第59話 健全で正常な社会というもの
ノアの震える指の先。
さっきまで大の字で伸びてた鎧の男がいきなり動き出した。
相当な力で蹴り、殴ったはず。
人に当てれば確実に死ぬ――そのくらいの力でやったのに!?
「なるほど、なるほど。確かに強い。あの連中の言葉も嘘というわけではなさそうだ」
起き上がった、その顔。
厳つくて常に眉間に皺が寄っている初老の男。
首元から察するに、そこそこの歳なのにかなり筋肉質な体をしているはず。
鷲のような全てを見下ろす目に、極太の眉。
マチズモにそのまま手足が生えたような威圧的なその男は――
「貴方は! まさかファビオ=ダラス!?」
「マジか。ノアと王宮でバチバチやってたオッサンじゃん!」
ファビオ=ダラス。確か序列第三位の『王の儀典長』だったはず。
ノアに出会うなり私の妻になれとか、頭おかしいんじゃねえかと思ったヤツだ。
「魔王軍の軍勢を単騎で止めたこの鎧の、兜を脱がせるとはな」
顎に手を当てて、僕のことを値踏みするように見つめるファビオ。
あれだけのコンボを叩き込んだのにピンピンしている。
「貴方は! 何をしているのかわかっているのですか!」
「わかっているともプレストン卿。これは全て私の理想のための行動だ」
「オッサン、その鎧で暴れるのが理想だっていうの? 何考えてんだアンタ」
「小僧。口の聞き方に気をつけろ。誰にモノを言っていると思っている」
何だこいつ。
まだ儀典局の長のつもりで話しかけてくるのか。
もうとっくに犯罪者だってのに。
盗人猛々しいとはまさにこの事だ。
ファビオが突然、ザッと手を上げる。
するといつの間に近寄ってきたのだろうか、観客席から次々と武装した集団が闘技場に降りてきた。
ピッカピカに磨かれた鎧を着込んだ兵士達。
足並みもビシッと揃っていて、ファビオの背後に集まっては綺麗な隊列を組み、流れるような動作で防陣を組んでいる。
「儀典局!?」
「ノア=プレストン卿。貴方はここで死んでもらう。安心するといい。ちゃんと闇市の取り締まりの末に命を落とす。貴方の名誉は保たれる」
「周到だねオッサン。何が目的? ノアにフラれた意趣返し? それとも貴族を少しずつ間引いて国家転覆でもするの?」
「――何故それを知っている」
「へ?」
え、テキトーに言ったのにマジで国家転覆すんの?
「まあいい。お前が知ろうと知らないだろうと結果は同じだ。だが一つだけ。転覆ではない。浄化だ。この薄汚れた王国を私が完璧な姿にする」
いやいや。
アホなのかこの人は。
でも目がマジだ。
マジというか完全にイッちゃってるひとの目。
何かおクスリでもキメてるのか?
「馬鹿な。国家転覆など、王国騎士団が黙っているハズがありません。かつて魔王軍を跳ね除けた末裔達! たかだか儀典局が反旗を翻そうと――」
「だから、だ。貴方が必要なのだよノア=プレストン卿。正確には貴方の鍵だ」
「何!?」
「かつて魔王軍を押し退けた『宝物』――比類なきマジックウエポン達。それらを使い、王国騎士団もろとも対抗勢力を押し潰す」
言葉も出なかった。
ノアもあまりの事にあんぐりと口を開けていた。
馬鹿げている――と思ったけど。
もしかしてこれ、けっこう効率のいい、それでいて相当ヤバい武装蜂起なんじゃないか?
ノアが管理している『宝物庫』は、名前とは裏腹にほとんど武器庫に近い。
その処理一つで外交問題に発展するほどのヤベーやつばかりが格納されている。
中には『デモンズメイル』みたいに魔王軍を押し返したものもある。
それらを全部使ったならば、なるほど確かに国家戦力に匹敵する。
世迷言に聞こえて、その実本当に国家転覆もできるんだろう。
鍵は常にノアの胸の中。
彼女は達人でありVIP。
影で襲っても正面から襲ってもリスクが高い。
――だからこんな搦め手を?
「ふざけるな! 貴方は『宝物』が何なのか理解していない! あれらの危険性は国の中にとどまらない。下手なことをすれば隣接する国にも! この大陸にも危険が及ぶものもあるのです!」
「貴方こそ理解していないよプレストン卿。力を持ちながら何故理想に使わない!」
「理想だと。法から逸脱して、人々を命の危険に晒し、国を脅かすそれが理想なのか!」
「全ては些事。それに私は人の命を奪った覚えはない」
「何を、言って――」
「私は、この王国のダニを潰し回ったまでのこと。むしろ理想の養分になれたことを、誇りに思ってほしいくらいだ」
こいつハッキリ言った。
しかも真顔で。
自分が手をかけた命は、ダニだと言い切った。
人の命じゃないって言い切りやがった!
……確かにコイツの被害者は、札付きのワルが多かった。スラム街でも厄介な奴らを片っ端から吸い取った。
でも、時にはただただ居合わせた人も入っていた。
ニック達が集めた情報を流して見て、顔を顰めたから覚えている。
「ダニ、か。アンタ人のことダニって言ったのか」
ぎゅううと、握る拳が強くなる。
「なんだ小僧。命を大切にとでも言いたいのか?」
「アンタはそうママに習わなかったのか?」
「学がないようだ。貧しきものが飢えて死ぬ。持てるものが栄え、国を回す。それが健全で正常な社会というものだ。私の餌になった人間は、その自然淘汰よりも遥かに少ない。つまりは、全て些事だ」
最初のくだり、どこかで聞いたな。
極端な帝王学だか何だかにあるんだっけそういうの。
動画流してたらたまたま聞いただけだから、よく知らないけどーー。
ハッキリ言って、クソッタレな考え方だ。
お前はマクロ経済学学んで全部を知った気の大学生かよ。痛いぞ。
そんなのが健全と言うなら、その社会とやらに追いやられた、割を食う人の気持ちはどうでもいいのかよ。
弱いから、劣るから、無駄だから。そんな小さな物差しで線引きしていいのかよ。
――僕もそういう、割を食う方の人間だった。
見た目で不満の吐口にされる、エスケープゴートみたいなもの。
袋叩きに合うのは、太っているやつの自己責任――そう言われたら今なら全力で殴りたい。
百歩譲って、劣っているから馬鹿にされるのはまだいい。比較も競争も優劣も、絶対にどこの世界でもあるんだから。
でも殺していいだなんて。
人の命にカウントしないだなんて。
そんなクソな理由は、この世界のどこにも無い!
さては異世界意識高い系だなオメー。
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