第61話 ケント流の構え
ノアの前に出て、構える。
半身になって、左腕を少し曲げて開いた手を向ける。
右腕は軽く握って、お腹の辺りに沿える。
右足にやや体重をかけて、左前足は二割くらい。
MMAとか、古くはパンクラチオン、レスリングでいう上手構え。
でも微妙に、そのどれでもない。
多分これが僕流の――いわば、ケント流の構えなんだろう。
「無駄なことを。たかだか人の身で『デモンズメイル』を破ることなどできん」
盗んだもの使ってよく言うよ。
ただうまく挑発に乗ってくれたのか、ファビオは部下達を下がらせていた。
両手の拳を突き出し、そこから生まれてきたのは長い槍だった。
なーるほど、ボケてはいるけどちょっとくらい頭が回るみたいだ。
「たかだか素手! 遠間から突かれたら終わりということがわからんか!」
ダッ! とファビオが踏み込んでくる。
僕は止まったままタイミングを見計らう。
やっぱり、お利口な武術だ。
槍の間合いから綺麗に突いてくる。
「死ねッ!」
「お生憎様、死なないよ!」
カッ!
伸び上がってきた槍の口金を、やや上げた左手で払う。
この籠手はミスリルで出来た小手。
魔法の槍だって弾くことができる。
内側に巻き込むように払ったから、後から飛び込んでくるのは無防備なファビオ。
ここでカウンターに、右のクロスを合わせるだけ!
「舐めるな小僧!」
右のクロスカウンターを叩き込もうと、腰を回したその直後。
槍はパッと消えて、代わりにファビオの左手に生み出されたのはダガーナイフだった。
逆手に持ってふり下げるつもりだろうか。
――いや違うな。
この槍の一撃は最初から捨て手だったかもしれない。
軌道から言って……ははあ、なるほど!
右手に刺して、潰すつもりか!
でも、その手は知っている。
ギルが同じようなことをしていた。
だから、構えを変える。
仕切り直しってやつだ。
僕は後ろに少し飛んで、両手両足をついて着地。
大きく股を割って、両手の拳を地面につけるお相撲さんの構えをとる。
――なるほど、力士とはいったもの。
体を全力でぶつけるなら、こうだ。
「――!?」
いるはずの僕が後ろに下がってしまい、左手を虚空に振り下げるファビオ。
地面に足を付けるその時が合図。
「はっけよい!」
両足の力を爆発させる。
低空から砲弾を打ち込むように、体をぶつける。
両腕はグッと伸ばして、向かうのは彼の首元。
ガキィィィィィン!
人間と人間がぶつかったとは思えない音。
鎧と僕の小手がぶつかり、交通事故のような音がする。
全体重を使った諸手突きだ。
「ぐ、うぉおおお!」
くぐもった声がした。
多分胸の奥、肺の辺りにダメージが通ったと思う。
けれど鎧はとにかく頑丈で、ファビオの眼はまだ殺気を灯している。
大きく吹っ飛ぶかと思いきや、ファビオは再び武器を作り出す。
ロングソードだ。
ファビオはガリガリガリ、と闘技場の地面に突き刺す形でブレーキ。
勢いが止まったらクルッと一回転して向き直り、即座に斬り掛かってくる。
「その程度でやられるか!」
サッと両腕を上げて、拳をこめかみくらいに上げる。ムエタイの構えだ。
ファビオが片手で剣を大きく振りかぶり迫ってくる。
これは剣というよりも、スレッジハンマーを叩きつけるような挙動。
攻撃が随分と荒っぽくなった。ここからが本番ということなのだろうか。
ならばこっちも、よりキッツい一撃をぶち込む。
ファビオが今まさに力んだ、その瞬間を狙う。
足の下から膝を抱え込まない、最短距離を狙うムエタイの蹴り。
刈ったのは浮きだった足。
ローキックで相手の膝を狙い、体を崩した。
「うお! この……」
「喋ってていいの? 口噛むよ。そら!」
空中で横倒しになったファビオの手首と首を掴んだ。
もう一つの腕が、僕のを掴む前に――地面に叩きつける!
「おりゃあああああああああ!」
投げというには乱暴な、地面への叩きつけ。
ファビオは勢い余ってほとんど空中に倒立している。
このまま露出した脳天を、杭打ちのように叩きつければ――
一瞬勝利を確信した、その時だった。
ガクンとファビオの落下が止まる。
「うっそ! 片手で地面を!」
「無駄だと行っているのが解らないか?」
警戒していたもう一つの手は僕には伸びず、なんと逆さに真っ直ぐ伸ばして地面を支えていた。
無茶な防ぎ方だけど、これをやって退けたのは『デモンズメイル』のせいだろう。
驚愕が僅かな隙を生んでしまった。
ハッと我に返った時にはファビオが僕のつかみを外して、バッと立ち上がる。
見えるのは無防備な背中だ。
思いっきり背骨をついてやろうと思ったけれど、そう簡単にはやられてくれないらしい。
ファビオは突然、ギュンと腰を捻ってきた。
手にはまたしても魔法で作ったダガーナイフ。
拳槌の要領で僕の首元に刺そうとしてきた。
すんでのところでガード。
右手を相手の手首に合わせて受ける。
ガッ!
ビリビリと、腕が痺れた。
こいつ、頑丈さもそうだけど力もメチャクチャ強い。
無理やり押して、僕の首にナイフを突き刺そうとしている。
対応しようと押し返したら、いきなり相手の力が抜けた。
ブラフだ。
今度は体をこっちに向けつつ、左のストレートが飛んできた。
腕を取ろうと思ったけど――速すぎる!
サッとボクシングのピーカブースタイルに似た形でガード。
ガン!
「痛っっってえ!」
丸太で突いてきたかのような衝撃が、腕に走った。




