第67話 ワン・インチの妙。ケント流格闘術の開闢
ひたり、と。
僕は右の軽く開いた掌を、ファビオの胸先一寸に添えた。
ここはお互いの息すら感じる超至近距離。
僕の胸ぐらを掴み上げるなら、自然とこの位置に来る。
ほら、ビビって手を離した。
何かヤバいと顔が引き攣った。
今更気づいても、もう遅い!
「貴様ァアアアアア!!」
「ぬあああああああああああ!!」
ダメ押しの震脚。
踏み鳴らすのではなく、体の回転に合わせてギュッと足を内側へ踏み締める。
回転と共に、足から伸び上がる大地の反力を移動させる。
僕のふくよかな体が伝導体となって、体重も合わさり僕の右手に合流する!
「くらええええええ! これが寸勁の先の技! 浸透勁だあああああああ!」
まるで気を掴むような掌が、べチャリと鎧に当たる。
体から移動してきた衝撃が、その間わずか三センチの間に爆発的に膨張する!
ドォォォォォォォォン!!
衝撃が内部に入り込んだ感覚と、聞いたこともないような音。
目の前で爆弾でも爆発したようなそれは、僕の手のひらから発せられた。
ファビオが白目を剥いて、少し浮いて僅かにのけぞる。
その背中から衝撃の一部が抜けて、背後の地面の砂がバシャシャ! と跳ね上がった。
ファビオはそのまま二本、三歩と後ずさると、崩れるように膝をついた。
「ガハッ……貴様、何を!」
「はは、上手くいった。胸、みてみなよ」
指差した先は奴の胸。
アレだけ殴って蹴ってもビクともしなかった鎧が、いきなりピシピシと音を立ててヒビが入っていく。
次第にボロボロと崩れ始めて、胸の真っ赤な石が戦慄くように明滅。
「ば、馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な! う、内側の核が――」
ビキィ!
決定的な音がした。
鎧の断末魔と言えばいいのか。
ファビオの胸の真っ赤な石が真っ二つに割れると、ビルの解体崩落が如く『デモンズメイル』が崩れてゆく。
「く、崩れる。崩れて……ま、マズい! 触媒たる魔力が……がああああああああ!」
ファビオがいきなり顔をかきむしり、苦悶の表情を上げ始める。
彼の体から何かが噴き出す。それは髑髏を象った魔力の塊だ。
「ぎゃあああああああああああああ!」
絶叫。
しばらく苦しそうにうめいた後、完全にバラバラになった鎧の残骸に突っ伏すようにしてファビオは倒れた。もうピクリとも動かない。
「があああああ!!」
「うあああああああ!!」
背後から悲鳴がする。
見てみると、儀典局の兵士たちも同じように苦悶の声をあげていた。
彼らもまた顔をかきむしると、口からぼわりと出てくるのは髑髏状の魔力。
ただその髑髏達、何だか恍惚というか、「んほおおおお」みたいな幸せそうな顔してるんだけど何故だろう?
「何これ? 気持ちわる!」
「これは魅力魔法の一種ですね」
ノアが剣を納刀してこちらに来ていた。
もう終わり、ということなのだろうか。
「魅力魔法!? これが!?」
「ようやく理解しました。儀典局が何故ああも命を投げ捨てたのか。恐らくはファビオの魔力を媒介に、過度な『愛』を向けさせられていたのでしょう」
「気持ち悪ィな。つまりこの連中、あのオッサンに身も心も奪われてたってことか」
「魅力魔法はどの国でも禁止されています。抗えない愛とカリスマ。それは人間を容易に縛り、扇動し、時には戦争すら是とさせるもの。私の宝物庫にも、これらを冗長させるマジックアイテムがあります」
お、おっかねえ。
ファビオのおっさんのためなら死ねる状態とか勘弁したい。
そういや思い出したな。
最初にこいつに出会う少し前、サキュバスのお姉さんに魅力魔法をかけられた。
モカはそれを「禁止されている」って言ってたけどなるほど、こういうことなのか。
やっぱりここは剣と魔法の世界なんだと実感する。
何事も使い方を間違えて悪用すれば、炉端の娼婦がやる魔法でもとんでもない事ができるんだ。
「しかし普通の魔法とは違う呪詛に近いもの。恐らくはハイ・オークに仕込まれたものなのでしょう。それも、術者の魔力を前借りする類。危険な橋を渡ってまで、理想を成し遂げたかったということですか」
「ええと……つまりこの魔法、強力だけどオッサンって担保がなくなったら総崩れってこと?」
「その通り。そういう術式はすべからく禁呪です。知るだけで国外追放もの。これだけでも、ダラス家はおしまいでしょう」
「ケッ、こんなクソ野郎にはお似合いの末路だぜ。そもこんな鎧着て強くなって、何が面白いんだ」
ギルが倒れたファビオのそばで、砕けた鎧をまじまじと見ている。
胸にあった赤い石の奥には確かに、小さなコアのようなものがあった。
半分に割れているけど、形が勾玉……というより胎児みたいだ。
こわ。
デザインの趣味悪すぎない?
「――先生、さっきのは何だ。衝撃が中に入って背中から抜けたぞ」
「これは浸透勁の一つ。簡単に言えば、当てた場所の内部を破壊する技だよ」
一般的に発勁と一括りにされている、中国武術特有の武術体系の基礎。
その中にもいろいろな種類があって、聞いただけだと本当にできるのか、そもそも術理が西洋科学の考えだとオカルトに近いものがある。
この浸透勁もその一つ。
鎧や服、筋肉の内側の内臓に作用してダメージを与えるというものだ。
似たようなもので、日本の古武術では『鎧通し』なんて技術もある。
流石の武術オタクの僕も、これについては眉唾だと思っていた。
衝撃を内部に残すとか通すとかよくわからない。
何故かって言えば世の中にはエネルギー保存則があって、その上物体には反発する力があるんだから。
それでも無理やり物理法則に当てはめた説明をするのならば、そう。
この打撃は、完全非弾性衝突に似た何か。
例えばスーパーボールを壁に投げつけたら、僅かな衝撃が壁に散り、ほぼそのままの力で跳ね返ってくる。
ならば粘土の塊をぶつけた時はどうか。
ベチャッとくっついて反発せず、その威力だけが壁の奥へ浸透、やがて散る。
今僕がやったのがそれ。
ついでに言えば、絶対に当たるようにとワン・インチ・パンチの間合いでやったということ。
掌を軽く握って、衝突の瞬間べチャリと鎧に引っ付いたのはそのイメージ。
震脚ができたんだ。わずかな間合いの威力の増大を、浸透勁として模ればと思っただけ。
そもそも掌底で打つと誰でもそんな感じのダメージが残るから、理論上はできると思った。
全部は妄想。
全部が理論立て。
その全てが理想の果ての夢。
武を目指す誰もが思い思いに作り上げて、研鑽して、実践しようとしたロマン。
僕はこの異世界でこのチートを使って、その場のアドリブがたまたまガッチリはまって、できるという確信でゴリ押しして実現させた。
もうこれはオリジナルって言っていいよね?
実証済みなんだから、ちゃんと名付けてあげないと。
「名付けてケント流格闘術奥義――『魔鎧通し』と言うべきかな」
厨二病臭いとか、まんまじゃないかと言われたら素直に頷く。
でも武術家を目指したなら、必殺技の一つや二つ考えるよね?
「『魔鎧通し』――か。おい先生、俺もそれできるか?」
「さあ……まずは発勁とかの考え方から――!?」
そう言ってフッと膝が抜けた。
デン、と尻餅をついてその場に座ってしまう。
手と足がプルプル震えている。
「あは、あははは。腰抜けちゃった。二人とも肩貸して」
「はぁ? そのくらい自分で――」
「それなら私が……んぅ!?」
肩を掴んだノアが、立ちあがろうとした瞬間顔を赤らめてプルプルしていた。
ごめん、僕めっちゃ重いんだ。
映画のワンシーンならこれで締まるのになぁ。
「チッ。これも貸しだからな」
そう言って肩貸してくれるから優しいんだなコイツ。このツンデレめ。
大剣使ってるから力持ちのようで、僕のこともヒョイと……持ってないね。顔真っ赤。痩せ我慢だ。
「キュウウウウウン……」
何だか物悲しい声が聞こえてきた。
見てみると――ああ、クリーピーちゃんだ。
さっきは穴だらけになってギョッとしたけど、もうなんか傷口が塞がってる。
クリーピーちゃんはのっしのっし歩いてくると、僕の頬をベローンと舐めた。
チリチリ、パチパチと折れた角から放電してる。
けど戦った時みたいなアレとは違って、なんだか線香花火みたいで可愛い光だ。
「サンダードラゴンの幼体……可哀想に。親元から離れては、自然では生きてはいけないでしょう」
「このままだとどうなるの?」
「保護してくれる機関はあります。ですが、人間を信じていないとなると――残念ながら」
まあ、そうだろうなぁ。
処分とは、彼女の口から言えないだろうな。
でもクリーピーちゃん、僕には懐いているようだ。
なら僕の監督下にいれば大丈夫かな。
「他に行くところないなら、ついてくる?」
そういうと流石はドラゴン、幼竜とはいえ言葉が通じたのか喜びの声をあげていた。
またベローンと舐められるけど、これっきりにしてほしい。
エリクサー並みに臭いよ、クリーピーちゃん。
「ドラゴンもたらし込むのかよ先生。世話どうすんだ?」
「何とかなるだろうし、今更じゃない? 君たちギルドメンバーもドラゴンみたいなもんだよ」
そう言うとギルは何も言い返せないようで肩をすくめていた。
ノアにもウケたようで口に手を当てて笑ってる。
彼女の素直な笑み、もしかして初めて見たかな?
――ああ。
なんか全部終わったと思ったらお腹が空いてきた。
帰ったら、今日はどんな献立にしようか。
みんな頑張ったから、うんとカロリーのある料理を作ってあげようかな。
次回、最終回。同日更新予定。
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