第06話 異世界でも人は見た目が9割
「コノ先ガソウデス!」
コボルト達に案内されて、多分三〇分かそこらだったと思う。
彼らについていくと、出たのは森の中の道路だった。
土の道だけれどもしっかり踏み固められている。それによくみると轍が何個もあった。
つまりここは頻繁に馬車の往来があるということ。
即ち文明があるってことだ。やったね。大当たり!
「ココヲマッスグ。村アル」
森を抜ける手前で、コボルトの言う村が見えた。
「わぁ、想像以上に綺麗なところ!」
そう言葉に出すくらい美しい場所だった。
森に面した部分は丸太の壁と見張り台があるのはファンタジーらしい。
そして門からチラッと見えた建物がいい雰囲気だ。
露わになった木の骨組み。その骨組みと骨組みの間には白い土壁が綺麗に整えられていた。アレは漆喰かな、多分。
ハーフティンバーとか、チューダー様式って言うんだっけアレ。
十五世紀から十七世紀の、イギリスにあった建築様式だったはず。
ただただ流れてくる知識系の動画で見たことがあったような気がする。
にわか知識だけどね。
動画サイトってそういうの無駄に覚えることあるよね。
「ソレジャ俺ラハコレデ……」
「あ、ちょっと!」
そそくさと立ち去ってゆくコボルト達。
引き留める理由も無かったけれども、なんであんなに急いでいるのだろうか。
もしかしてあの見張り台から弓をかけられるとか?
「……まあ、僕は人間だし。堂々としてれば大丈夫だよね?」
そうそう、問題無い。
確かにこの世界に来て、何だかちょっぴり強くなった気がするけれど、基本的に日本の男子高校生。
グレてもないし引きこもってもない。
なーんもやましいことは無い。
むしろ助けて欲しいって感じだ。
それよりも遠目で見えた人の姿が凄く嬉しい。
早く保護してもらって。あとご飯食べて。この赤い宝石換金できるなら元手にして今後のこと考えないと。
先が見えてくると、人って前向きになるもんだなぁ……。
……と、ここまでは良かったんだけど。
やっぱりと言うか、なんというか。
「止まれ!!」
「何だ貴様は! オークか!?」
「怪しいローブを着やがって! さては異端の魔術師、ウォーロックの類いか!?」
囲まれた。
そりゃもう素早く。
僕が早足で村へと向かうと、いきなり飛んできたのは威嚇の矢だった。
まあここまでは予想の範疇内。そのくらいされるよね。
なのでフレンドリーに手を振るもサクサクと矢が地面に刺さる。
なんとか誤解を解こうとして、コートを脱いで振る。敵意が無いの意思を示すつもりで。
そしたら矢がスゲえ飛んできた。
コートにブスブス刺さるのなんの。殺す気か!
「コボルト達……もしかしてコレの事知ってて逃げたな!」
と、後悔しても遅い。
僕は人間だから大丈夫……と甘くみていたのが間違だったみたいだ。
そんなに僕、オークに見えるのかな。なんか凹む。
そのまま手を上げて待っていると、どやどやとやってきたのは槍を持った衛兵みたいな人たち。
ドラゴンだか何だか分からない紋章の盾に、チェーンメイルとサーコート。
手に持っている槍は刃渡り十五センチくらいで、全長は一メートルと少し。槍というより手槍だ。
四、五人の衛兵に槍を突き出されていると、遅れてやってきたのは衣服の違う屈強な人たちだ。
傭兵なのだろうか。やってきたのは三人。一人目は上半身裸の筋肉質な男。胸当てと腰防具。革のロングパンツにあとは剣。蛮族かよ。
もう一人は打って変わって耳の長いスラリとしたイケメン。弓を構えている。これエルフじゃないか? すげえ感動した。
最後に控えるのはずんぐりむっくりのヒゲ親父。僕にもわかる。ドワーフって奴だ。
うおーファンタジーだと感動していると、マッチョの戦士が剣をスラリと抜く。
両刃のグラディウスってヤツに近い。鍔が無いのが特徴的。それを僕の鼻先に切っ先をピタリと付けてきた。
「おいオークのガキ。このサーラの村に何しに来やがった」
……何しに来た、だと?
僕は矢をかけられて気が立っている。その粗末な剣を僕に向けるな!
剣を蹴り上げて、クルクルと回って落ちてくるそれを僕が何なくキャッチ。
切っ先をピッと相手に向けて――
「ひ! ぼ、ぼぼぼぼ僕! ほほほほ保護してもらおうと!」
できませんね。
知ってる。
必死に手を振って無害アピールするも効果が無さそうというか、反応が悪い。
これは今まで取り繕う事と、とにかく目の前の面倒なことを回避することだけに特化していた弊害だろうな。うう、コミュ障直したい……。
自分の考えとか主張とか通るはずがないと思っちゃって、つい弱者や馬鹿を装う。
さっきコボルトをブチのめして力がついたと思っても、なかなかこういうのは抜けない。
それ以前に、だ。
このマッチョ、顔が厳つくて怖いんだもん。
「保護だァ!?」
「僕この森に知らない間にいて! コボルト? に襲われて! 助けてください!」
「襲われた、ねえ。ならお前、何で生きてんだよ」
切っ先に力がこもったような気がする。
周囲の手槍も弓も斧も殺気を帯びた気がする。
え、何これ。
もしかして本気で疑われてる?
僕、健全に生きてきた高校男子なのに!?
「この森にはな。確かに賞金首になったコボルトの賊がいる。長って呼ばれててな。ひとまわりデケえ。馬車や人をやたらめったら襲ってえれえ被害だ。貴族の馬車も私兵団と一緒に殺されるくらいな」
「それなら僕、倒しました」
「オークのガキがいたらすぐ焼き豚だ。それ以外にも悪霊も野獣も不死者だって目撃されてる。お前みてえなどんくせえガキが――え、何だって?」
「だから、倒し……ました……」
自信を持って言いたいんだけど自然と声のトーンが小さくなる。
そして「倒した」というセリフに。
皆キョトーンとした顔をして。
そして一気に爆笑の渦が巻き起こった。
「うわっはっはっはっは、こいつ! 口がうまいぞ! オークが人笑わせるたァな!」
オークじゃないっての!
人間だっての!
でもこういうタイプって言っても分かってくれないんだろうなぁ。
「少年。エルフ族を笑わせるとは。まあ害意はなかろうが……」
と、弓を下げようとするイケメンエルフ。
良かった。ゼロ距離で弓とかホント怖かった。
弦がギリギリいってて泣きそうだった。
けれどそれを「待て」と制したのはドワーフのヒゲ親父だった。
「おっとエルフは優しくていけねえな。おい坊主。ドワーフは結構疑い深くてよ。おめえの漫談が油断させる方法かもしれねえ、なーんて思ってるぜ」
そう言うとハッとしたのか、衛兵達も槍を構え直す。
なんて空気読まないんだこの人。
せっかく上手くいきそうだったのに!
ヒゲむしるぞこの野郎!
何か証明できるものはと思って、コートのポケットをまさぐる。
手が触れたのは、コボルトの落とした赤い宝石だった。
「こ、コレです! コレが証明!」
「魔物石……おいマジか」
マッチョ戦士がふんだくるようにそれを取ると、エルフのイケメンに見せる。
エルフのイケメンは弓を引いたまま宝石をじっと見ると、静かに目を開いて驚いていた。
「……本物だ。しかも魔力が濃厚だ。ヤツのモノかもしれない」
「坊主。そのコボルトってのはどんなヤツだった?」
ずい、とドワーフ親父が迫ってくる。
どんなヤツだったと言われても……みんな毛むくじゃらの狼男だった。
僕が最初に倒したのはちょっとデカイなと思ったくらいで……。
……あ。そういえば。
「大きくて、首飾りをジャラジャラ付けてました」
みるみるうちに皆の顔が真顔になってゆく。
衛兵達は、
「偽物じゃないのか?」
「いやしかし、そんなの付けてるのはあいつしか」
……と半ば信じ難いとは思いつつ、槍を下ろしてくれている。
けれどもマッチョ戦士はさらに疑念を抱いたようで、僕をジロリと睨んできた。
「おいガキ。コボルトの長が死んだのは信じる。けどどうやった? 相手はクラスB級のモンスターだ。まさかその変なローブ……お前、ハイ・オークってやつか?」
「ハイ・オークは我らエルフ族の天敵でもある。下賤な呪術を使う醜い闇魔術師達だ」
「ドワーフも因縁があらぁ。お前、口がうまいのもまさか――」
やばい。この反応、コボルトと同じだ。
というか何だよハイ・オークって。
僕は魔法なんて使えないのに。
「お前がハイ・オークでないって証明できんのか?」
「う、う。ぼ、僕はその……」
「その?」
「いわゆる、武術家というヤツでして。こうパンチで」
一か八か。また笑いを取ってみる。
ほら、こんな体で武術家名乗るって変でしょ?
笑って――笑わんのかい!
うお、みんな目がマジだ。
もう完全にスイッチが入っている。
今にも斬りかからん勢いだ。
「武術家か。確かにここの東には、素手でドラゴンに挑む変態どもがいる。モンクって武闘僧どもだ」
「なくも無いが、限りなく可能性はゼロだ。その服はモンクの修行服と違う。エルフを愚弄すると怖いぞ少年?」
「面白え! 腕っぷしでコボルト倒したって言うなら坊主、やってみろや」
みんなにじり寄ってくる。
囲まれた時よりもかなり殺気を込めてだ。
どうしよう、とオロオロしていたけれども。
次第に。
本当に少しずつだけど。
普段、人に怒りなんて向けないようにしてるんだけど。
なんだか、ムカムカしてきた。
こちとら遭難者でお腹ペコペコなんだぞ!
腹回りはジューシーだけど!
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