第07話 一撃必殺と見せかけマッチョ
こちとら遭難者なんだぞ!?
なんでよってたかって武装した大人に囲まれて、笑われたり疑われたりしなきゃいけないの?
あまりにもイライラしたのか逆に僕の頭が冴え渡り、戦いの妄想を描く。
妄想上の僕は呼吸を整えると、左腕を右脇から払うようにして、マッチョの手首を打つ。
剣を握る手を強かに打たれたマッチョは、手を離さずとも驚くだろう。
その虚をついて、腰を深く落とした後に、渾身の力で中段突きを放つ。
筋肉の装甲があっても水月、つまり鳩尾への衝撃はいなせない。多分苦しむはずだ。
くの字に折れたその顔に、腰を切った左のエルボーをこめかみに叩きこむ。
マッチョを押し退ける先は衛兵達。このデカい図体が盾になる。
その隙に、左に立っていたエルフの弓を左手の拳槌で払って、拳を引く反動で右の掌底を顔面に打つ。
掌底は軽くてもいい。
怯ませるだけだから。
本命は膝蹴り。
仰け反ったエルフを引っ張り、お腹へ一撃だ。
下がりながらフロントチョークで首を絞め、彼の腕を極める。
そして右にいるドワーフ。
さっき斧を高く掲げようとしたのをチラッと見た。
多分そこから斧をまっすぐ立てたトンボの構えとか、八相の構えみたいになるのだと思う。
ああいう構えを取られるのは厄介。
踏み込まれてバッサリいくのは速い。
この出来事に正気を取り戻す前に、右足の足刀でヒゲの奥、喉への横蹴りを放つ。
エルフはその間、脱出しようとナイフかなんかを出すはずだ。
だから首を絞めながら、親指でしっかりと動脈を押さえて行動を封じる。
決め台詞はこうだ。
「動くな。お前の命はこの僕が握っているーー」
――妄想終了。
この先は、僕のターンだ。
「……い」
「い?」
「いいんですね、証明して」
僕がおずおずと聞くと、マッチョ戦士は「できんならやってみろ」と半笑い。
エルフのイケメンを見ると「やめとけ」と顔を振る。
ドワーフのオヤジに至っては目を輝かせてやんの!
衛兵達は何を馬鹿なと半笑いもいれば、ビビって少し下がっている奴らもいる。
こいつらはやっぱり数に入らない。
予想通り、三人を抑えれば問題が無い。
「ホントにホント?」
「いいっていってんだろ」
「怪我しても責任とりませんよ?」
「舐めてんのか! 勿体ぶってるとたたっ斬るぞ!」
そこまで言うなら、やってやるからな!
まずは!
パァン!
マッチョの手首を払った。
「いぎっ!」
マッチョが怯んだ。
めっちゃ痛そうに仰け反って下がってる。
この行動は予想外。
その筋肉は見掛け倒しかよ!
このままだと拳が届かない。
仕方が無いので、予定より大きく足を踏み込む。
それでも届くかどうか。
僕はダメ押しとばかりに、踏み込んだ足の踵をギュッとブレーキをかけるようにスライド。
その反動で腰を回して、伸ばす拳の打点をより遠くへ。
……これはパンチと言うより、拳を突き出した体当たりかも。
でもいい。
伸ばしたお陰で、拳がマッチョに触れた。
けれど拳が運悪く胸当てに当たっている。
構わない。
そのまま体重をかけるように――体ごとブチ当たるつもりで!
ドゴォ!
いいのが入った!
プレート越しでもダメージが――
「うっぎゃあああああああああ!」
「へ?」
予定ではマッチョがくの字に折れて顎を突き出し、そこにエルボーを当てようとしたのだけれども……僕の肘はスカーンと空ぶることになる。
マッチョは僕の拳の衝撃で、くの字に折れたまま吹っ飛んでしまった。
何度かバウンドしてゴロゴロと転がる。
……五、六メートルは飛んだな、今。
マッチョはうつ伏せになって腹を押さえ、うめき声をあげていた。
「ば、馬鹿な。防具越しになんて威力……おうぇええ!」
うわ、ばっちい。
マッチョがバシャーッとゲロ吐いた。
腹の中のものを全部出し切ると、マッチョ戦士は僕に怯えたような目を向けて……そのままビターンとゲロの中に突っ伏して、動かなくなった。
拳を突き出したまま、僕はポカーンとしてしまう。
体ごと当たるだなんて、苦肉の策のようなものだったのに。
それでも僕より一回りも二回りも大きい男が人形のように吹っ飛ぶ不思議。
僕の体……一体どうなってるんだ?
横を見てみるとエルフのイケメンもドワーフのオヤジも、そして衛兵達もビックリしすぎて、顎が外れんばかりにあんぐりと口を開いている。
皆一様にマッチョを指差して「やり過ぎだ!」と声なき叫び声をあげていた。
「お、おいコイツの足……!」
衛兵の一人が、震えながら僕の足の下を指差していた。
何の事だと思ったら、僕の足のところにクレーターができていた。
ウッソだろおい。
ドラゴンのボールを集めるヤツじゃ無いんだぞ。
でもこの踏み抜き具合。
思い出す、僕の体の流れ。
僕は知っている。
それもまた、武術だ。
「これ、震脚だ……」
震脚。
それは中国武術、特に八極拳で有名な技術。
効果としては強く踏みしめることで体重増加を図り、打撃の威力をアップさせるというもの。
体重増加っていう所については厳密には擬似的なものだとか、踏み込んだときの大地に対する反力が~とか、物理屋さんなら慣性がモーメントがと色々あるけれど、それはさておいてだ。
正しい姿勢要領と動作から、体重移動とか重心移動とか、大地の反力とかを攻撃力に転化する力を『整勁』と言うらしい。八極拳などの一撃が重い拳法はこれを重視する……って動画で言ってた。
色々な説があって、その分だけ動画も書籍もあって、何が正解なのかサッパリだけれど……僕的には踏み込んだ地面の反発力を、体重移動と共に力を合算して全部打撃の威力に乗せる事なのかな、と思っている。
だとするならば、僕の拳は震脚の力で爆発的なバフがかかっていたはず。
鎧越しでああだ。
もしマッチョの胸当てに当たらなかったら……
彼、死んでいたかも。
あっぶねー!
とはいえ、これで力を証明出来たはず!
さあここでビシッと言うんだ高倉健人!
もう武術家って名乗っちゃったからね!
「これで解りました? 僕は迷子の武術家なんですって!」
シーン、と。
辺りが静まった。
まるでお笑い芸人がネタで滑ったような感じで。
うーんダメだ。
迷子の武術家って。
言った後で恥ずかしくなった。
もうちょっとこう威厳があるように言えば、皆恐れ多いみたいな反応を――
「「「すいませんでしたああああ!」」」
……前言撤回。
皆武器を捨てて、へへーと平伏してくれた。
そういやこれ、コボルト達もやってたっけ。
この世界でも土下座めいたモノがあるんだなーと感動してしまった。
DOGEZAは異世界共通。たぶん。
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