第49話 いきなり好待遇はマフィアの手口
「嘘って何だよ。人聞きの悪い」
「出がけの時、あの兎族の娘の顔。あれは完全に尊敬の目を越えていました」
そう言われて思い出す、出発直前の時。
モカに不意に呼び止められて、振り向いたら泣きそうな顔をしていたっけ。
「あの兎娘、何と言っていたのですか?」
「ごめんなさいだって。もっと早く呼んで来たら、拷問されずに済んだのに……って」
あの泣きそうな顔はちょっと忘れられないし、純粋に嬉しい。
そういえば今回の調査で一番情報を集めて、ヴィクトールの推論を確定させたのはモカだった。
その数はみんなの倍以上。
範囲もかなり広かった。
そして、ちょいちょい僕に何かを言いたげそうで、でも何も言わないを繰り返していた。
流石の僕にだってそれくらいは解る。
彼女、あの時の事を後悔しているんだ。
僕の事を助けようとして、戻ってきたら大勢に取り押さえられて連行されているんだもの。
僕が貴族相手に大暴れしたら、ギルドメンバーに迷惑を掛ける。それを理解して、だからこそ大人しく捕まったってことを遠目で見ていたんだ。
だから僕にさっき、涙目で謝ってきたんだろう。
僕はそれが愛しくなって、でも別にイケメンでも無いし恋人でも無いのだから――先生として、彼女の頭を撫でてあげた。
「私は脅されましたけどね。先生に変な真似をしたら狙撃する。いつでも見張っていると」
「おっかないね。みんなもうちょっと大人になってくれるといいんだけど。まあそれでも可愛いヤツらだよ」
「それだけですか?」
「どういう意味?」
「もっとその、男として、とか。親しくしてくれている彼女たちに、関係を持ってるとか。あのダークエルフは、そう。特に――」
「君、僕の事なんだと思ってるんだ。そんな事はしないよ」
ちょっと腹立った。
あいつらは僕の家族だよ。
そういう気持ちはもうとっくにどっか行った。
ムスーッとして睨むと、何故かノアが微笑んでくる。
え、何その笑み。怖いんだけど。
「冗談です。貴方が卑しいハイ・オークでないことは解りました。因みに……」
「?」
「し、し仕官とか。専属コックとか。魅力的な固定給とか。そういうのに興味はありませんか?」
え、何ソレいきなり。
もっと怖い。
いきなり地位とかお金とか出すなんて。
それこそ言いくるめとか、マフィアの手口だぞ。
解った。それこそプレストン家の隠蔽工作術だな?
事件に関わったヤツを囲う気だろ。これだから貴族様は。
「無いかな。僕あそこで満足」
「そそそ、そうですか。そ、そうかあ。あそこでしか食べられないのか……」
ガッカリするノア。
何だご飯が食べたいのか。そう言えばいいのに。
結局僕はチートスキルと料理スキルだけなんだなぁ。
まあいいさ。僕が人に与えられるのはそれくらいだからね。
元々ラブコメのサブキャラのような立ち位置の僕が、ここまで出来てるんだから上出来さ。
異世界で色々やって、ちょっと学んだ。
高望みは良くないね。
★
道中は何匹か悪霊の類いに襲われたけど、僕の手にはめているミスリルの手甲は加護がかかっているのか問題無くブン殴ることができた。
悪霊達は
「ひどい! 幽霊になって殴られたことなんか無いのに!」
みたいに頬をさすってどっかに行ってしまった。
そんな性根だから悪霊になるんだぞ。
そうして何事も無く進んで郊外の森。
森への道は薄暗いけれど、所々に魔法灯のランタンが置いてあった。
そこを進んでいくと道がだんだんと石畳になっていく。
古いものだ。コケが生えていて、馬車の車輪が滑っている音が聞こえる。
そして急に森が開けたかと思ったら、現れたのは古い石造りの寺院のような建物。
中は明るいのか光が漏れている。建物は暗闇の中で大きな口を開けているバケモノみたいだった。
ここが廃ダンジョン。
既に最下層の主は倒されて、モンスターが消え失せただけの地下構造物。
殆どの場合は王国の管理下に置かれて、有効活用されているらしい。
けど、時々こうやってよからぬ連中が巣くう事もあるとか。
ここなら闇市の会場として利用されるとかそんな感じだね。
入り口付近には武装した用心棒達と、荷物チェックを受けている闇市の参加者達の列があった。終点だ。これで依頼はおしまい。
「いやあ! センセイ! ありがとうございやした!」
「流石はセンセイ。悪霊もワンパンとかハンパねえっス!」
「お仕事だから。お代はカーラさんにあとで届ければいいよ」
「あざっした!」
「次もよろしくお願いしやっす!」
到着するや否や、マフィア達が並んでざーっと頭を下げた。
シンシアファミリーの皆さんは躾がしっかりされてるからちょっと気分がいいよね。
実はこの中に何人か抗争の時にブン殴った事あるけど、ちょっと悪い事したかなーとか思ってしまう。
「さ、行こうノア。さっさと片付けないと」
「……ええ。そうですね。行きましょう」
何かさっきから歯切れが悪いというか、色々と注意散漫のように見える。
もしかしてカルチャーショックを受けているのだろうか。
入り口の用心棒達にギルド証を見せて、階段を降りる。
長い階段はかなり綺麗にされて、赤い絨毯まで敷かれていた。
こんな事する必要があるのかと思ったけれど、階段を降りきって目に飛び込んできた光景を見たとき、僕は納得してしまった。
「これが闇市! コミケみたいじゃあないか!」
いちいちこういう集まりをコミケに例えるのはどうかと思うけど、本当にそんな感じなんだから仕方ない。
眼前に広がるのは多目的ホールかくやといった地下空間。
辺り一面に広がるのは、古今東西あらゆる違法なブツを置いた出店だった。
「たっ、例えば! お店とか出すとか考えたことはないですか?」
「ノア、なんかもう怪しい勧誘に聞こえるんだけど」
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