフィーナ・フォン・マイヤー侯爵令嬢! 今日を以て君と僕との婚約は破棄とする!」
「……え、マジ?」
どうも、私の名前はシルフィーナ・フォン・マイヤー。ハーヴェスト皇国の侯爵令嬢なんて大層な肩書を持ってるけど、特技は狩り。他の貴族にバレたら『野蛮だ』とか言われるから、バレないようにやってるけども。
現在、私、婚約者のセドリック・フォン・タイダル公爵令息に婚約破棄を宣言されました。
………なんてぇ? 聞き間違いかな? 聞き間違いだよね、うん。
だって君、私と婚約してるから、公爵家の跡取りで居られてるんだよ? そこんとこ、理解してるのかなぁ? してないからこうなってんのだよねぇ……
夜会の会場のダンスフロア。そのど真ん中で勝ち誇った顔して可愛らしい顔してる男爵令嬢の肩抱き寄せてるところ悪いけど、多分君のお父様、これ聞いたらガチギレすると思うよ? だって私の家って皇国随一の資産家だから。
皇家をも上回る資産を持つ侯爵家との縁は持っておいたほうが得。怒りを買うなんてもってのほか。
貴族の中でそんな暗黙の了解ができてるくらい、うちの家は金と権力を持ってる。
それを理解してない高位貴族令息がいたなんて。
「……はぁ。理由をお聞かせ願っても?」
「白々しい! 君は嫉妬心からベルを虐めただろう。多数の目撃証言が寄せられている。言い逃れはできないぞ!」
「……はあ?」
いけない。あまりのお馬鹿さん発言に令嬢の仮面が外れかけた。
公爵令息が言うには、男爵令嬢は私やその取り巻きに教科書を破かれる、水をかけられる、階段から突き落とされるなどの嫌がらせを受けたのだそう。
……いや、やってませんけど? 何でそんなことになるの。私、君が懸想してるっていう男爵令嬢の顔、今日初めて見たんだよ? あと、何で私が男爵令嬢に嫉妬しなきゃいけないの? 私、君のこと好きじゃないんだけど。むしろ嫌いなんですけど。
……………もういいや。わざわざこの茶番に付き合うのが面倒くさくなってきた。
婚約破棄だろうがなんだろうが、もう好きにして。君に婚約破棄されたところで私に何ら影響はないもの。後々困るのはそっちだし。
この婚約は公爵家当主から申し入れられたもの。私のお父様は断ったんだけど、何度も何度も申し入れられたから、根負けして結んだんだそう。それが今から5年前。私が11歳のときだった。その時、私には既に好きなひとがいたんだけど、身分の差で言えなかった。
家に帰ったらお父様に報告だね。なんて言い出すかはもう大方予想はつくけど。
内心では溜息を吐くも、外側は表情筋をフル活用して悲しげな表情を作る。
「そうですか……わかりました。婚約破棄を受け入れましょう。わたくしは父に報告しなければなりませんので、これで失礼いたしますね。―――――夜会をお楽しみの方、大変ご迷惑をおかけいたしました」
これで最後だと思うけど、一応元婚約者をフォローしておく。これで最後だと思うけどね。
綺麗なカーテシーを決め、ドレスの裾をなびかせながら会場を後にする。
扉を出て、他人の目がなくなると同時に駆け出した。
「ルーカスぅ〜〜!」
「おや、お嬢。どうしたんです? 先ほど会場に入られたのでは――――!?」
私がルーカスを見つけて走るのは日常茶飯事。けど、今のように抱きついたこと殆どなかったから、彼の声が驚きで裏返る。
「ちょ、何してるんですか、お嬢!? あんた、仮にも婚約者がいる身でしょう!?」
「……もういないもん。さっき婚約破棄されたもん」
「……………………ほう?」
彼の声が低くなるのを聞きながら、私は彼に抱きついたまま離れない。
……さっき抱きついたとき、ルーカス、びくともしなかったなぁ。いつもは距離取ってたから、気づかなかった。
つらつらとそんな事を考えながら、彼の胸元に顔を埋めた。淑女としてあるまじき行為だけど、今はどう言われようが関係ない。私の精神は癒やしを求めているのだ。
「あ〜、久しぶりのもふもふ〜。いつぶりかなぁ……」
「……お嬢は本当に、俺の毛並みが好きですよね。獣人に対してそんな態度を取る貴族なんて、お嬢くらいですよ」
そう、私の護衛騎士であるルーカスは、獣人なのだ。狼の頭部に、もふもふの毛並みで覆われた身体。人間の成人男性よりも一回りほど大きい身体をした彼は、恐る恐る私の頭を撫でた。まるで、壊れ物を扱うような手つきで。
その優しい手が好きで、つい無意識に顔を擦り寄せてしまう。
私の初恋のひと。今もまだ、捨てられない恋心を、私は彼に抱いている。
けど、ルーカスにとって私は妹みたいな存在でしかないんだろうな……
「ほら、お嬢。帰りますよ。旦那様に報告するんでしょう?」
「あ、そうだった。自由になった開放感ですっかり忘れてた」
「忘れちゃ駄目でしょう。旦那様が泣き出しては、使用人達では手に負えなくなります。旦那様を扱えるのは、奥様とお嬢だけなんですから」
「わかってる。今日はお母様も他の夜会に出席してるから、いないものね」
ひょいとルーカスに横抱きにされ、馬車の座席へ乗せられる。けど私は彼の首にしがみついて座席に座るのを拒否した。
「……お嬢」
「今日はいいでしょ。もう婚約者もいないし」
「…………はあ。仕方ありませんね。今日だけですよ」
「やった!」
ため息を吐いた彼が座り、私を膝の上に乗せ、御者へ合図を送る。バンザイ、と手を挙げた瞬間、動き出した馬車が小さく揺れた。
「わわっ!」
「……はぁ。お嬢は本当に危なっかしいですね」
「ありがとう〜、ルーカス」
片腕で受け止めたルーカスがふっと笑った。いつもは引き締められている顔が緩み、瞳が柔らかさを帯びた。
「……ルーカスの目は綺麗だね」
「!? …………お嬢、唐突ですね……」
「そんな事ないよ? いっつも思ってたけど、言えなかっただけ」
「俺の黒い目はお嬢が褒めるには値しませんよ」
「何でよ。ルーカスの目は黒曜石みたいで綺麗だし、茶色の毛並みは煙水晶のように艷やかじゃない。私は突然変異だから髪は白髪みたいだし、目は血みたいに紅いもの……」
「お嬢は綺麗ですよ。俺が保証します」
ルーカスの低い、心地いい声が上から降ってくる。小さい頃からずっと一緒にいた、安心できる存在の腕の中はあったかくて、徐々に瞼が落ちてきた。
「……屋敷まではまだ少しあります。少しくらい寝ても構いません」
「でも……」
反論の言葉は頭を撫でられたことによって消えた。
かすかな振動と体温を感じながら微睡みに落ちる直前、ルーカスが何かを言った気がしたけど、聞き取れなかった。
「おやすみ、シルフィーナ」
∮
すうすうと俺の腕の中で寝息を立てる、俺の主、お嬢ことシルフィーナの寝顔をじっと見つめる。
心身ともに大人になったお嬢は、通りを歩けばその美貌に男が振り返るようになった。だが、寝顔はいくらかあどけない。
「男の腕の中で寝るとは……俺を男と認識していないのか……?」
もしそうなら、かなり悲しい。俺とて、シルフィーナという素晴らしい女性に想いを寄せている男のうちのひとりなのだから。
俺がお嬢と出会ったのは今から十年前。俺が13、お嬢が10のとき、奴隷市場でお嬢が俺を買ったのだ。
初めてお嬢を見たときは、『裕福そうな人間だな』と思った。俺は親に売られて奴隷になったから、余計に。
そんなイイトコのお嬢様が、何故俺のような薄汚れて、檻の端で蹲っていた奴隷を買ったのか。
何度お嬢に理由を尋ねても『内緒よ。だって恥ずかしいもの』とかわされる。
それからお嬢は警戒する俺の心を絆していった。清潔な服と寝床、美味しい食事を与え、俺を“奴隷”という身分から“騎士”にしてくれた。
どんなことがあろうと、いつも笑顔でいるお嬢に恋心を抱くのは仕方がなかった。
けど、俺は元奴隷の獣人で、お嬢は侯爵令嬢だ。種族も身分も違う。だから、お嬢が婚約した15のとき。この心は蓋をして仕舞い込んだ。
「……はずたったんだけどな……」
俺の騎士服の襟を掴んだまま離さないお嬢の顔に目が行く。
長いまつげに形の良い唇。それらに口付けできたらどんなに幸せだろうか。
「………………はあ」
嫌でもお嬢の身体の柔らかさが分かってしまい、片手で顔を覆った。
ガタガタと揺れる馬車の中。俺は天を仰いだ。
もう、お嬢の婚約者はいない。だから、一度でいいから、思いを告げよう。そうしたほうが、結果がどうであれ、気持ちに区切りがつくだろう。
∮
「お嬢、起きてください。屋敷に着きましたよ」
「んん……?」
なんか、すごい近いとこからルーカスの声が聴こえる気がするんだけど。
「お嬢?」
「っ!! ごめんっ、ちょっと寝ぼけてた!!」
一瞬にして現状を理解。妙な動きをしていた手を引き戻した。
なにしてんの私! ルーカスの顔に手伸ばすなんて! 流石にやっていいことといけないことがある。抱きついた挙げ句に顔まで触ろうとするなんて、嫌な奴でしか無いじゃない!
「ありがと、ルーカス」
「いえ」
自然な動きで私を膝から下ろした後、エスコートしてくれる彼が格好良すぎる。私の元婚約者よりも紳士だ。
屋敷に入ると、いつもは薄青の髪をオールバックにして無表情なお父様、トレファン・フォン・マイヤー侯爵が飛んできた。
「シルフィ! どうしたんだい、こんなに早く戻ってくるなんて!」
「ぐぇ……お父様、苦しいよ……」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、呼吸が苦しくなる。窒息する前にルーカスが「旦那様、お嬢が潰れかねないので、そのへんにしてやってください」と言ってくれた。
「プハッ。お父様。お話があるのだけど、いい?」
「あぁもちろん。おいで、お父様の部屋で話そう。ルーカスも一緒に」
「ですが……」
「今丁度私の護衛たちが出払っていてね。いてくれると助かるんだが」
「そういうことでしたら、わかりました」
丁寧にお辞儀をするルーカスをお父様はニコニコしながら見ている。
元奴隷だけど、礼儀正しいルーカスをお父様は気に入っている。古臭い血統主義の貴族と違って、お父様は実力がある者が好きだから。
「………………あの馬鹿が……」
お父様が普段執務をこなしている部屋に移動して、今夜の夜会の出来事を話すと、部屋の温度が下がった。いや、比喩じゃなくって本当に。だってお父様から冷気が出ているのが見える。
ついでに後ろからは殺気が漏れ出ていた。
「お父様、寒い。部屋の書類が凍っちゃう。ルーカスもちょっと落ち着こう?」
「……あっ、すまないね。つい」
「……すみません」
ぱっと冷気と殺気が霧散する。
うちのお父様は氷魔法が得意で、クールな表情からきた二つ名は“氷の侯爵”。……愛する妻と娘の前ではその氷は溶けるんだけど。ビックリするくらいの愛妻家で、親バカを拗らせている。
ちなみに私には2つ上のお兄様―サイファー・フォン・マイヤー侯爵令息―もいるけど、お兄様の二つ名は“氷の貴公子”。この人の氷も私の前では溶けます。そりゃもう、ドロドロに。極度のシスコンだ。
冷えてしまった紅茶を火魔法で温めてから飲む。うん、美味しい。
うちの家系は魔力量が他の貴族家と比べてずば抜けて多く、私もその血を継いでいる。大体の魔法は修練すれば習得出来たから、私は皇国でもトップクラスの魔法の使い手なのだ。
頑張れば竜巻も起こせるし、湖を氷漬けにすることも出来る。規格外の魔力量に感謝だ。
カップをソーサーに置き、マカロンをつまむ。
「二人が怒るのは当然だけど、私は何とも思ってないよ? むしろ婚約破棄してくれてありがとうって感じなんだけど」
「我が娘ながら、アッサリしているなぁ……」
「そりゃあ、好きじゃなかったし。会うたびに『老婆みたいな髪だな』って言ってくる奴に好感度なんてとっくの昔にマイナスに振り切ってるよ」
「……………」
「……そんなことを、言ってきたのかい?」
「言ってなかったっけ?」
「聞いていない」「聞いていません」
二人同時に否定された。一度は引っ込んだはずの冷気と殺気が復活してる。寒いし痛い。
人差し指を振って火と風の複合魔法を発動。魔法陣から温風が生み出され、部屋全体を温める。
「お父様。魔力が漏れてるよ。寒い。ルーカスも、殺気を仕舞って。背中がチクチクするから」
お父様にはティーカップを魔法で浮遊させて渡し、後ろに立っているルーカスの腕をポンポンと叩く。
当の本人よりも怒っている二人を見ると、ちょっと嬉しくなる。大事にされているのがわかるから。
「怒ってくれてありがと。でも、もう終わったことだし。それでね、お父様。これからについてなんだけど。私、家を出て、冒険者になろうと思うんだ」
「「「ッッ!?」」」
……なんか部屋の外でも物音がしたな。
「お兄様ぁ? 盗み聞き?」
「あ、いや、盗み聞きするつもりじゃ無かったんだけど……」
ドアを開けて入ってきたのは、お父様と同じ色の髪を後ろで一つに束ねた美青年だ。普段は引き締められている表情が緩んだ瞬間、周囲の女性が全員失神したという嘘みたいな逸話がある。
人は、ギャップに弱い。氷の貴公子がデレた瞬間はそれほどの威力を持っているらしい。
「ごめんね、シルフィ。丁度父上に用があって。そしたら……」
「わかってる。お兄様はそんかことしないもの」
「……僕の妹が僕を理解してくれていて辛いっ!」
「ぐえ」
ぎゅうぎゅうと抱きつかれる。うちの家族はなんでこうもスキンシップが激しいのだろうか。窒息するよ。
「お兄様」
「あっ、ごめんね、つい。―――それで? 家を出るってどうして?」
「それなんだけどね、理由があって……」
コンコン。
「旦那様、ご歓談のところ、失礼いたします。ご報告が」
この声は執事長のセバスだ。音もなく歩き、部屋に入った。
「どうした、セバス」
「大変申し上げにくいのですが……シルフィーナお嬢様宛に大量の釣書が届いております」
「「は?」」
「…………」
「あ〜、やっぱりかぁ」
うん、こうなると思ってました。だって自分で言うのも何だけど、私、家柄よし、容姿よし、外面よしの優良物件だから。
皇国一の資産家と縁を結びたい貴族は、山ほどいる。
……まだ、夜会での婚約破棄から数時間しか経ってないんだけどなぁ。耳が早いね。
「お父様、これが理由。……私、もう貴族社会に疲れた。“優雅であれ”“気高くあれ”って言われて、じっとしてるのはもう嫌。ドレスじゃなくて、動きやすいズボンを履きたい。庭でお茶会をするんじゃなくて、ワクワクする冒険がしたいの」
「「シルフィ……」」
「それにね。好きなひとに『好き』って言えないまま、終わりたくない」
「「「!?!?」」」
ギョッとした顔で「誰なんだい!?」と詰め寄ってくるお父様とお兄様に、後ろで呆然としているルーカス。セバスは気配を消して空気に徹している。部屋の外ではメイド達が聞き耳を立てている気配がするし。……わあ、混沌だなぁ。
ソファから立ち上がり、放心状態のルーカスと向かい合う。
「ねぇ、ルーカス。私、貴方が好き」
「ッ!?!?」
さらに狼狽えだすお父様とお兄様を横目でちらりと見る。ちょっと静かにしててほしいな。
ルーカスに至っては挙動不審になって視線を彷徨わせていた。
「ルーカスからすれば、私はただの護衛対象だってことはわかってる」
「!!」
「けど、私は―――」
「そんなことない!」
突如大きな声を出したルーカスにびっくりして、言葉が止まる。そんな私の前で、彼は片膝をついて私の右手を取った。
「―――シルフィーナ・フォン・マイヤー侯爵令嬢。俺は、貴女をお慕いしています」
「…………う、そ……」
今度は私が硬直し、狼狽えた。ボソリとこぼれた言葉に、ルーカスはいつもの口調に戻って言った。
「噓じゃないですよ、お嬢。それとも、俺の告白は冗談に聞こえますか?」
「だ、だって……」
「お嬢の頑張り屋なところも、お転婆なところも、全部が好きです。俺は、生涯お嬢だけに“牙を捧げます”」
「!!」
“牙を捧げる”。その誓いには2つの意味がある。“主君への絶対の忠誠”と“求婚”。両膝をついて言えば前者であり、片膝ならば後者だと、昔ルーカスを教えてもらった。
「それって……」
「俺の思い、伝わりましたか?」
「! もちろん!」
感極まって思わず抱きついた。それにルーカスも抱きしめ返してくれる。
「――――――旦那様、坊。元奴隷の身で図々しいことは承知です。どうか、お許しいただけないでしょうか」
立ち上がったルーカスが片手で私の肩を抱きながらお父様に向き直る。
私も一緒にお願いをした。
「お願い、お父様、お兄様」
「――――――まるで、美しい恋愛小説の一節のようね」
「「「「!?」」」」」
驚いた。いつの間にかドアが開いていて、その入口にお母様であるオリヴィア・フォン・マイヤー侯爵夫人が拍手をしながら立っていた。
我がお母様は社交界でもかなりの有名人であり、令嬢時代の夜会ではお母様にダンスを申し込む男性で長蛇の列ができたそう。最終的にはお父様がお母様を娶る事ができたんだけど……
「オリヴィア、帰ってきたのかい」
「ええ、あなた。面白い知らせが耳に届いてね、急いで馬車を飛ばしてきたの」
お父様と話していたお母様がおもむろにこちらへ歩いてくる。思わず身構えるも
「いいじゃない、駆け落ち」
「え?」
予想外のことを言われ、目が点になる。ルーカスも同じく。
「え、いいの……?」
「もちろん、いいわよ。私もあなたに政略結婚はさせたくなかったのよ?」
「そうなの?」
「だって私とトレファンは恋愛結婚をしたのに、娘のあなたに政略結婚を強いるなんて、母親として恥ずかしいもの」
そう、うちの親は貴族でかなり珍しい恋愛結婚をした夫婦。そのおしどりっぷりは社交界では有名な話であり、『そんな結婚をしてみたいわ』と憧れる令嬢も多いのだ。
「しかし、オリヴィア……シルフィはまだ16歳だ」
「あら、でもシルフィは皇国トップクラスの魔法使いよ? 自分の身は自分で守れるし、剣の腕が立つルーカスも一緒なのよ? 何を心配することがあるのかしら」
「…………………寂しくなるじゃないかぁぁぁぁ!!!」
ずしゃっと床に崩れ落ちるお父様。隣ではお兄様が「シルフィに、想い人が……」と頭を抱えて蹲っている。
「トレファン、いい加減子離れなさいな。サイファーもよ。冒険者になっても二度と会えないという訳ではないのよ」
「「うぅ……」」
うめき声を漏らし、使い物にならなくなった二人をみて、お母様は「あらあら」と苦笑した。
「シルフィ。お金とある程度の装備を急いで整えさせるから、夜明けには出れるよう準備なさい。ルーカス、どうか娘をよろしくね』
「はい、奥様、もちろんです」
「……ありがとう、お母様」
「どういたしまして。……気を付けて行きなさいね」
「うん、ありがとうっ!」
お母様とハグをした後、お父様の執務室をあとにした。
夜明け前。少しの仮眠をして、準備を整えた私は、ルーカスと共に出発した。
お父様とお兄様は号泣していたけど、「必ず帰る」と約束したら、少し落ち着いたみたいだった。
「いってらっしゃい、シルフィーナ」
「気をつけるんだぞ」
「身体に大切にな」
「いってらっしゃませ、お嬢様」
みんなのエールを受けながら、ルーカスと手を繋いで進んでいく。
「……お嬢。聞きたいことがあるんですが」
「ルーカス。今の私は“お嬢”じゃなくて“ただのシルフィーナ”だよ。敬語もやめて。……それで、聞きたいことって?」
「何故俺を買ったのか、です。これまでははぐらかされてきましたが、今日こそ教えてください」
「敬語。…………言っても、笑わない?」
「笑いませんよ」
「……一目惚れ、だったの」
「え?」
「暗い檻の中にいても、ルーカスだけが強い意志を持ってて……なんて綺麗な目なんだろって。それが、ルーカスを買った理由」
「………………………………」
「どうかしたの?」
「……なんでもない。行こうか、シルフィーナ」
「! うんっ!」
∮
社交界で有名な婚約破棄が行われた数年後。
平民だけでなく、貴族の間でも大流行した恋愛小説があった。噂では『実話を元にしている』と囁かれている。
婚約破棄された令嬢が長年想いを寄せていた護衛騎士と駆け落ち、冒険者になり、富と名声を得ながら幸せになる話。
作者不明にも関わらず、大ヒットしたその本の題名は
“婚約破棄されたけど、凄腕の護衛騎士とともに冒険者になります!”
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