番外編 episode3 ─ 柴田さん(後編) ─
『かのん…ちゃん』
────パラッパラパラパラ…ザアアアアア…
しばらくして、雨が降ってきた。ザアアアアアっと、大きな雨粒が傷ついた僕の体を激しく叩く。
『…かのんちゃん…かのんちゃんっ!』
僕は大雨が降る中、かのんちゃんの名前を呼びながら、網目状のゴミ箱を上っては落ち上っては落ちを繰り返していた。
どうにか、ゴミ箱を上ってゴミ箱の外側に出ることができた。破れた首の部分から白い綿を出し、僕は首をカクカクさせながら、かのんちゃんのお家─…僕のお家に歩いて向かった。
けどだんだん、僕の体が雨水を吸って重くなってきて。それでも僕は、一生懸命歩き進めていたけど…水をたくさん吸った綿の体が重くて、僕はぽてんと道の端で倒れた。
────ザアアアアアアア……
雨が、僕の体を激しく叩く。
体が重くて…もう、動けない。
僕は道端に転がりながら、理解し始める。
…僕は、捨てられたのだと。
僕の目の前には、アパートのごみ捨て場があった。そこには、たくさんのゴミ袋が捨てられていた。
─…僕も、このゴミと一緒なんだ。僕は…ゴミ…なんだ…
『…っ、がう、僕はゴミじゃない、まだ生きてる!話せてるってことは…まだ、かのんちゃんは僕のことを愛してくれてるっ!僕はまだ…僕は─…』
僕は水を吸った重たい綿の体を、ほふく前進するようにずるずると引きずりながら少しずつ動かした。けど…体が重すぎて、ほふく前進さえままならなくなった。
『くそぉ…かのん…ちゃん、やだよぉ…僕はまだ生きてるよ。お願い…捨てないで……』
…声が、掠れてくる。
本当に体がもう、動かない。
『かのんちゃ…ん…』
僕たちぬいぐるみは『痛み』なんて存在しない─はずなのに、破れた首の左下辺りが痛い。痛い…というより、苦しい。
『僕はまだ生きてるよ…捨てないで…』
雨が、僕の頬をたくさん濡らす。掠れた声でかのんちゃんの名前を何度も呼んでいると。
─────バラバラバラバラ…
雨の音が、何かに当たるような音に変わった。それと同時に、激しく降っていた雨が僕の体を叩かなくなった。それに、さっきより暗くなった気がする。すると。
『どうしたの?…あ、首破けちゃってるね』
しゃがんで傘を被りながら、僕を見下ろす女の人がいた。その女の人が─…主さんこと、今の僕の持ち主さんだった。
その後、彼女は僕のことを何の躊躇いもなく拾い、連れて帰った。帰ったあとすぐに手洗いされて、何日か僕は自然乾燥で乾かされ、その後に首の破れた部分を縫って直してもらった。
そして、首の破れた部分を隠すために、唐草模様のバンダナまで巻いてくれて。
僕は捨てられたショックや不安で、主さんに拾われた後しばらくは、主さんや僕と同じように話すぬいぐるみのくまくまさんとうさろんさん(僕が来た頃はまだ、ちゃとにゃんさんとスネービーさんはいなかった)に攻撃的な態度をとっていた。
けど、主さんとくまくまさんとうさろんさんの優しさのおかげで、だんだんこころのキズが癒え。
気づいたら僕は、主さんのお家で〝当たり前の日常〞を送るようになっていた。
。.:*:・'°☆
はあ…どうしても雨は苦手です。
部屋の隅っこで絵本を読んでるふりをしながら、僕はちいさくため息をついた。すると。
「ボクもここで本を読みましゅ」
と、くまくまさんが絵本を持ってきて、僕のとなりに座った。
「んじゃあ、うさろんも柴田さんのとなりでママンのオシャレ雑誌よも~♪」
と、雑誌を持ってきて、うさろんさんも僕のとなりに座った。
「我輩も~!そこで絵本読むのにゃ~!」
と、ちゃとにゃんさんも絵本を持ってきて、くまくまさんのとなりに座った。
「では、わたしもここで…」
と、スネービーさんも頭でずりずりと絵本を持ってきて、うさろんさんのとなりに座った。
そして。
「じゃー私も、みんなと一緒に本読む~!」
と、マ…主さんも本を持ってきて、僕たちと一緒に並んで本を読み始めた。
みんなきっと、僕が雨を怖がっていることに気づいてそうしているのだろう。というか、雨のたびに、みんなこうして僕にわざとくっついてくる。
…別にそんなことしてもらわなくても良いのに─…なんて…ウソ。おかげで、苦手な雨がちょっとだけ気にならない。何より…みんなの気持ちがあったかくて嬉しくて。
雨はまだ苦手だけど、雨の日にこうしてみんなと並んで絵本を読むのも…悪くないなって思う。
そんな、ある雨の日の僕のおはなし。