第63話 武術で死人は倒せない
味方が死んだというのに、それでも背後の兵士達は動揺する素振りを見せなかった。
明らかにおかしい。
狂信だとしても限度はある。
アイツは理想を掲げてはいるけど、あくまで国を取るというだけで彼らの救いだの何だのは言ってなかった。
よくよくみると、彼らの目が変だ。
兜の奥から感じる視線に精気が無い。
人は剣を持ったり槍を持ったり、武装したら絶対に昂ぶる。
なのに、それがない。
亡霊、いやゾンビ。
あるいはマリオネットのようだ。
まさかこれ、ハイ・オークが関係しているのか?
魔法だの何だので操られているとか?
「彼らは憂国の騎士。私に全てを捧げて奉じる本物の騎士達だ。彼らがいる限りこの鎧は朽ちることはない!」
背中に冷や汗が流れた。
僕は何を目の前にしているのか。
こんな人間が本当にいるのか。
こんな人間が本当にいていいのか。
人間をエネルギータンクのように扱うなんて。
――こいつならやる。今ハッキリと理解した。
スラムを焼いて、意に沿わない人間を処刑することくらい平気でやる!
ここで倒さないと家族が危ない!
でもどうやって倒す!?
背後の部下達はまだ沢山いる。
さっきのような烏合の衆じゃない、武装集団だ。
しかもファビオのカリスマか狂信か、それとも魔法なのか――奴ら、命を捨てることに躊躇が無い!
ヤツの着ている『デモンズメイル』もピンピンしている。
僕のチートスキルも効果的とは言えない!
こんな時に、ギルドの面々が脳裏に浮かぶだなんて。
くそ、可愛いアイツらには指一本触れさせないぞ!
何か、何か無いのか。
ポケットに手を入れても食べかけのビスケットのカスと、さっき舐めて咄嗟に仕舞ったエリクサーしかない。
何か無いのかよ僕!
異世界転生者なのに!
「ノア、あの鎧の弱点は無いの!?」
「……ありません」
「そんなぁ!?」
「廃棄する前よりも性能が上がっています。恐らく街で多くの命を啜って強化されているんです」
「なんかないの? ほんの小さな事でいいんだ!」
「強いて言えば胸部装甲の奥に核があります。あの胸元の真っ赤な石の、その裏側。なんとかしてそれを破壊すれば!」
「あの赤い石の裏!? 表面ならまだしも裏なんか無理だよ!」
それは人間は心臓を止めればとか、根本的なことを言ってるようなもの。
引き剥がして裏から割ればいいって言うならそうしたいけど、奴はあの鎧を脱ぎそうにない。
強引に脱がそうにも、アレだけの運動能力に防御力と怪力。
鉄壁の守りのその裏側をどうやって破壊する!?
ノアの剣を突き立てたとしても、鎧に阻まれる。
迫り来る兵士たちの武器を使っても、あの硬さでは止められてしまう!
武術は――
――武術的には、手段が無いというわけではない。
でも無理だ。
脳裏に描いた技は、あっちの世界でもオカルトに足を突っ込んでいた。
そもそもの話。
この技を放って、確実に仕留めるには。
僕はあの鎧に思いっきり肉薄する必要がある!
「貴様との喧嘩ごっこも飽きた。さあ勇士達! 今こそ忠義を見せる時だ!」
ファビオの背後から「応!」という声。
すると今まで壁のような存在だった彼らが、剣を抜き、隊列を組んでにじり寄ってきた。
「ここまでしといて人に頼るのかよ! 正々堂々かかってこい!」
「何を勘違いしている。彼らは私。私の血肉。つまり全にして個だ。安心しろ、そのうちカーラもスラムの人間達も同じ場所に送ってやる!」
モノは言いようだなコノヤロウ!
けど、シャレにならない事態だ。
あの儀典局の連中はハッ倒しても痛みすら感じない可能性がある。
人のノックバックも計算に入っている武術では死すら感じない人間は倒せない!
「くそ。ノア! 逃げよう! 仕切り直しだ! ギルドの皆で対抗しないと!」
「ダメです!」
「なんで!?」
「……どうやら囲まれているようです」
うっそだろと思って見てみると、なんと背後にも儀典局の兵士がいた。
もしかして僕がやり合っている時に回り込んだのか。
「さあどうする異世界転生者! お前は逃げられるだろう。だがプレストン卿はどうかな? どんな剣の達人も数には無力。護りながら戦うにも限度があるだろう!」
「このゲス野郎! 地獄に落ちやがれ!」
「地獄に落ちるのは負けた者だ。この世は貧しきものが飢え、弱き者が肉となり、強き者だけが栄華を誇ることができる! これからが私の時代! いっぺんの曇りなき、美しい国の始まりだ!」
高笑いが闘技場にこだましている。
もうその姿は魔王と言っても差し支えがない。
――妄想による未来予想図は、全て失敗を示していた。
どう考えても、このままでは絶対にノアが死ぬ。
僕が何人引きつけようと、数人の剣と槍で横から後ろから突かれて殺される。
それを守ろうとしたら、奴らは身を挺して僕を羽交い締め。
僕が仮に掴んできた彼らの首をへし折ろうと、味方の死も、自分の死も構わずどんどん覆い被さってくる。
その後はファビオが飛びかかってくる。
制限時間はもうない。
兵士の壁はどんどん迫ってくる!
一対一だけを考えている僕が甘かった。
戦いはそれだけじゃないんだ。
烏合の衆や路上裏のケンカで何人かに囲まれても別にそれは問題無い。
何故ならフットワークで一対一に持ち込めるからだ。
だけど今、僕が相手にしてるのは陣形だ。
しかも一人一人痛みも感じずに、穴が空いたら即座に補填する生き物のようなものだ。
くそ。
くそくそくそ!
あいつ、僕の弱点を徹底的に考え抜いたな!
絶対に家族には、ノアには指一本触れさせないぞ。させてたまるか!
なら僕が死ぬ気で、死に物狂いで活路を開くしかない。
ノアだけは絶対に生かす。
でも、その覚悟だけじゃ足りない。
この手に……せめて。せめて頑丈な棒でもあれば。
いや、無い物ねだりは今更だ。
ともすれば、この状況は――僕の命を投げ出すしかない!
「ちっくしょおおおおお! ノア! 僕を置いて――」
「何てツラだ先生。アンタらしくもねえ」
もう腹を括るしか無いと思った、その時だった。
拳を賭するからこそ、彼はケントなのかもしれない。
「面白かった!」「続きが気になる!」「ナイスカロリー!」などありましたら、ブクマや★★★★★などで応援いただけると嬉しいです。