第53話 特別マッチのお知らせ
「ぎやあああああああ! こ、降参! 降参だああああああああ!」
腕を取って十字固めした鎧の男が、痛みに耐えかねて泣き出した。
本当はタップを待てばいいんだけどね、ごめんね折るまでやる。
そうしないと終わらないからね。
この世界には回復魔法があるんだから、それで治してもらってくれ。
ゴキン!
その音が響いた瞬間、どぉぉんとドラが鳴る音。
絶叫する男が喚き散らして、その場でうずくまっていた。
『何と言うことだあああ! 千人斬りの元傭兵隊長が秒殺だ! 勝者、ケント=タカクラ!!』
どわあああっと、声援が鳴り響く。
どう考えても筋者めいた観客達が僕を称賛していた。
ちっとも嬉しくない。
今ほど空しいなんて思えることは無かった。
『あんな豚のような! オークの体で! 大剣の猛攻をかいくぐって飛びついたと思ったら! 何が起こったのか我々には理解出来ない!!』
飛びつき十字固めだよ。
知らないか。
ってか、この世界でも実況ってあるんだね。
実況席の側にメチャクチャ大きいメガホンみたいなのが置いてある。
魔法石が見えるから、そういう道具なんだろうな。
ここまで四人くらい戦った。
狂戦士めいた人とか、魔法使いとか。
三人目は槍使いで、今のは大剣使い。
みんな僕が素手で油断してたけど、そこを突かせてもらった。
まさか真っ正面から走ってくるとは思わないもんね。
あとは顔に跳び蹴りするなり、組んで腕を取るなり足を取るなり。好きにしていた。
さあ次決勝だ。
次もソッコーで片付けてやろう。
狒々ジジイの所を見てみる。
側にいるノアは確かに何もされてないけど……何か、あのジジイにむかっ腹が立ってきた。
ノアをいやらしい目で見やがって。
何が男気を見せろだっつーの。
次も派手にのしてやるからな。
『さあここで特別マッチのお知らせです。あまりにも強い武術家ケント。武勇は暗黒街に舞い込んだ流星の如し! 果たしてその力はドラゴンにも勝るのか!? 興味は尽きません!』
は?
何だって?
特別マッチ?
それにドラゴンって言ったか今!?
不意に、ガガガンと四方がガラスのようなものに包まれた。
これ完全にブレスとか魔法とかそういう対策ですよね!?
「おい! 約束が違うぞ! 何だよ特別マッチって! この後は決勝戦だろ!」
「ケント!」
見上げるとノアが立ち上がっていた。
初めて名前呼ばれた……なんて感動に浸ってる場合じゃあない。
「このクソジジイ!」
「よ~センセイよ! 全部秒殺じゃつまらねえと思ってな! 特別なヤツ連れてきたぜ! 見事男気見せてみな。生きていればの話だがな!」
この狒々ジジイ、ここぞとばかりに笑ってる。
男気だの何だの言って、追い詰められたらルールもへったくれもないのか。
覚えてろよ!
ジジイでも本気で殴るからな!
『それではご紹介しましょう! 我らが長のペット! 何人もの猛者を屠ったサンダードラゴンのクリーピーちゃんです!』
いやネーミングセンス。
これ突っ込んでいいのだろうか。
ラップとか歌いそうだな。
そんな事を考えていたらズゴゴゴゴ、と正面の鉄門が開いた。
何が出てくるかと思ったら、想像しているドラゴンとはちょっと違った。
一言で言えばずんぐりむっくり。
二本足で立っている頭が大きくて、腕が太い。
尻尾も短くて、角がやたら大きい。
大きさは三メートルとどくかどうか。
ドラゴンにしては小さい?
出来損ないと言ってもいいくらいだ。
体には立派な龍鱗。
けど、そこらじゅうに細かい傷がある。
戦い慣れているということなのだろうか。
『幼体とはいえドラゴン! 人は素手で龍鱗を突き破れるのか!? それでは試合開始!』
僕が止めろという前に、ゴング代わりのドラが鳴る。
同時に首輪を外されたクリーピーちゃんが思いっきり走ってきた。
「嘘だろおい!」
まるで暴走トラック。
直撃したらまた異世界転生しそう。
当然食らいたくないので、走って逃げる。
するとクリーピーちゃんが思いっきり闘技場の壁に激突する。
四方をガラスで区切られた闘技場、これで割れるかと思いきやガラスは全く無傷。どうなってんだこれ。
『ご覧になりますお客さまはどうぞご安心下さい。魔法壁による擬似的な物理障壁が闘技場の四方を囲んでおります。城壁にも採用されるこの術式、雷が降っても壊れない! 安心安全の設計です!』
建築業界のCMみたいな口上はやめろ!
ただその謳い文句は本当のようだ。
むしろクリーピーちゃんの方が脳しんとう起こしている。
「こんにゃろ!」
この隙を逃がしてたまるか。
僕は思いっきり走り込んで、ジャンプ。
体重を乗せた蹴りを、クリーピーちゃんの顎に打ち付ける。
ガァン!
まるで金属でも蹴ったような衝撃。
ドラゴンの鱗ってこんなに固いのか。足が痺れる!
スタッと着地して構えを取る。
いやこんな大きな相手に構えとか意味あるのか?
クリーピーちゃんはヒーヒー言って顔を押さえている。
これもしかして倒せるのでは。
そう思った僕が甘かった。
「ギョエエエエエエエエ!!!」
クリーピーちゃんが咆吼を上げて、カッと目を見開いた。
真っ赤じゃないけど、あきらかに怒りの色を湛えている。
バチバチバチ。
いきなり、破裂音のようなものが聞こえてきた。
ハッとすると、クリーピーちゃんの四本の巻き角に、電撃のようなものが走っている。
さらにギュリリリリと歪に回る魔法陣まで現れた。
「……サンダー、ドラゴン? やっば――」
ちなみにクリーピーちゃんはオスです。
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