第52話 足ガクガクは口ほどに物を言う
彼らが普通の服を着てくれて助かった。
胸ぐらを掴まれた瞬間、僕は相手の脇の辺りの服を掴む。
そうして引き上げながら、親指を下へとねじり込む。
「うっ!」
胸ぐらを掴んだ手が外れた。いとも簡単に。
「何ぃ!?」
「胸ぐら掴むってね、素人さんにしか効かないんだよ?」
ゴリマッチョの側近がパッと下がりながら伸び上がって、体勢を立て直そうとする。
バンザイの形だ。
もうそれは、負けみたいなもの。
右足を突き出して、上足底を鳩尾に突き刺す。
只の前蹴り。
けど、スキルのお陰で飛燕のような速さで撃てる。
ドゴォ、という鈍い音の後、側近がくの字に折れた。
「ぐぇ……」
あ、いけない。
ちょっと強くやり過ぎたか。
側近のゴリマッチョ、ゲーゲー吐いて気絶しちゃった。ばっちい。
いきなり反撃したのに驚いたのか、ジジイも含め取り巻き達もビビっている。
ジジイの左右にいた美女達も、最初はクスクス笑ってたのに今顔おもっくそ引きつってやんの。
ギュッと武器を握るヤツに目を向けると、怯えたように下がっていた。
うん、ちょっとスカッとするかも。
目で抑えるだなんて、まるで武術家みたいじゃないか。
「……貴方、本当に強いのですね。今のは?」
「つかみを切るっていうのかな。強いて言えば、今のは柔道とか柔術とか、コンバットサンボの技術だよ」
「コン……なんですって?」
「気にしないで。僕の技術の一つって事」
ケンカでも武術の試合でも『掴み』はかなりの優位を保てる。僕の感覚で言うなら、六、七割くらいは勝ちが決まると思う。
特に対打撃武術には特に有効。空手ですら、現行のスポーツルールでは掴まれる事をほとんど想定していない。打撃系は掴まれたら終わりとはよく言ったものだ。
掴んだ状態でグランドに引きずり倒されたり、壁に打ち付けられたりしたら間合い云々の話じゃないからね。
よく不良とかが胸ぐらを掴みに行くのも、本能的に優位性があることを知っているからだと、僕は思う。
逆に言うと、掴むことが優位だということは、それに対するメタ――つまり、掴みを外す技術もあるということ。
ちょうどこんな感じにね。
クイッとやるだけで、魔法のように外れます。
「な! テ、テメェ!」
「何ならそこの人達も相手にしますけど?」
ゴキゴキと指を鳴らす。
わざとらしい感じだけど、ちゃんと皆ビビってくれた。
――実を言うと、ここまでがカーラさんの想定通りだったりする。
そうじゃなきゃ、こんな強者ムーヴできないよ! こわい!
カーラさん曰く、闇市の長はクソ野郎な上にコテッコテの親分肌だから、ちょっと言い返すと怒るって。
その時何人かぶちのめせば、ビビるのを隠して何か妥協案を出すだろうってね。
「ま、待った! やるじゃあねえかセンセイとやら。シビれるねえ。この目で見なきゃあ信じられなかったが、中々どうして」
マジかよカーラさんすげえ。
未来でも予測してるのか。
そしてこの長も凄い。
多分ビビってるのに、全く顔に出ないでやんの。
「考え直してくれました?」
「いいや。売らねえったら売らねえ」
「なら続きやりましょうか」
「ままま、待て! 焦りは損だぜ若いの。まあ聞け。俺も男だ。一度吐いた言葉を返すつもりはねえがーーそうさな、男気だ。それを見せてくれたら良いぜ」
「男気?」
「ああそうだ。ほれそこの。金網見えるだろ」
闇市の長がクイッと顎で示した先。
そこはさっき遠くから見えた闘技場。
四角く仕切られた場所に細かい目の砂が敷かれている。
さっきも試合があったのだろうか、所々に血が飛び散っていた。
「あそこでよ。男気見せちゃあくれねえかな。今ちょうど大会が開かれててよォ。飛び入りは歓迎だ」
「優勝したら貰える?」
「そうだよセンセイ、期待してるぜ」
「じゃあやりましょうか」
とは言っても、怖いなーめっちゃ血が出てるし。
ここまでは想定内とは言っても、僕人に見られて戦うの初めてなんだよなぁ。
なんとかなるか。その為のスキルだしね。
「ちょっと待った。参加料は別口だぜ」
「え、聞いてないけど!? ……ノア、ごめん。払っといてくれる?」
「いいでしょう。で、いくらです?」
「金じゃあねえ。アンタだよ。アンタにしとこう」
闇市の長がいよいよ下卑た顔になってノアを指差した。
この狒々ジジイめ。もしかして最初からそういう気だったのか。
どーりで美女侍らせてるわけだ!
「……!」
「安心しな。そこのセンセイが無事なうちは何にもしねえし、優勝したら払い戻しだ。なあにたった五回だ。五回勝てば優勝だよ。抗争止めたセンセイにゃ楽勝だろう?」
「ちょっと。あんまりふっかけないでくれますか。皆殴り飛ばしてもいいんですよ?」
流石に怒るよ僕も。
僕が馬鹿にされるのはいいし、お金取られるのはいいよ。
でも人を質草に入れるとか、そういうのは我慢ならないんだけど?
もうぶっ飛ばそうかなとか思った時。ノアが不意に手で制した。
「いいでしょう。私が人質になります」
「ノア!?」
「そうこなくっちゃあ! へへ、アンタいい度胸してんな。そういう女は好きだぜ」
「ちょっと! ノア何言ってんの!」
「勘違いしないで下さい。貴方なら行けると思った。私の使命のためならできると思っただけです」
嘘つけ。
足震えてるくせに。
顔で解るぞ。
早く帰りたいって。
「……わかったよ。じゃあ秒殺してくるから」
「しなければ、許しません」
オー。
なんたる上から目線か。
信頼されてる裏返しならいいんだけどね。
なら、一分一秒でもあの狒々ジジイから遠ざけるようにしますか。
ちなみに筆者は打撃系ですが、グラップ系格闘技に完封された事があるので二度と異種格闘技戦やらない(強い意志)
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