第45話 マジでメシ墜ちする五秒前
「別に大した事じゃないさ。勿体ないとか、可哀想とか。何も死ぬことはないとか。その時その時の一時の感情でしかない。あたしゃ只の元山賊だからね。いつでもアタシがそうしたいと思ったことをするのさ」
言葉通り、それは全く飾らない自由な理由だった。
カーラさんがそうしたいからそうした。それ以上の事は無いんだろう。
ちょっと卑屈な僕は、心の中で「それは強い人の特権ですよ」と思ってしまったりする。
僕も前の人生のままだったら、皆のように自由にできただろうか。
自分を貫いて、自分の責任で下手こいて。
自分の運命に呪って、そうして拾われて。
もう一度チャンスがあるから、もう一度暖かいところがあるから楽しく生きる。
僕は出来たのかなと自問自答してしまう。
出来ないだろうなあ。
高校出て大学でても陰キャのコミュ障だったと思う。
大好きな料理の道に出たとしても、厨房でやっぱり自分と他人を比較して比較し続けて、果てはやっぱり卑屈になっていたのかも。
やけっぱちになるほど勇気も無くて。
自分通すほど自身が無くてーー。
「先生、何作ってるの?」
ひんやりした手が僕の手を掴んだ。エステルだ。
無音で近づいてくるの止めてくれないかな。心臓止まっちゃう。
「ん? ああこれ。ヴィクトールが調査中、錬金仲間から生イースト貰ってきたんだって。パンじゃありきたりだから、ピッツァ作ってるの」
「イーストは解る。パンになるやつ。錬金術師が特許取ってるってヴィクが言ってた。けど……ピザ?」
「ピッツァね。ピザじゃないよ。ピッツァ」
こてん、と首を傾げるエステル。
ああやっぱり。ピザとかピッツァって無いんだな。
……いや、多分似たようなのはあるはず。この国に無いだけかも。
僕の世界でも、ピッツァとかピザとかの原型の歴史はかなり古い。
僕たちが見るような形のものになったのも、十六世紀くらいにスペイン人がインカからトマトを持ち帰った辺りから、とかも聞く。
半分近代に片足突っ込んでそうで微妙に中世の風情が漂うこの異世界なら、出現していても不思議じゃない。
東の国みたく、ローマめいた所とかあるのだろうか。
何でコレを作りたくなったかって言われたら、僕みたいな体型とコイツはセットみたいなものだから。
パンの存在を知って、イースト自体が錬金術師達が作ってると聞いていてもたってもいられなかった。
この異世界にはもうトマトみたいな――いやもう名前がまんまトマトなんだけど――野菜があったから色々できる。
ピッツァは食べやすいし、形を変えたら持っても行けるし。
今現場仕事してる皆にはうってつけかなって思ってる。
「そ、それで? そのピ、ピツア? はいつ出来るんですか?」
振り向くと、ノアがいつの間にかカウンター席に座っていた。
多分このトマトソースの香りに釣られてやって来たのだと思う。
モジモジ、ソワソワと。何だか落ち着かない。
それを見ていたギルドメンバー達は、
「見ろよあの顔。もうすぐ落ちるぞ」
「ヒッヒッヒ、先生の料理テクは一級品だからなぁ」
「あの香りにどこまで耐えられるか見物だぜ」
とかニヤニヤしながらノアを見ている。
お前らもう少し語彙力無いんか。
「もうちょっとだよ。用意したのほとんど二次発酵終わってるし。あとは生地を形成して釜で焼くだけ」
そう言うとノアの口の端にキラリと光るもの。
あらはしたない。
ヨダレ垂れてますよ。
「そ、そうですか。そのピツアなるものは、その。な、何だ? お、美味しいのですか?」
「美味いと思うよ。僕の大好きな料理の一つさ」
「くっ……この前のホワイトシチューなるものも頬が落ちるかと思いました。いつの間にか私もご飯が楽しみで仕方が無い。連日こんな美味いモノを食べさせられてはあ、頭がおかしくなりそう。くそう!」
すっごい悔しそうにしてる。
いやそこ、悔しがるところなの?
ちょっとムカつく反面、優越感と同時に背徳感を感じる。なんかクセになりそうだ。
この令嬢、最初はあれだけ僕の事を汚物の目で見ていたのに、ここ数日でガラッと態度を変えてきた。
理由は単純。
僕のご飯をいたく気に入ってくれたらしい。
最初は僕の料理が出されるや否や「オークの飯など食べられるか!」と貴族の美食ムーヴかましてきたのだけど、エステルに脅されて食べた途端顔が綻んだ。
その時の笑顔は忘れない。
ガチでヒロインの顔してたから。
そこから快楽に負けた姫騎士よろしく、嫌だ嫌だと言いながら食べては、
「美味ァああいい!」
と、良い反応をしてくれる。
最近僕はずっと厨房に立ちっぱなし。
頑張ってくれる彼らの為に美味しい料理をしこたま作った。
そのついでにこの悪役令嬢が少しずつ気を許してくれたのは儲けものだったかも。
だからといって気軽に話しかけてみると、まだ意地を張ってるのかツーンとされる。
それにカチンと来て、じゃあ胃袋から掴んでやるとさらに料理の腕を振るう。
結果、こんな感じ。
今や口では嫌と言ってもカウンター席をしっかり陣取っていた。
さて、モカも帰ってきたことだし、そろそろピッツァを焼いてあげよう。
釜を覗くといい火加減になっていた。
この世界、魔法があるから普通の釜でも電子機器のように温度調節が楽。
それでいて直火のクセに炎を均一にもできたりする。
ローテクなほど美味しい料理にとっては理想的な環境だ。
出来た生地に特製のトマトソースを乗せ、ペパロニ……はどれがどれだか解らなかったので、ソレっぽいと思って買ってきた干し肉を乗せる。
さらにこの世界で言うモッツァレラチーズとバジルっぽい葉っぱを乗せる。
チーズグレーターですりおろしたパルメザンチーズっぽいのを追加。
あとはパーラー――ピザを釜に入れる時の長ーい器具ね――で釜に入れて、1~2分。火は魔法で均一だから焼くのがホント楽。
何でそんな事できるのかって?
実はバイトで練習したことがある。
ほら、僕のチャーミングボディとピザとかピッツァとかセットみたいなものだし。
実家では出来ずにいたけど、まさか異世界で役立つとは思わなかった。
「そらできた。異世界風ピッツァだよ!」
できればピザにはコーラも合わせて欲しいようですが、まず炭酸水からとヴィクトールに相談しているようです。
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