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【完結】revived  作者: 高坂ナツキ
1/22

01

「はあっはあっはあっ…………」


 深夜に近い時刻、街灯もないような路地裏を一人の青年が駆け抜けていく。

 その様子を表現するならば、まさに逃げ惑うという言葉が的確だろう。

 何かから逃げる場合の鉄則といえば、なるべく人が多く逃走経路の多いところに行くことだろう。

 しかしこの青年はその鉄則とは真逆、人が少ない袋小路へと進んでしまった。

 このことからも青年が走っていた、あるいはただ逃げていただけではないと推測できるだろう。


 そして青年の背後には逃げ惑うに値する理由が迫っていた。

 それは現代社会においては異形と表現するのが正しい姿、黒いコートに身を包み抜き身の日本刀を両手に持った男の姿であった。


(……くそっ、こんなところで終わりなのか。…………いや、ダメだ。こんなところで何もしないまま終わるなんてダメだ)

 青年はまるで抗いがたい運命のように立ちはだかる男に対して、最後の抵抗をするべく振り返る。

 しかし、その行為は何の意味もなさず男が無造作に突き出した日本刀によって心臓を貫かれあっさりと青年の短い一生は幕を閉じた。


 青年の呼吸が完全に停止したことを確認しながら、男は青年に向かってつぶやく。

「……これが理不尽な死だと思えるなら、俺を殺しに来い。たとえどんな手段を使ってもな」


 それは誰が聞いても意味不明な言葉。既に息のない青年に対して自分を殺しに来いだなんて気が狂っているとしか思えない。しかし、男は言うべきことはすべて言ったとでもいうかのように青年に背を向け去ってゆく。その両手には確かに握っていたはずの日本刀はなく、まるで虚空の彼方に消え去ってしまったようだ。

 男が青年のもとから去ってから優に一時間が過ぎたころ、青年の体に変化が訪れる。人を死に至らしめるに十分だった傷口は塞がり、確かに止まっていたはずの呼吸が再開されている。現代の医学ではまずありえない現象、確かに一度死んだはずの肉体が死ぬ前の状態に戻っていくそんな現象。


 そんな青年の様子をうかがう複数の人の影。皆が皆、同じスーツに身を包みその所属が同じであることを示している。

 人影の中から一人が青年に歩み寄り、青年の身体を観察し始める。

「被害者の一時的な死亡と能力の発現を確認。……これより帰投する」

 その言葉を合図にしたかのように、人影は青年の体を担ぐと闇の中へと溶けるように消えていった。


「…………うああああああっ!」


 ベッドの上に寝かされていた青年が悲鳴とともに目を覚ますとそこは見知らぬ部屋だった。清潔感あふれるという言葉を通り越して生活感がないと言えるような真っ白い部屋。そこは病院の個室を彷彿とさせる様相だった。

「……俺は……俺は確か……」


 青年は自分の身に起こったことを一つ一つ確かめるように思い出してゆく。

「俺は死んだ……はずだ。…………いや、そこまでいかなくても大怪我を負っているはずだ」


 自身の身体にひとつの傷も残っていない事実を確かめながら青年はひとり呟く。

「やあやあっ、ようやくのお目覚めだね! 生まれ変わった気分はどうだね?」


 陽気な声とともに入ってきたのはウエーブのかかった銀髪を伸ばしっぱなしにし、眼鏡をかけた一人の男性。

「…………生まれ、変わった……?」


「ああそうだよ。君は一度死にそして新たな生を受けたのさ、三登諒真くん」


「なんで俺の名前を……?」


「はっはっはっ。それはもちろん君の持っていた学生証を見たからに決まっているじゃないか。……おっと、自己紹介がまだだったね。ワタシの名前はブライアン=ベイリー、ここの所長をしている」


「……なるほど俺の名前をどうやって知ったのかはわかりました。でも、最初の疑問は消えません。俺は死んでもおかしくないほどの怪我を負っていたはずだし、あなたは俺のことを生まれ変わったと言いました」


 諒真は軽薄な笑みを浮かべるブライアンのことをうさん臭く感じながらも自分自身に起こった出来事を聞き出そうとする。

「なにも難しいことを言っているわけじゃない、言葉そのままの意味さ。君は事実として一度死にそして生まれ変わった、ただそれだけのことさ」


「…………一度死んだって……」


「ああそうだ、君は一度死に蘇った。そして君と同じように蘇りを果たした人間はこの世の中にそれなりの人数がいる。人が死んで蘇るなんて奇特な事実を知っているのは世の中の一部の人間と蘇りを果たした本人だけさ」


「……そんな……漫画じゃあるまいし」


「事実は小説よりも奇なり、という言葉があるだろう。たとえそれが俄かには信じられないようなことでも自身が体験したことは信じるべきだとワタシは思うがね。」


 ブライアンの言っていることは普通に考えればおかしい。一度死んだ人間が蘇るなんてことは常識的に考えてあり得ないしニュースやネットでもアニメや漫画の設定以外では聞いたこともない。

 だが、それでも事実として心臓を貫かれ死んだはずの諒真は今現在、確かに生きて人と話している。

 今日謎の殺人鬼に遭遇して殺されたことが夢でもない限り死んだ人間が蘇ることを否定しきることはできない。

 そして殺人鬼に追いかけられた恐怖を、自分の肉体が徐々に切り刻まれていく痛みを味わった諒真にはそれを夢だと断じることはたとえ嘘でも強がりでも出来ない。


「今の現状を考えればたとえ納得できなくてもそれが真実かもしれないということは理解できました」


「納得はできなくても、そうでなくては自身に起こったことを説明できない。とだけ理解してくれれば十分さ。重要なのはむしろここから、蘇りを果たした人間にはこの世界の常識を超えるような不可思議な能力が身につくというところだ」


「不可思議な能力ですか?」


「そうさ、それはまさしく人知を超えたもの。例えば水を自身の体の一部のように自在に操って見せたり、何もない空間から刃物を出して見せたりね」


「……刃物」


 その時諒真の頭の中には自身を襲った黒いコートの男の姿が浮かんでいた。あの男はどこから取り出したのかわからないが長大な日本刀を、そう紛れもない刃物をどこからともなく取り出していたのだ。

「心当たりがあるって様子だね」


「はい。俺を襲った、いや俺を殺した犯人はどこからともなく日本刀を取り出していました。それは確かに理屈や常識では説明出来ない行為でした」


「事の起こりは四十年前、世間では大流星雨とかスターレインと呼ばれる複数の隕石の墜落から始まった。そのほとんどが海に落ちたことで当初は素晴らしい天文現象だと捉えられていたが、その認識は時を経るごとに変わっていった。

 なぜならば世界中から特異な能力者が徐々に現れはじめたからだ。記録に残っている中で一番古いものはイギリスで火災の中から生き残った少年だった。その少年は運悪くアパートの火災に巻き込まれたものの奇跡的な生還を果たした。火災の現場から出てきた少年は衣服はぼろぼろに焼け焦げていたというのに火傷の一つも負っていないという不可思議な格好で発見された。不思議なことにその後の検査や治療においても少年は傷の一つも負っておらずメディアなんかでは奇跡の少年として扱われていた。だけど奇跡はそれだけには留まらなかった、日常生活に戻った少年はある時自分の体に起こった現象に気づかされることになった。それは家族とバーベキューをしていた時、炎のそばに近寄ってもまるで熱さを感じないということだ。不思議に思った少年は熱された鉄串を掴んでみたが熱さを感じないどころか少年は火傷の一つも起こさなかった。そう、少年は熱に対する超人的な耐性を得ていたのだ。そしてその後も奇跡的な生還を果たした人物が常識では考えられないような超常的な能力を得るということが続いた。その原因を解明するために各国の研究者たちがありとあらゆる研究を行った、まっとうな研究からそれこそ人体実験まがいなことまでね。だけど判明した事実のほとんどはとても世間に公表できるようなものではなかった。その事実とは大流星雨以降すべての人類の身体には未知の微生物が存在していること、そして奇跡の生還を果たした人物たちはその未知の微生物によって体の組成を作り変えられているということだ。

 つまり奇跡の生還を果たした人物たちは本人たちも意図しない形で進化した人類の姿になってしまっていたということだ。そんなことを発表してもいらぬ混乱と暴動、差別が起きることは誰の目にも明らかだから各国は協定を結びあらゆる情報の封じ込めにかかった。奇跡の生還者は奇跡的に生き残った人とされ特別な能力云々については極秘事項とされ、新たに生還を果たした人々を保護する組織が結成された。それがここ、ネクストだ」


「……ネクスト」


 神妙な顔をして静かに聞いていた諒真だったが、自分が今いる場所の説明に入ったことでぽつりと言葉をつぶやいてしまった。


「そう、正確にはネクスト日本支部笠野木方面研究所だね。仕事内容としては蘇りを果たした人物の保護と法を犯した能力者の捕獲、あるいは殺害だね」


「………………」


 殺害という物騒な言葉に身をこわばらせる諒真だったが、それ以上に法を犯した能力者という言葉から自分を殺した男の顔がちらつく。

 結果としてよみがえりを果たして無事に生き残っているとはいえ諒真を殺したことは確実に法に触れるだろう。


「君を保護できたのは偶然に近い出来事でね、ワタシたちが追っていた本来の標的は君を殺した男の方なんだよ。その男はこの近辺で君以外にもすでに三人を殺している殺人鬼でね、被害者に共通しているのは体中に残された無数の切り傷と心臓を刺し貫かれたという死因、そして現場周辺では徹底的な調査と検問を行っていたにも関わらず人を刺し殺せるような長大な刃物を持っていた人物は見つかっていないことから犯人は能力者とみなされている。……どうだろう、なにか情報はないかな?」


「確かに俺を殺した男は長大な日本刀を両手に下げていました。もし蘇らなかったら他の被害者と同じような姿で発見された自覚はあります」


「ほう、やはりというべきか。君が殺された現場周辺にも調査員を派遣しているが日本刀のような長さのものを持っている人物は発見されていないようだし、これは能力者ということで確定かもしれないな」


「……俺は、これからどうしたらいいんでしょう?」


 諒真は人として至極当然の疑問をブライアンにぶつける。人類の進化だとか不可思議な能力だとか言われても漫画のキャラのように素直に喜ぶことはできない。


「それは君次第さ。ワタシたちは君がその能力によって犯罪を犯さない限り君を束縛することはできない。もしもの時の自衛手段と予測できない暴走を防ぐためにも能力の制御方法だけはこれから君に教えることになるが、それから先のことは君の意思に任せるよ。ありふれた日常生活の中に戻るのなら無用な干渉はしないし、ワタシたちの研究所に所属して能力者の保護を手伝うというのならば歓迎しよう」


 ブライアンの顔は不敵に笑ってはいたがそれゆえに嘘を言っている印象は受けない。諒真自身もこの提案は自分にとって有利だとしか感じない。

 能力についてのレクチャーはむしろ諒真自身がこれからブライアンに頼むつもりだったし、その上で日常生活に戻れるというのならば万々歳だ。

 だがしかし、頭の片隅で何かが警鐘を鳴らしているような気がする。このまま日常生活に戻れたとしても完全な安全は保障されないような何かが。


「もちろん能力を悪用なんてしません。だから俺を日常の中へと帰らせていただけませんか」


 たとえそれが自分自身を危機に陥れるかもしれなくても日常の中へと帰れるかもしれないというのは普通の人間にとってはこの上もない魅力であった。


「よろしい。では能力についての講義だけはさせてもらおうかな。……とはいうものの、ワタシ自身は能力者というわけでもなくてね。能力についての講義は他の人に頼むことになるんだけどいいかな?」


 ブライアンは有無を言わせぬような笑みを浮かべながら扉を開け放って廊下へと出ていく。しかたなしに諒真はその後をついてゆくことにする。

 歩いている廊下は中々に広く大きめの機材などを運べるようになっているのだろう。窓の外の景色にはうっすらと太陽の光があたっており今の時刻が日の出直後だとわかり、諒真自身の襲われた時間からしてもあれから優に5、6時間は経っていることを表している。

 蘇った人間は事前に負った傷がすべて治るということを知っているのか、ブライアンは諒真の体調などには構わずありふれた雑談を独り言のように呟きながらずんずんと進んでいく。そしてエレベーターの扉の前で唐突にその歩みを止め、

「実は訓練用の施設は地下に集中していてね、君に講義をしてもらうつもりだった能力者の子にもそこで待ってもらっているんだ」


 などと言いつつ下の階へと行くエレベータの中へと体を滑り込ませていく。

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