01.いつもの朝
いつものように迎える朝も、このぼく自身がいかなる気分であるかによって、静謐にも騒々しくもなる。
今日はどちらだろう、そんな見当外れなことを考えつつ、ぼくは自分の部屋の鏡に向き合った。
ノートPCとスナック菓子が置かれた勉強机と、少年漫画が多く収まっている本棚、最新のゲーム機が置かれた男子高校生の部屋において、この部屋の設置型の鏡は異様だった。
白いシンプルなデザインで、覗き込めば丁度顔が収まるくらいの鏡は、主に化粧をする時に使われるものだ。
ブレザーにスラックスを合わせる男子高校生にとって、あまり馴染みのないものだろう。
「おうふ、今日は男じゃったか」
そんな鏡を覗き込み、ぼくは少し考えた。
見つめ返してくるのは眠たげな瞳を携えた、毛先の丸まった男子高校生、ぼくである。
「今日はこっちの気分じゃないなあ……」
深呼吸し、集中する。
変われ、変われ、変われ。
そう思っていると、目の前のぼくの顔がブレる。
身体が熱くなり、思わず目を瞑り、また開く。
そうすると、鏡から見つめ返してくる人物は様変わりしている。眠たげだがくりんとした目に、肩につくかどうかくらいの緩いウェーブを描く髪、さっきよりも丸みを帯びた頬。
何となく優しそうな印象を受ける女子が、ぼくのことを見つめ返していた。
「うし、こっちのが今日は落ち着くな」
これこそがぼくを悩ませ楽しませる随一の体質、“可変性転換体質”である。。
ーーー
ぼくこと七瀬つぐみは、産まれたときは男であった。疑いようもなく男の子の象徴を揺らしつつ、産湯に浸かること数年、男の子でしょと叱咤され日常の各所で勇気を振り絞らされること数年。ぼくは何事もなく男として成長した。
しかし3年と少し前、中学に上がった頃のことだ。
朝起きた時、ぼくは女の子になっていた。俗に言う、“性転換症”であった。
人間は社会的動物だと、偉い人は言う。社会の中で、男と女、男っぽい女っぽい、色んな考え方をする人が入り交じる。
その中で、どっちもフラつく者もいるらしい。性転換症を発症する人は、日によって気分によってらその肉体を変化させる。
そういうハザマで生きるのがぼく、ないしは性転換症の発症者だ。特に不幸でもなんでもなく、いつの日かまた、どちらかの性別で安定するようだ。個人差はあるらしいが。
そうなのなら、そうなんだろう。ぼくは他の発症者の例に漏れず、何となくそう合点して、好きな性別でふらふらと生きている。
「うーん、やはりかわいい。スカートは膝上2センチがかわいい」
制服のスカート丈をいじりつつ、ぼくは肌に合う化粧水と日焼け止めを肌に塗り込んだことを確認して立ち上がる。
ブーッとスマホが揺れて、画面にはメッセージアプリの通知が1件浮上した。
送信者は、ターちゃん。内容は「着いてる」の4文字だ。
「そっけないやつめ」
ぼくはやれやれと鼻を鳴らして、玄関へ向かった。
ドタドタと階段を降りていると、お母さんとすれ違う。
「今日はそっちなのね。泰希くんに送ってもらうのよ」
「過保護だなー、一人でも迷わないよ」
お母さんにそう返すと、お母さんは眉をしかめた。
「女の子のときは、そういう約束でしょ」
ぼくは両手を上げた。
「へいへい」
「女の子がそんなガサツなことをしない!」
またも気に食わなかったのか、お母さんは眉を吊り上げた。
今度は背筋をピンと伸ばす。
「はぁい」
「ん。いってらっしゃい」
「いってきます」
一連の儀式を終え、ローファーを履いて外に出る。
すると門の前で、少し制服を着崩した短髪の男子高校生が立っていた。
「おはよ、ターちゃん」
「おう」
彼は短く返すと、ぼくの頭に手をおいた。
「今日は女子か、小せえ日だな」
「おいやめろ、髪型が崩れるだろ」
ぼくが抗議して手を退けると、ターちゃん……もとい泰希は「へっ」と笑った。
「昨日は寝癖直さず来たくせに」
「それはぼくが男だったから、今日は乙女だよ」
「エセな」
「ガチ乙女じゃい」
そのようにして今日は始まる。
いつも通り、いつもの調子で。
日によって気分によって更新いたします。