第55話 ドラゴンの手を取る男
「キュウウウン」
僕はスタッと地面に降りて、クリーピーちゃんの目を見る。
「怯えてる。君、もしかして」
クリーピーちゃんにそっと触れると、やっぱり驚いて縮こまっていた。
龍鱗に触れる。
傷だらけだ。
剣を打ち付けられたもの、棍棒のようなもので叩かれたもの。
しかも全部治療していない。
ワザと歴戦感を出してるみたいに。
もしかしてこの子、無理矢理戦いをさせられていたのでは。
幼体だってこの巨体でこの魔力。
成体なら頭だっていいはず。
当然走り寄る僕にめがけて、一点集中の雷魔法を放つことだってできた。
でもあの雷はランダム。
まるで子供の癇癪のように……!
「本当に君、幼体……赤ちゃんなのか」
たとえ赤ちゃんでもドラゴン。暴れるだけで人が死ぬ。
そして無垢だからこそ、物理的に縛る必要もないし、魔法道具で操る必要もない。
何故ならこの子は恐怖で縛られて、逃げ場を塞がれている。この場であのクソ共に従って、こう振る舞う事しか知らないんだ。
その諸行の邪悪さに反吐が出そうだ。
「何やってんだデブ! さっさと殺せ!」
「ドラゴンを素手でやれるんだろ! 一気にやれよ!」
「てめえの肉が飛び散るよりドラゴンがやられるのが見たいんだよ! 殺せ!」
ざわざわと観客が騒ぐ。
さっさと殺せという声がそこらじゅうから聞こえてきた。
「黙れえええええええええ!」
こんな声出したこと無いんだけど、自然と出た。
スキルも反応したのか、ガラスがビリビリと振動している。
「好き放題いいやがって。お前らもぶっ飛ばすぞ! 文句があるならかかってこい!」
そうやって一人一人睨んでいくと、あれだけ騒いでいた観客が静かになった。
腰抜けめ、とは言わないけど良くわかった。
強い言葉を使う人、何かをさせようと強要する人。
全部ハッタリだ。
怖くもなんともない。
そこらへんの小石と同じだ。
そんなのはどうでもいい。
僕はクリーピーちゃんの頭を撫でる。
「ごめん。もうしない」
ブルブルと震えるクリーピーちゃん。
喧噪の中で、僕たちはふたりぼっち。
一瞬だけど、長い時間に感じる。
静かに撫でると、次第に落ち着いてきたようだ。
クリーピーちゃんは静かに顔を上げて、僕に甘えてきた。
「そっか」
言葉はいっぱいかけられるけど、あんまり意味が無いように感じた。
クリーピーちゃんがどういう生い立ちなのかは知らないけど、同情しきれないほど辛い目にあってきたのだと思う。
幼体というくらいだから、母親に引き剥がされて。
……それだけでもう、辛いというのに。
たとえドラゴンでも、弱きならば手を取る。
それが僕の理想の武術家だ。
ピキピキと、こめかみに青筋が立つのが自分でもわかった。
「慣れすぎてて忘れてた。スラムとかゼロゾーンとか。可哀想な人がいっぱいいて、最後は話せば解ると思っていたけど」
狒々ジジイを見る。
既にノアが剣を抜いて、周囲の側近を切り伏せていた。
狒々ジジイは情けない声を上げて、怪我をした部下を盾にしていた。
「この異世界は最初からごった煮だった。あんなクソ野郎もいっぱいいる!」
不意に魔法障壁が消えて、金網が上がった。
やがて殺到してきたのは狒々ジジイの部下。みんな武装している。
「こ、殺せ! あのデブをブチ殺せ!」
「ケント! こちらは大丈夫です。そっちは頼みます!」
「任せてノア。もうあったま来た!」
はっ倒す!
そう思った直後にもう体が動いていた。
襲いかかる雑魚を殴り、蹴り、ぶん投げる。
面白いほどに人が飛ぶ。
剣が曲がる。
槍がへし折れる。
そして鎧が砕ける。
三〇人もいた武装団がもう半分。何人か逃げ出して、もうあと手で数える方が早い。
やっぱりハッタリだった。
こいつらは顔だけ体だけ。
得物はいいものを持ってるだけの寄せ集め。
それは集団じゃない。
雑魚一人がいっぱいいるだけ。
怖くもなんともない!
「何やってんだこのバカ共! さっさとそのデブを殺して俺を護れ!」
「お前のようなゲスに命をかけるヤツはいない。そして今こそ教えてやろう。私の名は『王の宝物番』ノア=プレストン!」
「お、『王の宝物番』!? クソが! そんな話は聞いてねえぞ。騙しやがったな!」
「素直にエリクサーを渡せば良いものを。欲に目が眩んで高くついたな。闇市の罪にドラゴンの幼体だ。お役目でなくても貴様を引っ立てる理由がある。さらに!」
ノアがぐっと振りかぶって、狒々ジジイの顔面に渾身のストレート。
武術の骨子がしっかりしてるからか、めっちゃいいのが入った。ざまぁ。
「ぶげあ!」
「嫁入り前の貴族の女の体、よくもその汚らしい手で触れたな。侮辱罪のおまけ付きだ。覚悟しておくがいい!」
おおすげえ。
ここぞとばかりに威光を示してる。
ノアかっこいい。
「ギュイイイ!」
クリーピーちゃんが吠えた。
顔を向けてみると、自分の何かしたいとか、そんな風に言ったような気がした。
最後の雑魚をクリーピーちゃんに放る。
クリーピーちゃんも鬱憤が溜まっていたようで、ハエを払うようにバチーンと武装兵を殴りつけていた。
……うわ、武装兵が壁にめり込んでる。おっかな。
「ノア!」
「ケント! すまない! 闇市を潰してしまった! カーラ卿に迷惑がかかるか?」
「いいんだよ。どうせスラムの外だし」
そう、これはスラムの外のこと。
中ならまた抗争のネタだけど、そもそも狒々ジジイが約束を反故にしたんだ。
僕たちが責められる筋合いはないね。
闇市っていってもこの規模だ。
長がいなくなってもまた別の長が現れて、闇市は続く。
ああでも、それでも巻き込まれた出店の人達は可哀想かな。
クソ野郎も沢山いるけど、ほらあそこでわたわたしてるマフィア共も根はいい奴……かなぁ? ま、慕ってくれるし。いっか。
「ねえノア! 他の人逃がしていい!?」
「なっ! 『王の宝物番』たる私に何言ってるか解っているんですか!」
「許してくれたら、時々ご飯作りにいってもいいけど」
「ぐうう! こんな時に! ひ、卑怯ですよ!」
「ピッツァ好きでしょ?」
「ふぐぅううううううう!!!」
悩んでる悩んでる。ノア、すっごい悩んでる。
料理スキルも交渉素材になるとは。
芸は身を助けるってもんだ。
ノアは凄い考えて、悩みに悩んで、脱力。
「こ、今回だけです!」
と、許可してくれた。
こりゃホントにお店でも開けば売れるかな、と思いつつ。
僕は実況席に行ってメガホンにありったけの声で叫ぶ。
「皆、今のうちにブツ持って逃げて! ついでに闇市の長のブツも持ってけドロボー!」
そしたら「イヤッホウウウウウ!!」という声がそこら中から聞こえてきた。
「あのジジイ、相当ヘイト貯めてたな。みんな協力してジジイの品を強奪してる」
「サキュバス達は奥で大乱行してますけど……これでよかったんです……よね?」
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