第62話 異世界転生者バレ
ザザザ、と相当な体重の僕がずり下がるほどの威力。
僕は痛みに耐えながら、すぐにガードを解いて前蹴り。
蹴りというよりは足の裏を突き出して、相手を押し出す。
が、その足は虚空を押した。
ファビオも距離を取りたかったのか、バク転して離れていった。
着地した背後には儀典局の兵士達。
後ろは取られないようにと計算して逃げたようだ。
「……ふん、遊びすぎたか」
コキコキと首を鳴らすファビオ。
まだまだ余裕だぜと言わんばかりに笑みを向けてくるけど――僕にはわかる。
表情をいっつも伺っていた僕には、もう武術でいう『観』という域に達している。
上手く隠してはいるけど、さっきと比べて呼吸は荒く、合わせて本当に僅かにではあるんだけど、肩を上げ下げしている。
余裕の笑みはハッタリだ。
僕の武術は確実に奴を追い詰めている!
すぐに飛びかかって――!
「流石はカーラの手先。いや、異世界転生者というべきか」
「うっ」
大地を蹴ろうとして、躊躇した。
ファビオの言葉にちょっとだけ。ほんのちょっぴりだけビビったかも。
なんかSNSのアカウント身バレしたような、そんな感覚。
異世界転生者というのは、カーラさんしか知らない事だ。
僕の存在が露見する前に自分のギルドに匿ってくれたから、本来なら他に知る人間はいないはず。
なら、どうやって知った?
まさか冒険者ギルドにスパイがいるわけでもなし。
いたとしても、それはギルドマスター級。
序列第三位の貴族様ならそのくらい懐柔するのもワケないってこと?
「え……異世界……転生者? えっ!?」
背後でノアが素っ頓狂な声を上げていた。
そういえば彼女にそうだって言ってなかったっけ。
「け、ケント。貴方は異世界転生者なのですか!? 世界樹に呼ばれた英霊!?」
「そんなにビックリする事? カーラさんは何も言ってなかったけど」
「当たり前です! 何故なら、かつて魔王軍との対決にピリオドを打ったのは、他ならぬ異世界転生者だったのですから!」
つまり、僕より前にここに来ていた人もいたってことか。
こんな僕でも凄まじいスキルを貰えるんだ。
戦火の中だったら、異世界転生者は勇者並みの活躍するんだろう。
僕は平和な世の中に来たからなーんの意味もないと思ってたけど……こんな邪悪の塊みたいなのを前にしたなら、呼ばれた意味もなんとなく理解できる。
「オッサン。なんで僕が異世界転生者だって知ってるんだよ」
「フフフ、貴様は知らないだろうが……異世界転生者を憎む者が、この世界には存在する。プレストン卿の言葉で気がつかないか?」
「……まさか、ハイ・オーク? ファビオ=ダラス! 貴方はまさか! ハイ・オークと手を組んだのですか!?」
ノアがわなわなと震える声で叫んでいる。
また出たよハイ・オーク。
でもそれ伝説上の存在じゃなかったの?
――もしかして、ずっと生き残っていて虎視眈々と復讐を狙っていたとか、なのか?
ありえない話じゃない。
例えば僕の世界で言うなら、平氏の落人とかそう。
源平合戦で――それこそ片っ端から源氏に追いやられたはずなのに、逃げ延びて今も普通に先祖がそうだったとかいる。
最終決戦である壇ノ浦の戦いから僕が生きてた時代から……えーとアレは確か一一八四年だから、約八四〇年前。
この世界で人間と魔王と戦っていたのは数百年前。
やべえ。
ファンタジー世界とか思ってて油断した。
このレベルの伝承の生き残りは、当然のようにいる。他人事じゃないんだ。
そういう奴らが――例えるなら名探偵ホームズの宿敵、モリアーティ教授のように。悪人が欲しがる悪事を教える犯罪コンサルタントをしていたとしても、全くもって不思議じゃない。
その見返りにノアの『宝物庫』の一部を譲渡とかだったら最悪だ!
「その通りだプレストン卿。私も最初は疑ったが、その悪魔的な策に膨大な魔力。今では失われた魔術の数々――何より異世界転生者に執着している。小僧、お前が噛んだと知った時は奴ら目を輝かせていたぞ。やはりアレはまさしくハイ・オークだった」
「最悪だ。ファビオ=ダラス。お前は国家転覆のみならず、魔王軍の残党と手を組んだ。そんなにまでして理想を叶えたいのですか!」
「それほどまでに国に蔓延る汚れは深刻だということだ。理想は程遠い。だから手段を選ばない。常に革命とは痛みを伴うものだからな」
「妄想の果てに今度は魔王の手下かよ。アンタいいように利用されてるぞ!」
「甘いな小僧。ハイ・オークと手を組むリスクは承知している。全てが終わったら滅するつもりだ。かつて奴らを滅ぼしたその武具達でな!」
「手を組んだ上で……裏切る気かよ!」
「口に気をつけろ。これは私自身の策。全てが終われば、私は魔王の手先を滅ぼした勇者として語り継がれるだろう!」
邪悪、ここに極まれり。
目的のためには人類の敵とすら手を組み、用済みならば汚名を着せて亡き者にする。
いよいよ悪魔染みてきたファビオの眼は、完全に真っ赤になっていた。
魔に魅入られるとはよく言ったものだ。
あの男もう、モンスターになっている。
「もういい。もう沢山だ。あと一撃でカタをつけるからな!」
「一撃? 舐められたものだな」
「ハッタリかまさなくてもいいよ。アンタが疲れ切ってるってのは知ってる。僕には顔から読める」
「……そうだな。確かにこの『デモンズメイル』は消費が激しい。あれだけ魔法の武器を作り出せば私も腹が減る。だから――」
ファビオがサッと手を挙げると、背後から二人ほど儀典局の騎士が出てきた。
何をするかと思ったら、いきなり首を垂れて膝をつく。
「まさかアンタ!」
「憂国の騎士達よ! そなたらの命を!」
「「御意!」」
――やることは想像できたけど、本当にやるだなんて。
ファビオは彼らの首元に手を当てると、躊躇することなく一気に生命力を吸い取った。
皺だらけの顔がみるみるうちに生気に満ちていく。
代わりに首を垂れていた男達は、そのままガシャっと糸の切れた人形のように倒れた。
実は異世界に来て一番ドキッとしたケント君。垢バレみたいなのは心臓に悪い。
因みに二番目は朝起きたらエステルが天井に張り付いていたこと。先生の寝顔を観察していた、などと供述しておりーー
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