第05話 絶対防御と固定砲台。あとフニャフニャ棒
頭をペシーンと叩かれたような衝撃。
見た目よりも痛くない。
恐る恐る頭上を見てみる。
棍棒が頭の上で静止していた。
「???」
コボルトが棍棒を引いて、手元に戻して「はてな?」と首を傾げている。
僕も「なんぞ?」と首を傾げる。
コボルトが試しに、棍棒を地面に思いっきり叩きつけていた。
当然地面はドォン! という音と共に抉れて、僕の足にも振動が来る。棍棒にも、彼の力にも問題は無さそうだ。
いやでも、感触こそスポーツチャンバラのフニャフニャ棒のようだったけれど――?
「コノ!」
こんどはコボルトがバットを振る要領で、思いっきり横薙ぎ。
僕の腕を巻き込み、脇腹から砕くための一撃なのだろうか。
僕は「ヒッ!」と小さい悲鳴を上げつつも。
再びお腹とお尻に力を入れて、脇をギュッと締める。
ペチン!
「痛ッ!」
「!??!??!」
棍棒は僕の左前腕で停止していた。
痛みは走った。
けれど骨が折れるとか体が吹っ飛ぶとか、そういうのは無い。
「何ダ!? 何ガ起ッテイル!?」
いやこっちが聞きたい。
確かに痛い。
ただ何と言うか、三〇センチ定規でペチーンとやられたくらいの痛みだ。
見た目だけなら即死しそうな攻撃に、何で僕は耐えられたのか?
「ヤロウ!」
今度はコボルトが蹴りを放ってきた。
股下からすくい上げるような蹴り。
……コイツ金的を狙ってきやがった!
反則だぞ!
いやルール無いけどさ!
「ヒッ!」
思わず内股になった足に力を入れる。
するとコボルトの足は僕の膝にバシーンと当たり、金的を蹴り上げることは無かった。
「痛ッ! ナ、ナンダト!?」
それどころか足の甲を痛めている。僕の膝の内側に当たったからかな?
何だコレは。
いわゆるチート?
……いや違う。
それだけじゃあない。
立ち方。
そう、この立ち方が僕を護っている!?
「これ、もしかして……三戦、立ち?」
狼狽えるコボルトを尻目に、僕は自分の立ち方を再度確認。
「足は肩幅。左足を前にして、内側に逆八字立ち。脇を締めて拳の裏を見せてる」
間違いない、これは三戦。
三戦と書いてサンチン。
耐えて良し。
安定性抜群。
それでいて金的もしっかりガード。
空手道において絶対防御とも呼んでいい立ち方だ。
実際にこうやって僕も体感した。この立ち方、ハンパじゃない。
あらゆる攻撃に耐えられる、というのは嘘じゃなかった。
三戦立ちは空手の立ち方の一つ。伝統派空手の四大流派の中では、剛柔流の稽古でよく使われているものだ。
鉄壁の防御と安定性を保つと言われているけれども、この形は特に大事なのは脇を締めること……と、動画内の師範は言っていた。
この三戦は家で練習するにはちょうどいい。お座敷武術家に助かる武術だ。
半畳くらいのスペースでできるコレを、僕は密かに練習していた。
その成果が、まさかここで現れるとは!
「オークガ! 舐メルナ!」
足を痛めていたコボルトはキッと睨み付け、もう一度フルスイングの横薙ぎ。
鉄壁の三戦を構えていた僕は、それを左前腕でバシッと受け止めて掴む。
「!? 放セ! コノ!」
「ヤバい……めっちゃ安定してる……」
コボルトは顔を真っ赤にして、両手で棍棒を引っ張っている。
対して僕は左手を返して棍棒を掴んだまま。
その綱引きはピタッと均衡が取れている。
いや、むしろ僕の方がまだ余裕があるくらい。
背後の狼男達はその姿に若干引いていた。
僕にはその顔を眺めるくらい余裕がある。
これ、もう反撃して……いいよね?
剛柔流の立ち方ではここから正拳突きを放つ。
――けれど、空手のその祖先は少し違った。
那覇手の中興の祖である東恩納寛量は、ここから目にも留まらぬ貫手……つまり手刀を放っていたという。
僕も練習していた。
だって手刀って格好いいじゃん。
今それが、できるだろうか。
ゆっくりと右手を握り、脇を締めたまま拳を脇下へ引く。
バネがギュッと押さえられるように、引いた腕に力が溜まるのが解る。
「いやあああああああああああああああ!!」
攻撃の時は声を出す。
腹の底から出せって、動画の師範言ってた!
狙うは狼男の正中。
つまり体のド真ん中の線の上。
人体の急所は、ここに殆ど集まっている。
鳩尾めがけて放った手刀は、驚愕した狼男に吸い込まれてゆく。
ドゴォ!!
手刀が胸骨の下の柔らかい部分に差し込まれた。
コボルトがその衝撃で軽く浮いた。
「グ……ウォ……」
声も出せないコボルトが胸を押さえ、手を離してたたらを踏む。
やがて尻餅をついて仰臥すると、そのままダランと舌を垂らして動かなくなった。
「うっそ! 一撃必殺!? これが三戦の力!?」
もちろん三戦のお陰なんだろう。
安定感があるということは、攻撃力があるということ。
固定されている大砲とそうでない大砲、どちらが威力が強くて安定しているかと例えれば理解できるはず。
本来は大地に逃げて分散する力がガッチリ固定されることで、その反力の全てが打撃に転化されるということ。
僕の所感で言うなら、三戦は攻防一体の固定砲台だ!
「こ、こここここうなりたいヤツは! かかってこい!」
ビシッと決まらないのが僕なのだけれども。
体の中には高揚感と自信が満ちあふれていた。
再び、こんどは手を開いて三戦を構える。自分の体重がこんなに頼もしくなるとは。
ズッシリとした構えに、物理的にズッシリとした体型。
その相乗効果が一撃必殺とはね。
李氏八極拳創始者、「二の打ち要らず、一つあれば事足りる」で有名な李書文も天国で驚いてくれるんじゃないかな?
「グゥ……ヨクモ、長ヲ!」
「殺セ!」
あれ長だったんだ。
そういえばやたらめったら首飾りをしていたような。
そんな風に思っていたら、飛びかかってくるのは二匹。
手には棍棒と、もう一人は粗末な剣を持っていた。
刃物を出すなんてとビビるけれども、慌てない。
急に冷えた頭が、僕の妄想の未来予想図を目に描く。
上から飛びかかってきた棍棒のコボルト。
僕は左前腕を上げた防御……つまり上げ受けで攻撃を防ぐ。
瞬間、手を捻ってバランスを崩したところに手刀を撃つ。狙いは喉だ。
続いて走ってきたコボルトが、剣を振りかぶった刹那。
僕は手刀を引いた反動で、顎に向かって上段前蹴りを放つ。
――妄想終了。
ここから先は、僕のターン。
想像通りの軌道で迫り来るコボルトに、フゥゥゥ、と呼吸を合わせて……
ガガガン!
僕もビックリするほどに高速で動けた。
大地に逃げるはずの力が僕の腕を、そして足を押し上げる。
想像通りに僕の手刀は飛びかかるコボルトの喉に突き刺さり、僕の蹴りは走り迫るコボルトの顎を捉えた。
というかどうなってんだ。
僕こんなに足上がったっけ!?
「ヒィ! 副リーダー達ガヤラレタ!」
「何ダコノオークハ! 強スギル!」
「ハイ・オークダ! 魔法ヲ使ウゾ! 殺サレル!」
ハイ・オークって何だよ。
オークの上位種ってこと?
というか魔法と来たか。
いよいよここは異世界なんだなぁ。
コボルト達はニヤニヤ顔から一転、腰を抜かして驚いていた。
ムクムクとやり返したい欲が出てくる。
とりあえずビビらせるようにと、
「コォォォォォォ……」
と、もっともらしく息吹をしてみた。
息を吸い、おへその下にある丹田に力を入れる呼吸法。
戦いで籠もっていた熱が、口から廃熱されてゆくような感覚。
火照っていた思考も体もスッキリ爽快だ。
色々な武術で取り入れられているこの呼吸方法は、力を漲らせながら落ち着かせる。
クラスのヒロイン候補生達に白い目で見られた時や、色々な人に痩せろと言われた時、凹んだ自分のメンタルを整える為に続けていたら、すっかりマスターしていた。
案の定「何かしてる」感が出たのか、コボルト達は尻餅をついて後ずさりしていた。
やばぁい。
すごい楽しい。
まるでヤンキーをボコボコにしたような。
街の喧嘩自慢に目を付けられて、返り討ちにしたような。
僕をデブって罵った奴らをブン殴って黙らせたような。
そんな快感が僕を駆け巡る。
多分、僕は何かしら加護だかスキルだかを持ってる。
そうでなければこんな無双できるはずがない。
そして――これも推測の域を出ないけど。
その力は、僕のお座敷武術家の知識と相性がいい!
「まだやる!? やるなら前に出ろ!」
「キャン!」
「クゥーン!」
コボルト達は皆コロンと仰向けになってお腹を見せていた。
完全に犬じゃないか。何だこの風景。
というかさっき倒したコボルト、いつの間にか体が消えて赤い宝石を落としていた。
まるでゲームのようだと目眩がするけど、この戦いは決してコマンドバトルじゃない。
ここはそういう世界なのかと割り切るのは難しいけど。とりあえず戦利品を回収。
僕の事をオークだ肉だと罵っていたコボルト達をひとにらみ。
さて何をしてくれようかと思ったけど、いいこと思いついた。
「そこのお前!」
「キャン!」
僕が指さしたコボルトがビクンと跳ねて、フルフルと振るえていた。
目は真っ赤だけれども「許シテ……許シテ……」と今にも泣きそうになっていた。
「ここら辺に人間の村ある?」
「ア、アル……アリマス!」
やった。
聞いてみるもんだね。
彼らの身につけている粗末な防具はどう考えても奪ったもの。
奪ったと言うことはそれを作った人がいる。しかも近くにだ。
「じゃあそこに連れてって。そうしたら何もしない」
コボルト達は仰向けのままお互いの顔を見合っていた。
何だか嫌そうな感じだ。
逃げようかとか、途中でばっくれようとか、そういう相談しているっぽい。
僕は仕方なく、その場で股を開いて立つ。
ぐおおと右足を高く上げて、そして地面を踏みしめた。
四股。
お相撲さんのアレだ。
最古のトレーニング方法と言われている四股を、お座敷武術家の僕がやらないわけがない。もちろん振動が凄いので、着地の時は静かにやっていた。
けれどここは土だ。思いっきりやってみる。
すると僕の体重もあってか地面にかなりの衝撃。
ドォン!
――という音にコボルト達はさらに悲鳴を上げていた。
「連れてって! 逃げたら許さないからな!」
「ハ、ハイ!!」
コボルト達は起き上がると、平伏してへへーっと鼻先を地面にこすりつけていた。
電車の中で足だけだと転ぶから、サンチンの真似は気をつけよう!(経験談)
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