第09話 大いなる力には代償が求められるヤツ
僕はタダの男子高校生です!
でも面と向かってそう否定できない!
なんでかって言えばチキンだし、僕の中の卑怯な僕が「ええやん利用しちゃえ」って囁いてる!
「ジェニファー嬢。貴方の【人物鑑定】スキルはいかほどに?」
「アインツさんごめんなさい……私ただの受付嬢なので……名前とクラス、あとは種族と所属くらいしか」
「それで十分。強さは疑う余地もありません。この私が保証致します……勇士ケント、お手をこのように」
アインツが左手首を差し出すように向けてきた。
同じポーズを取れ、と言う事だろうか?
僕は言われた通りにポーズをとると、アインツが自分の左手首を人差し指でポンポンと軽く叩く。ダブルクリックみたいだ。
すると彼の目の前に、お姉さんが表示していたウィンドウの小さい版が現れた。
「これがステータス。エルフの里では『己の窓』とも。人からは中身が見えません。唯一【人物鑑定】のスキルを持つ、ギルド関係者が見えることを除けばね」
もうこれ、そういう世界なんだなと割り切るしかないのかもしれない。
言われるままにポンポンと叩くと、ブワンとステータスが現れた。
「お、おお。出た。出ました。ケント=タカクラ。人間族。クラスは武術家です」
ホッとした。
ステータスにも『武術家』と書かれていて嬉しい。
万が一、枕言葉に『お座敷』とか書かれてたら恥ずかしさで死にたくなる。
「……え、本当に人間族!? あ、その……なんでもないです」
姉ちゃん、言いたいこと言ってもええんやで。
むしろ今の状況だとちょっとくらいデブって言って株を下げて欲しい。さっきから褒められすぎてムズムズする。
「コホン。クラスは……本当に武術家ですね。東のモンク達くらいしか見たことないのに。所属は……何ですかこれ。よ、読めない。あと変なマークついてますね。何だろコレ?」
え、マジか。
母校の名前がガッツリ書かれてるけど。漢字は読めないってことだろうか。
そして変なマークは確かについてる。木みたいなシンボル。何コレ?
お姉さん達が「どういうこと?」と首を傾げている間、僕のステータスにはさらに追加で文字が現れてゆく。
体力値:S
筋力値:A
魔力値:D
知力値:C
耐久値:A
素早さ:A
オー。
見事な脳筋ステータス。
微妙に頭が悪いって言われてる気がする。
確かに勉強は平々凡々だったけどさ。
ここから先はどうもジェニファーさんには見えない様子。
さっき言ってたもんね。受付嬢は名前とクラス、あとは種族と所属くらいしか見えないって。
ここのところだけ個人情報だからなのかな?
リテラシーがしっかりしているのかガバガバなのか。
まあいいや。考えるとお腹空く。
最後に【スキル欄】と書かれた項目がサラサラ~っと書かれはじめる。
ここがキモだ。
僕のデタラメな強さ、絶対にチートだもの。
どんなものだろう。
実はもっと使い方があるとか。
期待して待っていると――
スキル:【わがままボディ】
クラス:エキゾチック
能力:体型を維持する代わりに、己の理想的な力を得る
いやいや。
いやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいや!
何コレ。
何 コ レ !?
わがままボディ?
体型を維持していれば、強い?
嫌がらせかよぉぉぉちくしょおおおおおお!
「ガッデム!」
あんまりにもふざけたスキルに、つい大声を出してしまった。
周りがビクッと驚いて出張所内が静かになった。
「勇士!?」
「あ、いや何でも! 何でも無い! です! スキルに変なの書かれてただけ!」
「スキルですか……いや何、詮索はしませんとも。能力やスキルを気軽に聞くのは、どの種族でもタブーです。でも相当なモノが書かれているのはわかります」
「俺ァ勇者とか貴族が持ってるエキゾチックスキルって言われても信じるぜ」
「ワシもだ。きっと能力も昔の勇者並みにAだらけなんだろうさ。ジェニファーの嬢ちゃんよ、せっかくだから冒険者登録してもらえ。一生モンの仕事になるぞ?」
冒険者ギルドの登録はまあいいとして。
……これ勇者級のスキルなの?
正直に言えば、そりゃチート能力はありがたい。
能力的に僕の理想を叶えてくれるのだから。
ぶっ飛んだ能力値もスキルからなんだろう。
さっきジェイクさんが耐久値C+でドヤ顔してたし、勇者でもAとかならこの体力値Sとか相当なモノだと思う。
これがシミュレーションゲームなら絶対肉壁として配置されるユニットだよね。誰が肉だ。
まあでも、この力は黙っておこう。
こんなのバレたら絶対にヤバい。
僕は確かに武術家になりたいとか、悪漢を一人で蹴散らしたいとかそういう欲はある。
認める。
ああ認めるとも!
ホントは勧善懲悪モノのヒーローになってチヤホヤされたい!
サブキャラじゃなくてメインキャラになりたい!
ついでに女の子にもモテたら尚良し!
尚良しッッッ!!
でも。
だからといって、世界を命運をかけた戦いなんてまっぴらごめんだ。
よくよく考えてみて欲しい。
コボルトですら大きい方を漏らしそうになった僕に、ドラゴン退治とか魔王退治とかそういうの出来ると思う?
無理だ。
泣く。
大も小も垂れ流して、人目もはばからずギャン泣きする自信がある。
力を得たとしても、僕はただの高校生なんだよ?
期待してくれる王様も引く。
勇者様とか言ってくれるだろう王女様の顔も引きつる。
いくら武術の心得があったとしても、ドラゴンの炎とか魔王の大魔法とかに勝てるはずがない。
そんな事したら伝説の聖剣とか勇者に失礼じゃないか。
それはそうと……改めて何このスキル。名前もそうだけどふざけてんの?
デブをキープしてる限り強い?
……ハハーンわかった。
是が非でもお前にハーレムは作らせないってことだな!
ガッデム!
……はあ。
なんか怒ったり動いたりして疲れてきた。
お腹空いたなぁ。
「あのぉ」
「はい!?」
ジェニファーさんが何故かうわずった声になっていた。
手に持っていたのは僕が渡した魔物石。
何やらソロバンのようなものを出してワナワナ震えている。
「ちょっとお腹すいちゃって。その魔物石って換金できますか? ご飯食べたくて」
「ご飯ですか……あ、換金はできますけど! その、これ結構いいお金になりそうで。ウチの金庫にあるかどうか」
ジェニファーさんがかなりソワソワしている。
彼女が書いている羊皮紙を覗いた冒険者たちも、若干引いた顔をしていた。
そんなに高価になるのかそれ。
まあここATMがあるわけじゃないから仕方ないよね。
「ただ担保として預からせて頂けるなら後払いでも大丈夫です。皆そうやってギルド関係の費用は月末決算していますから。逆にその時以外はあまり現金置いてないんです……」
そうなのか。
防犯上のため?
危険な仕事だから最初に担保を置く?
まあ、そんな感じなんだろうな。
「ただ、それには冒険者登録が必要ですけど……」
「登録って誰でもできます?」
「試験が必要ですけど、もうケント様には実績があるので問題ないですよ」
綺麗な年上の女性に「様」つけられて、なんかビビッと背中に来た。
いつも女性には豚を見る目で睨まれていたからなんか嬉しい。
顔がニヨニヨする前に、ほっぺたを押さえて手を振る。
「様はやめて下さい。君でいいです」
「じゃ、じゃあケント君。この登録用紙に書いて頂ければ、もう君は冒険者、です……」
歯切れが悪いのがちょっと気にかかるけど、まあいいや。
僕は受け取った羊皮紙に羽根ペンでなんとか名前を書くと、羊皮紙が突然光った。
にわかに現れたのは僕自身のステータス画面。
光る羊皮紙から出てきた魔法陣が、僕のステータスにぺたーっとくっつくかと思ったら、ちゃんと所属が高校名から『冒険者ギルド所属:ランクC』というものに変わった。
気軽に母校の名前捨てちゃったけどいいのだろうか。
まあでも戻れる保証も無いし、背に腹はかえられない。これで良しとしよう。
「ケント……君。君はもうBランクをソロ討伐したっていう途方もない実績があります。本当はもっと上でもいいと思うんですけど、規定上Bランクより上はギルドマスターの推薦と中央ギルドの承認が必要なの。ごめんなさい、これが私の精一杯です」
「いいです。僕そういうのこだわりませんし」
むしろつけられるとそれこそ危険な仕事やらされそう。
いまいちランクBがどれくらいなのかわからないけど、いいや。
これでやっと飯にありつけると思ったら、またしても冒険者がざわつきはじめる。
「ランクに興味がない!? 聖人君子かよ」
「実績にあるのにC止まりでいいとか。謙虚にも程がある」
「どんなモン食ったらそんな器になれるんだよ」
大体自分の作った料理と、寝ながら食べていたポテチ。
そして夜食に欠かさなかったアイスクリームでできていますよ。
皆の反応を見るに、やっぱりこの世界は良くも悪くも実力主義なんだなぁ。
僕のいた日本だったらこうはいかないのにな。
ジェイクさん達なんて「やっぱり俺たちの大将だ! 器がちげえや!」とやっぱり子分ムーヴをかましている。
いつからお前らの大将になったんだよ、とは言えなかった。
いいやもう。言わせておこう。ちょっと気分がいいし。
「あの。登録終わって早速ですけど、ご飯お願いします。僕、お腹空いちゃって……」
「あ、はい!? ご飯ですね!? えっと、そのー」
またもやジェニファーさんの歯切れの悪い返答が来る。
大分目が泳いでいるけど、いったいどうしたんだろう?
すると周囲も「ああ、そういえば」とか「酒とつまみばっかりで忘れてた」とか言ってる。
やがてジェニファーさんは白状するかのように、ため息交じりでこう言った。
「……すみません。お酒のおつまみは提供できるんですけど……今、料理人がいなくて……」