第54話 はじめての憤怒
閃光と轟音。
雷が目の前に落ちる体験なんて、異世界でもそうそうないはず。
僕のいた場所に穴が空いた。
ミニマムサイズのクレーターだ。
気付いてバックステップしてよかった。
飛び退いていなかったらと思うとゾッとする。
「ギョエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
クリーピーちゃんが歌舞伎のようにして頭を回す。
すると雷のボールのようなものが何個も出て、いたる場所に雷を落としていた。
「くっそ! こんなん戦ったこと無いぞ! 僕は武術家なのに!」
あくまで僕の理想は武術家。
その技は全部、対人戦しかない。
こんな巨大で、生態もよくわからない相手にどうやって戦えばいいのだろう。
いやこれ、戦うとかもうそういうレベルじゃないよ!
これこそ剣とか武器が必要だって!
銃でも足りないよ!
「そ、そうだ。ノア! も、もうこんなの約束もクソもない! たす――」
助けてと言おうとしたけれど――声がでなかった。
僕の目に飛び込んできた景色にショックを受けたからだ。
観客席の中央。
長の特別席。
そこに座る狒々ジジイが、もう勝利を確信したのか。
ノアの体に手を這わせていた。
でもノアは、僕を信じて恥辱に耐えながら。
気丈に立って、僕の行く末を見守っていた。
まるでそれが、僕に対する贖罪と言わんばかりに。
――もしかして、ずっとそうだったのか?
僕が戦っている間、セクハラを受け続けていたのではないか?
でも僕が集中できるように、声を上げずに。
そうやってずっと戦っていたのではないか?
そう思った途端。
ぷっつ~~~~~~ンと。
頭の何かがキレた。
「こんのやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
無我夢中で走った。
雷が目の前に落ちてくる。
でもかまわず走る。
――ブチ切れた弾みで思い出したんだ。
僕がいつも羽織っているこのローブ。
確か、雷に耐性がある。
『――ローブに至ってはサンダーリザードの革を使ってる。雷が落ちても生き残れる!』
これはドワーフが作ったローブだ。
サーラの村で出会った毛むくじゃらのドワーフ、ジンさん。大酒飲みで斧で何でも真っ二つにする豪快さと、武器防具なら何でも作れる職人の側面を持った種族。
ドワーフの作った武具は、それだけでブランドものだとニックが羨ましがっていた。
そんな彼が僕のために作ったこのローブ。
言うことが本当なら……!
「信じるぞジンさん!」
留め金を閉じて、フードを被る。
魔法を跳ね返す小手だけ出して、もう一度突進。
雷が迫ってくる。
このままだと直撃するけどーー
「うるさい!」
払った。
見て払ったわけじゃないけど、どこに来るくらいの予測はできる。
手に衝撃。
弾かれた雷の一部が胸を打つも、ローブは絶縁体ののうに電気を通さない。
衝撃自体は痛い。
でも、耐えられる!
『なんだあああああ!? ローブに身を包んだケント! クリーピーちゃんの雷が全く効かない!?』
「効いてるよ! めっちゃ痛いよ!」
確かに、サンダーリザードの革は電撃を通さない。
ミスリルの小手も直撃を弾く。
ただ痛い!
すげえ痛い!
でも!
「家族に手を出したな!」
腹が立つ。
すごい腹が立つ。
ノアはかりそめだけど、僕の事を嫌ってるかもだけど、僕の中では家族だ。
何故なら僕の料理を美味しいと言ってくれたから。
彼女が恥辱に耐えている。
今にも穢されていようとしている。
あれがエステルなら。
モカなら。
ニックだってヴィクトールでさえも。
当然、ギルだって。
同じだ。
同じようにブチ切れたかもしれない。
もう、許さねえ。
もう絶対許さねえ!
あのジジイブン殴る!
そのまえにこのクソドラゴンだ!
気付いたらクリーピーちゃんに肉薄していた。
クリーピーちゃんは驚いて、その太い腕をブン回す。
ドラゴンでもテレフォンパンチってやるんだ。
でもね、それは武術じゃない。
武術じゃない体術なら、怖くはない。
瞬間、脳裏に予想が立つ。
クリーピーちゃんが地団駄を踏む。
僕はタックルに見せかけて、その股下をくぐる。
クリーピーちゃんが僕を見失い、雷をデタラメに放つ。
僕は振り向いて背を伝い、その頭に蹴りを放つ。
つんのめったクリーピーちゃんの頭を思いっきり踏みつける。
何度も、何度も。
僕の体重は三桁。重量だけで相当のもの。
そこにスキルの力が加われば、ドラゴンだって効くだろう!
そうやって角がどれか折れたなら、こっちのもの。
どんな生物でも、頸椎を破壊されたら死ぬ。
この角、その首元に思いっきり差し込んでやる!
「妄想完了! ドラゴンだろうが何だろうが、全部僕の手の内の中だ!」
予定通り股下をくぐり、予定通り背を蹴って飛ぶ。
高く飛び上がった僕は、クルリと回転して勢いをつけた後ろ回し蹴り。
ガァン!
予定通り、クリーピーちゃんがつんのめる。
ドラゴンといってもただの幼体だ。
さっき蹴りが効いた時点で解った。こいつはただの生物!
悲鳴をあげて、大地にクリーピーちゃんの顔がうちつけられた。
こうなったら僕のターンだ。
一刻も早くこのクソドラゴンを――
「……え?」
踏みつけようとしたけど、躊躇した。
足が止まった。
『おおっと!? ケント何故か猛攻を止めたぞ!? 何があったんだ!?』
うるさい黙れ。
お前もぶっ飛ばすぞ。
「君……」
そう、僕が立っている頭から伝わるのは怒りでも、モンスターとなった動物が持つ特有の殺意でもなんでもなく――怯えだった。
他者のために死地へ走る。その勇気は、恥辱に耐えて待つ彼女の目に焼き付いている。
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