もふもふたちが、お隣さんを癒す。
お隣さん視点です。
「昨日は涼しかったのにー!秋みたいな雰囲気、どこに行ったのよー!も~…」
「ママさん、暑そうですね…」
「ドンマイにゃ、母上!」
ベランダでタバコを吸っていると、お隣さんの声が聞こえてきた。お隣さんは一人暮らしみたいだけど、何だろう…なんか、ぬいぐるみと話してるみたいで。
いや、普通のぬいぐるみは話したり動いたりなんてしないけど、お隣さんのぬいぐるみは…なんか、しゃべって動くみたいで。最初、なんか騒がしくてついお隣さんのベランダを覗いてしまった時は、思わず悲鳴を上げそうになった。だって、動かないのが当たり前のぬいぐるみが楽しそうに話して動いてるんだもんな。びっくりだわ。
…ま、俺には関係ないことだけど。てか、それよりももうちょっと静かにしてほしいと思う。うるさい。イライラ、する。
「は~…」
俺はたばこの煙とともに、大きな溜め息をついた。
「あのクソ上司め…俺にいつも仕事押しつけやがって…」
俺は仕事のことでイライラしていた。最近、たばこを吸う量が増えていた。
「こらー!ちゃとにゃん!ベランダの手すりの上で跳び跳ねないで!落ちたら大変でしょ!?」
「そうですよ!本当にあなたはもー!」
スパスパと、たばこを吸う。お隣さんはぬいぐるみたちとわいわいしてるようで。
「~…ああ、うるさいなぁ!」
イライラしてる俺は、お隣さんに文句を言おうとした時だった。
「にゃ?誰かいるにゃ!?」
「!?」
突然蹴破り戸の影から、ひょこっと猫のぬいぐるみ?が顔を覗かせた。びっくりした俺は、思わず吸っていたたばこを口から吹き飛ばしてしまい、慌てて拾い、また口にくわえた。
「ちょっ!?ちゃとにゃん!!」
お隣さんは慌ててこちらのベランダに手を伸ばし、俺のベランダに侵入してきた猫のぬいぐるみを捕まえようとした。けどその猫のぬいぐるみは「捕まえてみるのにゃー!」と言いながら、俺の胸に飛び込んできた。俺は思わず、そのぬいぐるみを抱き締める。
「ちょっ!?焼ける!危なっ…」
俺は慌てて口にくわえていたたばこを、猫のぬいぐるみを抱いている反対の手で持ち、傍に置いていた灰皿でたばこの火をもみ消した。
「す、すみません…ご迷惑をかけてしまい。それに、うるさくしてほんとすみません…」
「え?あ、いえ…」
たしかに、うるさくて文句を言おうとしたけど…文句をいう前に先に謝られてしまった。
「にゃ?さっきの煙はなんだったのかにゃ?もしかして…兄ちゃんは忍者かにゃ?」
「は?」
「す、すみません、うちのぬいぐるみが…ちゃとにゃん、早くこっちに来なさい!」
と、お隣さんが猫のぬいぐるみにそう言うが「嫌にゃ!兄ちゃんに〝にんじゅつ〞をならうにゃ!」と言って、俺の胸にぎゅーっと抱きつく。
…なんだろう、何か…良い。ふわふわで柔らかくて…ほっとする。
小さい頃、じいちゃんからもらった古びたぬいぐるみを、毎日だっこして眠ってたっけ─?とか、思い出したり。あのぬいぐるみはこのぬいぐるみたちみたいに話したりはしなかったけど…ふわふわで可愛くて、大好きだったなっ……て。
「…兄ちゃん?」
ぼろぼろと。気づいたら俺はめちゃくちゃ涙をこぼしていた。なんか、この猫のぬいぐるみを抱きしめてると、こころの緊張や不安、苦しさがほぐれていく感じがして…泣けてきた。俺を見上げる猫のぬいぐるみの顔に、数粒俺の涙が落ちてしまった。俺は慌ててその猫のぬいぐるみから顔を離し、腕で自分の顔をごしごしと拭った。
「ご、ごめ…すみません。だいじなぬいぐるみを濡らしてしまい…」
俺は鼻を啜りながら、お隣さんに謝った。
「いえ、私の方こそ申し訳ありません。困らせてしまい…」
「あ、いや、この涙は違くて…その─…」
気づいたら俺は、お隣さんとぬいぐるみたちに、会社の愚痴や日々の不安ストレスなどをぼろぼろと話していた。普段、ほとんど聞き役で胸のうちを話さない俺は、ほとんど話したことのないお隣さんにぼろぼろと話した。
「─あ!す、すみません!よく分からない隣のものが、愚痴を話してしまい…」
はっ!と我に返り、俺はペコペコとお隣さんに頭を下げた。するとお隣さんは。
「いいえ、いいですよ。たまには愚痴を吐いて発散しないと、溜めっぱなしだと壊れちゃいますからね」
そう言って、にこっとやさしく微笑んだ。…何だか女神のように見えた。
「…ありがとうございます。それにしても、可愛らしいぬいぐるみたちですね」
そう言いながら、俺は胸に抱く猫のぬいぐるみをやさしくぎゅっとした。
「ふふっ、この子達は私の癒しです。どうです?この子達に『もふもふぎゅっぎゅ』されてみませんか?すごく癒されますよ~?」
「…もふもふぎゅっぎゅ?」
「いいよね、みんな~」
「「「「「はーい!」」」」」
俺がキョトンとしていると、くま、うさぎ、いぬ、ヘビのぬいぐるみたちがベランダの手すりを伝い、俺のベランダのところに来た。するとぬいぐるみたちは、俺の体にくっついてきて…そして。
「「「「「はい!もふもふぎゅっぎゅ!!」」」」」
そう言って、ぬいぐるみたちは俺の体を抱きしめた。ふわふわで柔らかくて…すごく、癒される。こころがふわふわと癒され、俺はまた泣きそうになった。
「…ありがとうみんな。ありがとうございます…」
俺は、ぬいぐるみたちとお隣さんにお礼を言った。
…ぬいぐるみって良いな。俺もぬいぐるみ可愛がろうかな…?
ふわふわのぬいぐるみたちに抱きしめられながら、俺はそう思ったのだった────