第08話 僕は褒められた経験が少ない
「ここがサーラの村のギルド出張所でさ!」
ギリギリ助かったマッチョが、僕にヘコヘコしている。
そういうの、何だかこっちが悲しくなってくるので止めて欲しい。
力を示したからだろうか、衛兵達もマッチョ一行も僕を信じて、認めてくれた。
……認めてくれたというより、本気でビビっているというのが正しいかも。
マッチョの戦士なんかは、エルフのイケメンに妙な薬で治療してもらうやいなやバッと跳ね起きて「お見それしましたッ」と平伏していた。
変わり身早すぎないですかね。
この世界ではそういうものなのかな?
とりあえず「やりすぎてごめんなさい」と謝ると、マッチョはとんでもないと手を振って、
「大丈夫です! これでも耐久力C+が自慢です!」
と歯を輝かせて笑っていた。
なんだその耐久力C+って。
ゲームのステータスか何かか。
ここでドヤァみたいな顔とか、「解ればいいんだよ」みたいな顔ができればいいんだけれど……大人に気を使われるのは慣れない。
僕だけ気まずい感じになりながら、やってきたのは街道沿いの大きな建物だった。
鉄の円盾のような看板。中央に大木が描かれていて、その下には見慣れぬ文字が彫られている。
――冒険者ギルド総合出張所『世界樹の麓』。
世界樹……って、あの大きな樹の事なのかな?
あれからずーっと見えないけど、もしかして伝説のなんちゃらみたいな存在なんだろうか。
僕が異世界転生したのも、あの樹のせいなのかな、なんて思ったり。
もう一度辿り着けば元の世界に……なんて思ったけど、もう見えなくなってるしなぁ……。
それはそうと。
なんだか変な感覚だ。
中学からずーっと習っていた英語すら読めないのに、それに似た――けど全く違う何かのような文字を、僕は理解出来て、読むことができる。
というか、そもそも彼らと意思疎通できているのが不思議でならない。
みんな絶対日本人じゃないじゃん。
なんで日本語通じるんだよ!
「さぁどうぞ勇士。皆歓迎しますよ」
エルフのイケメンがエスコートしてドアを開いてくれた。
幼馴染み以外のイケメン優しくされるのも慣れないというか、ちょっとドキッとする。
ああ、女の子がときめくってこういう事なんだろうなーと今理解してしまった。
ギルド出張所の中は役所のような場所なのかな、と思いきや中は酒場だった。
四、五人くらい掛けられるラウンドテーブルがいっぱいあって、マッチョ戦士たちのご同類達が仲間と共に座っている。
その中には若い女の人もいる……けど皆目つきが鋭い。こわい。
そうかと思いきや、今さっき魔法学校を卒業してきましたみたいな初々しい女魔術師さん(?)もいる。
とにかく年齢も人種? 種族? も様々。
本当に異世界転生したんだなぁと、今更になって実感が湧いてきた。
「おらクソ冒険者共! 道を開けろ! 英雄のお通りだぞ!」
ドワーフのオヤジがシッシと冒険者達を追っ払っていく。
やめてそういうの。
ホントに苦手。
頼むから僕をセンターに置かないでくれ。
こちとら生まれ出て十七年、ずーっとサブキャラに徹してたんだから。
ああほら、そこの眼帯のツルツル頭めっちゃ睨んでるし!
そうやって冒険者達を押しのけてカウンターに来ると、そこに座っていたのは女性だった。
メイド服なのか、スーツジャケットなのか。
あるいはその両方を混ぜたような制服を着た美人。
糸目でゆるふわセミロングが特徴的なお姉さんだ。
多分ギルドの受付嬢とかそんな感じなんだろうな。
今はやる事がないのか、カウンターに座ってクッキーをポリポリしていた。
この世界、クッキーあるのか。
そういえばお腹すいたな……。
「あらジェイクさん達。緊急呼び出しはどうでした?」
ジェイクと呼ばれたマッチョはそれどころじゃないと手を振る。
「とんでもないお方が現れたぞ。この人だ」
ジェイクさんが興奮した様子で僕を紹介する。
ほら、勢いでやるもんだからお姉さんキョトーンとしてるじゃないか!
「えっと。オークの子供……ですかね?」
「違う違う! 武術家だよ武術家! 本物のレアクラス持ちだよ!」
え、武術家ってレアクラスなの?
ジェイクさんがそう言って、背後のエルフとドワーフがドヤァという顔をする。
何その子分ムーヴ。
僕、弟子とったつもり無いんだけど。
そしてレアクラスと聞いて、周囲の人達もわらわらと集まってきた。
「ええ……ごめんなさい、そうはとても」
「ところがだ。ほら」
ジェイクさんがひしゃげた胸当てと、胸にできたアザを見せる。
すると受付嬢のお姉さんも、見ていた周囲も驚いた顔になった。
「この俺様が一発でやられた。本物だ。ドワーフお手製の胸当て越しにだぞ?」
「嘘ぉ!? ジェイクさんCクラスの冒険者ですよぉ!?」
「嘘じゃあねえ。それどころかこのお方、コボルトの長を倒したらしい!」
にわかに騒がしくなるギルド出張所。
僕はエルフのイケメンに「さあ勇士、貴方の誉れを」と言われ、おずおずと魔物石を取り出してカウンターに置く。
それを見るやいなや、受付嬢のお姉さんはすぐさま魔法のようなものを展開していた。
うおすげえ。
魔法だ!
魔法陣だ!
空中に現れた手のひら大の魔法陣。
まるでネオンで出来たような円は真ん中にビッシリと文字を浮かび上がらせて、くるくると回りながら魔物石を通過してゆく。
「本物……!? 嘘! 間違いない、コボルトの長のモノですよ!」
「やっぱりな!」
いやいや。マッチョさん。いやジェイクさん。
さっきまでアンタめっちゃ疑ってたじゃないか。
調子いいなもう!
「勇士殿。そういえばまだお名前を聞いておりませんでした。是非とも教えていただきたい。私はアインツ。そこの筋肉ダルマはジェイク。ヒゲの塊はドワーフはジンです」
ジンさんだけ雑じゃないか。
つっこむ前に、エルフのイケメンが膝を折って頭を垂れていた。
ジェイクさんもジンさんも慌てて頭を垂れている。
だからそういうのやめてって!
「おいマジか。エルフ族が頭下げるとか初めて見たぞ」
「ここら一番のジェイクが子分みたいに。あのオーク一体なんなんだ?」
「ハイ・オークか? しかし目は赤くない。魔に魅入られていない?」
また出たハイ・オーク。みんな親の仇みたいに言うけど何者なんだろう。そいつ。
そんなことをしているうちに、周りも僕に注目し始めた。
……どうしよう。
目が覚めたら森にいましたとか言っても信じてくれなさそう。
というか三人ともめっちゃ期待した目で見てくる。
どうやって説明しようかと頭をフル回転させた時――
ふと、名案が浮かんだ。
「僕の名前はケント。姓をタカクラって言います。でも僕、それ以外の記憶が無くて」
どうだ。
記憶喪失って言えばなんかいい感じだろう!
そう言うとジェイクさん達は「マジか」と目を丸くしている。いい反応だ。
これで保護対象としての名目は立ったはず。
流れがよければここから王都に~とか、人の多いところに連れて行かれるかもしれない。
そうしたらこの世界での身の振り方ももう少し幅が利くというモノだ。
僕って頭いい!
……と、思っていた時期も僕にはありました。
中々世の中はうまくいかないものだ。
何故なら彼らの次の手は、僕の予想の斜め上のものだったからだ。
「嬢ちゃん、ケントってお方の冒険者いるか?」
「今見てますけど……いない……Bクラスをソロ討伐できる武術家なんて……」
いつの間に次の魔法を展開したのだろうか。
お姉さんは虚空にシステムウィンドウのような透明な板を浮かべていた。
何その魔法。
まるでネット検索みたいじゃないか。
「ケント殿。ステータスを拝見しても?」
「すてぇたすぅ!?」
エルフのイケメン、アインツの言葉に仰天する。
そりゃ驚くだろう。
ステータスだなんて。
まんまゲームじゃないか。
目をぱちくりしていると、イケメンの顔が青くなっていた。
「これは重症だ。ステータスさえ忘れるなど。そのボロボロのローブを見るに、余程の強者と戦ったに違いない」
いや僕のコートだけど、衛兵達が弓かけたせいだからね?
と、言うとややこしくなりそうなので黙った。
ハイソーデース。
強イノト戦イマシター。
頭打チマシター。
「この坊主……いやこの旦那は素手でコボルトの長を倒したんだぞ? もしかしたら『世界樹の森』で不死者の王とか、荒れ狂う精霊とかと戦ってたんじゃあねえか」
「ありうるぜ。失礼働いたこの俺に、ギリギリで命を残してくれたぐらいだ。コボルトの長なんか屁でもねえヤツと戦ってたんだろうぜ」
いい加減にしろおおおお!
勝手に株上げないで!
僕を褒め散らかしてどうするつもりだよおおおお!!!!
記憶喪失の武術家。
カッコイイ感じで誤魔化したら検索能力が高かったでござる。
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