プロローグ つまるところ、人選ミス
百歩譲って、異世界召喚が在ったとする。
また百歩譲って、私――平凡なOL森水無瀬二十七歳が聖女だったとする。
でも――
「早速ですが、聖女様。そのお力でどうか料理を作っていただきますよう」
これはどれだけ譲っても、何を言っているのかわからないわー……。
「聖女が料理……とは?」
私は愛想笑いを浮かべる恰幅の良いおじさん――宰相さんに尋ねた。ここまで十五分ほど彼の話を黙って聞いていたが、そろそろ物申さなくては。
最初に私が聖女と言われたとき、これは魔物やら瘴気やらの問題の解決を私に望んでいるぞと思った。宰相さんはやはりその話題に触れて、ところがすぐにそれは解決された過去として語られた。
で、ここクノン国の目下の問題は、実に三百年ぶりに行われる竜族の国ディーカバリアとの外交だという。そこの第二王子クエルクス率いる使節団との重要会談が、この後控えているとか。
「はい、聖女様。先代様も先々代様も、大層美味しい料理をお作りになったと伝わっております。今程、申し上げましたように、我が国クノンは本日午後より大変重要な会談がございまして。そこで会談後の会食に出す料理を聖女様に是非、作っていただきたく」
「…………」
いやいやいや……おかしいでしょう。聖女の本来の役目は魔物やら瘴気の解決で、過去の聖女が料理上手だったのは言わばオプション要素でしょう。
超常現象相手ならともかく、同じ世界に暮らす住人相手なら普通に自国でどうにかしなさいよ。世界の危機でもないのに、安易に異世界召喚を行うんじゃない。
ざっとこの場を見る限り、この異世界は西洋風のファンタジー全開な世界観。城の地下だというこの部屋の内装も、宰相さん始め使用人ぽい人たちの容貌も然り。彼らは髪と肌どちらも色素が薄い。そんな中、東洋風な容姿の私は異質だ。
ロングな黒髪は前髪パッツン、本日の装いは綺麗めな白のワンピース。それは裾だけ控え目にレースが付いていて。靴はヒール低めな白藍色のサンダル。クロスストラップには、ワンピースとお揃いのレースが施されている。
あと一応、短大時代にはミスコン優勝者でもある。……うん、まあ私も自分じゃなければ聖女に見えなくもなかったかもね?
(ああー……もう、よりによって料理とか)
『料理好き』が召喚条件と聞いて、実は最初から嫌な予感はしていた。だって、魔物やら瘴気が相手なら、そこはそんなに重要じゃない。私が呼び出す方なら、体力か身のこなしが優れている人を条件にする。実戦向きということで。
それが、『料理好き』。そりゃあ、それを条件に喚び出す聖女に求めるなら美味い飯でしょうよ。そしてそれが国の利益に繋がる理由もあるんでしょうよ。
「私は……美味しい料理は作れません」
今私が一番言いたくない言葉を言わせるなんて、腹が立つ。
「またまたそんなご謙遜を」
「いえ、本当に。『下手の横好き』という奴なんです」
うぐぐ。自分で言って、凹む。
そう、私は『料理好き』ではあっても、上手ではない。寧ろ下手なのだ。
「どうして『料理上手』を条件にしなかったんですか……」
「えっ、それは料理がお上手でも好きとは限りませんので。それでしたら、好きな方にやっていただいた方が良いかと……」
「あー……気を利かせて裏目に出た感じ……」
一応配慮する心を持っている国に召喚されたのなら、もっと身勝手なところにされるよりは私は幸運だったのだろう。何せ自分の好きなことをやるのに、国が援助してくれるのだ。しかも感謝されながら。そんなの、うはうはシチュエーションではないか。――本来は。
それに私は、召喚されたタイミングは死んでいたかもしれない事故に遭う直前だった。両手に大荷物を抱えたまま、アパートの階段のほぼ最上段から落ちるところだったのだ。生きていても大怪我は必至だっただろう。そこを助けてもらったのだから、輪に掛けてやる気も湧いていたことだろう。――本来は。
「聖女様の思う『美味しい』と、私たちの思うそれが異なるということはありませんか?」
「えっ」
思いも寄らない問いが来て、私はつい大きめの声で返してしまった。
そうか、そういうパターンもあったか。
聖女召喚なんて稀なことが起きるくらいだ、そんな奇跡が起こったっておかしくない。私の「これは食べ物ではない……よりリアルな食品サンプルだ」な見た目だけ料理が、本当に美味しくなってしまうことだってあるかもしれない。
「……わかりました。試してみます」
私は糸筋ほどの希望を見た気がして、宰相さんに力強く頷いてみせた。