龍の賭け事 弐
少し時間は遡り、試合が開始する数分前。
観戦席で2人の試合を見届けていた中にはアノマーノとセレデリナもいた。
「ついに決勝戦……この調子ならレイアは優勝してしまいそうなのだ」
「そうは言うけど、あの東国人もなんか――普通じゃないわよ」
それもそのはず今日はアノマーノが父ブリューナク・マデウスを、バードリー・ノワールハンドがロンギヌス・マデウスを討ったことにより、元はノワールハンド領であった土地をバードリーが治めるための手続きをする日なのだ。
しかし肝心のアノマーノは身分上死んでいたことになっているため、魔王城に滞在するのは不要に事を荒立てる。その上セレデリナもあくまで今後ノワールハンド領ではあくまで平民として身分が与えられることが約束されているため完全に蚊帳の外。
よって、2人とも暇を持て余していたことからせっかくなのでとデートすることになったのだ。
「そうであるなら、なんというか、何故か余と重なるなにかを感じ取ってしまうのだ」
「でしょ。少なくとも正攻法で鍛えてるヤツの戦い方じゃないわ」
だが、だったらとメイド長のレイアが、自分が参戦する武闘大会の試合を見届けてほしいと観戦チケットを押し付けてきたため、いつも通り闘争の世界を見届けるハメに。
この現状、特にアノマーノにとっては好ましくない。
「……」
故に、会話の途中、急にアノマーノは黙り込んでしまう。
何かを言いたげなのかを察したのかセレデリナは少し黙った。
「……セレデリナ、正直なことを言ってよいか?」
ぽつり、と小さな口から神妙な声が漏れる。
「なに?」
「余はこの日まで食事と寝るとき以外まともに休まず命を削る思いで戦ってきた。そしてようやく自分の成すべき大義も、存在証明もやり通せたのだ」
吐露されていくアノマーノの心境。妙な悲壮感。
「だから――」
セレデリナは、自分でも理不尽だと思うような修行を乗り越えた今の彼女がどんな甘えを言おうが受け止める覚悟をした。
「もっと普通にイチャイチャデートしたいのだ!」
アノマーノは、純真なる一言をセレデリナに向けて呟いた。
買い物や食事など戦いのことを忘れて女2人でラブラブデート。
ようやく初恋の相手への想いが成就し、あの人と、セレデリナと2人っきりでデートができる最高の時間まで闘争と向き合いたくない。
そもそもアノマーノは115歳でこそあるが内100年をセレデリナとの修行だけに費やしたため、社会経験実年齢15歳。外見年齢は〈呪魂具〉の呪いのせいで8歳とあらゆる面で子供だ。
「……」
種族によっては2回も3回も死んでいる。そんな年月の間強さを求め続けた彼女が、子供らしく安らぎを求めるを咎める恋人がどこにいるものか。
うるうるした彼女の瞳を見たセレデリナは顔色を悪くすることなく、
「そうね。この試合が終わったら深夜までやりたかったこと――全部やるわよ!」
返したのは、アノマーノが心の底から求めていた言葉であった。
〈返り血の魔女〉と恐れられるほどに闘争と共にある生き方を選んだ女は、強者と戦い研鑽し続ける中で、息を抜くことにも躊躇がない。
効率よく休むことで次の戦いに臨めるのなら、いっそのこと闘争から自身を切り離してしまったほうがしっかり疲れを取れる。
むしろそんな息抜きのコツをアノマーノに教えてやりたい。そう思ってすらいた。
「うむ、そのときはとことん遊ぶぞ!」
……
…………
………………
それから、レイアが顔面ごと地面に叩きつけられた辺りにまで時間は進む。
「なかなかの手練とは思っておったが、まさかレイアを圧倒するとは」
「でも、こんなところで負けるようならアンタんちで兵士長なんてできないんじゃないの? 少なくとも長男と同格に強いって話なんだし」
レイアはカウンター主体の戦闘スタイルを捨て、逆にアヤメは〈魔王〉と対等に戦える実力を以った2人が一目置くほどに底知れなさを感じている。
「うむ。尚更イニシアチブを取ったアヤメとやらの強さが際立つのだ」
「あの娘、本気じゃないみたいだしどっかで手合わせ願いたいわね」
熱烈とした勝負を前に、弛緩していたムードが崩れ緊張感に包まれ、ただただ固唾をのんで勝負の行く末を見守るだけであった。
ここまで来るとどちらが白星を掴むのか確信がつかない。
「でもこの試合だけは見届けてあげましょう。……そろそろ10カウントが終わりそうだけど」
そんな中、アノマーノは生まれて幼い間だけだが、メイド長として自分のお世話をしてくれたレイアがこのまま野垂れ負けると微塵も思えなかった。その手を触れたことがあるからこそわかる。レイアはここからが本番だ。
親身な想いと武人としての推測。二つが入り混じった声音は――
「いいや、レイアは勝つぞ」
***
レイア・キーパーは〈龍人族〉だ。
拳や蹴り一つで10M級の岩石を砕くほどの膂力を、まともな鍛錬を積まずともつまり100人規模の軍隊相手に単身で立ち向かえるほどの武力と魔力を、あらゆる力を併せ持った種族特性によて世界を蹂躙しうる最優種族の一角。その代わりに数が少なく、しかも闘争心と優生思想が強い種族由来の性格を皆持っており、負けず嫌いでプライドも高い。
そのせいか、〈魔族〉にこそ属するが同種族だけで暮らしを築き、他種族との交流を許さない傾向にある。
逆に言えば国単位での厄介事が起きることを恐れているのか、彼らが住む集落を領地に持つ領主は不可侵状態を維持するための人権保障を徹底したり、他種族の侵入を拒む壁を作ることは常識だ。
それこそ、世界中の強者に喧嘩を売り続けているセレデリナすら彼らが住む集落への侵入は一度した後のゴタゴタで後悔し、以後触れざる領域だと割り切っているほど。
そして、幼き頃のレイアは〈龍人種〉の集落の中で外の世界に憧れていた少女であった。
家族にも、集落の者たちからも閉鎖された世界から出ることを許されず、やれ「他種族と関わるな」「〈龍人種〉の誇りを持て」と言われ続けていた。だがある日、自分と同い年の子供の集まりで流れてきた、
「外には娯楽がたくさんあるんだぜ! しかもお金ってヤツでモノを売り買いしてさぁ、なんなら金を賭けてやるゲームまであるんだってさ!」
――噂話。
それはレイアにとってあまりにも眉唾モノで、絶対に外の世界に出てやると心から誓ったのだ。
結果、集落から逃げ出した。
飽き飽きしていたこの世界《集落》から離れたい。社会を知らない子供だからこそ抱くその心意気はとどまることを知らず、大人に追われながらも、我が目的を果たさんと、心を真っ直ぐに走り続けた。
だが……
最初はただ集落の外で行われる追いかけっこのようなものだったが、種族の閉鎖思想も相まって〈龍人種〉社会を脅かす謀反者だといつの間にか決めつけられ、命を狙われるようにまでなってしまう。
ただの家出だったはずが、事情を語り匿ってもらった村が襲撃され、他の街や村でも疫病神扱いされ続け、もはや生きるか死ぬかのデスレースとなってしまった。
誰にも頼ることの出来ないレイアは自身の行いの全てに後悔した。
だが、ある助け舟が彼女の前に現れ、全てが好転する。
偶然にも、〈魔王〉ブリューナク・マデウスがレイアという少女が〈龍人種〉の集落から逃げていることに興味を示し、直接会いに来たのだ。
「貴方は……」
「そうかそうか。外の世界を知らぬのなら我を知らないのも無理はないな」
ブリューナクは服も焼け焦げ、逃げ傷をまともに癒やせぬ凄惨な姿の彼女を見る。
レイアは巨躯な肉体に紫の肌。彼はただの〈魔人種〉ではなく、自分を育ててくれた〈龍人種〉たちよりも遥かに強いことを直感できに理解できた。
そんな彼が憐れみ、施しを与えようとしているのだと心理を読む。だから縋りたい。本心を隠せないで次の言葉を吐き出そうとした。その時だった。
「そこまで賢く逃げ抜けたお前は相当に強い武人になれる。我の元で鍛えぬか?」
この男は自分を匿うどころか、むしろ自身のもとで戦わせようと考えていたのだ。
〈龍人種〉といえど〈魔王〉を相手にするのは蛮勇もいいところ。彼の問いに対し首を縦に振ってからは、特に迫害を受けることもなくなり、スムーズに話が進んでいった。
そうして彼は、
『強い武人になる』
ただそれだけを条件に自由を与えてくれた。
その後は自身が〈龍人種〉であることを強みにしたくないと考え、東国の武器――刀を使った武術〈瞬撃殺〉を習得し、極めていく。
また同時にブリューナクへの恩を返したいこと、そして〈龍人種〉らしくない、膂力に身を任せない仕事をしたいという意思の元〈魔王城〉でメイドの仕事を始めた。
レイアは非常に要領がよく、気づけばメイド長の地位を、加えて武術の鍛錬を重ねたことで兵士長にまで登りつめたのだ。
だからこそプライドがある。何者にも負けたくない、武を極めし者のプライドが。




