第04話 迫真のコスプレは空想と見分けがつかない
まず見えた足。
裸足だった。
……いやこれ裸足と言っていいのだろうか。
端的にいえば毛むくじゃらだ。
毛深いってレベルじゃない。
何かオオカミを直立歩行させたような。
それでいて人間サイズに太くしたような、そんな形。
そのまま、恐る恐る視線を上げていく。
毛むくじゃらの男は腰に、かなり古びたボロボロの鎧を身につけていた。
腰の防具も胸のプレートもあちこちが歪んで、そこから臭ってくるのは獣と血の臭い。臭すぎて鼻がひん曲がりそうだ。ファブリーズかけたい。
さらに視線を上げると、僕はビックリして心臓が飛び出そうだった。
コスプレにしてはあまりにも気合いが入っているオオカミ顔。
舌なめずりしながら、いかにも拾った木で作りましたという棍棒でトントーンと肩を叩いている。
ここで、
「何だ貴方たちは……」
と後ろに手を組みながら静かに立ち上がって、自然体に擬態しながら半身になるとか、達人っぽい立ち振る舞いをすればカッコイイのだろうけれども。
「ハヒィ!?」
口から出たのは情けない悲鳴でした。
そりゃそうだ。僕はただの男子高校生。
武術は好きでもお座敷武術家だ。
それはそうと、あまりにも驚きすぎて、バターンと後ろに倒れてしまった。
起き上がってもう一度見てみると、やっぱり狼男だ。
しかも後ろに何人もいる。
ざっと一四、五人? 匹? だろうか。
「ミロ、肉ガイル」
「オークカ? ニンゲンカ?」
「ドッチデモイイ。肉、クウ」
しゃがれた声。
ボイスチェンジャーとかではない生の声。
え、何これ。
マジで狼男なの?
そう思った時だった。
目の前に立った狼男が、棍棒を思いっきり叩きつけてきた。
ガァァン!
怖がって反射的に引いたのがよかったのか。
振り下ろされた棍棒は、さっき座っていた朽木に当たった。
朽木にはまだ固いところがあったのだろうか、表面だけ弾けている。
「ひ、ひぃぃい!」
悲鳴を上げるとゲラゲラと笑い声。
とても耳障りな深いな笑い方だ。
狼男達は目が真っ赤で、しかも爛々と輝いている。
絶対作り物じゃないって断言できる。あまりにもリアルだ。
そうでなければ、これは相当大がかりで金のかかったドッキリになる。
こんな一般人を映画セットレベルでイタズラするなんてありえない。
「次ハ殺ス!」
まるでボーリングのガーターを取り戻すとばかりに、狼男が棍棒を振りかぶる。
僕は必死になって立ち上がると、背を向けて走った。
ドカン!
地面が叩きつけられる音。
飛沫音からいって、棍棒が地面を叩きつけたようだ。
あんなの食らったらひとたまりもない。頭割れる。
というか「殺す」とか何なの? 蛮族なの?
罵ったところで多分無駄。
あいつら本気だ。僕を本気で殺して食べる気だ!
「じょ、冗談じゃ無い! 来んな!」
「マテ!」
「肉!」
「オークヲ逃ガスナ!」
「誰がオークだドチクショウ!」
狼男の口から出たオークという言葉。
聞いたことある。完全にファンタジーの種族だ。
僕はゲームとかそういうの疎いけれど、たぶんそう。
それなら追いかけてくる狼男達はコボルトとでも言うのか。
え、マジで?
ということは――
「そしたら何!? 僕異世界にでも来たって事!?」
いやいやいやいや。
どういうことだってばよ。
そんな事よりも逃げなくては。
このままだと僕が奴らの胃の中に入ることになる。
健人の丸焼きとか冗談じゃ無い!
「誰かああああああああああ! 助けてくださあああああああああい!」
しかし返事は無かった……じゃないよ!?
異世界なら!
ここで可愛いヒロインの一つや二つや三つ!
ハーレムみたいに出てくるんじゃないの!?
……いや待て。
出てきたところで僕自身がオークに間違えられたらどうするんだろう。
想像してみよう。
例えば森だからエルフの弓士が出てくる。
醜い者に厳しい彼女に、僕はオークと間違えられて、射られて死ぬ。
例えば人間の騎士だか戦士だか出てくる。
気の強い彼女に、僕はオークと間違えられて、斬られて死ぬ。
例えばこう、幼い見た目で実は超高齢の魔女が出てくる。
やっぱりオークと間違えられて魔法で薙ぎ払われて、死ぬ。
「全部死ぬじゃん!」
主に僕の体型のせいで!
逆にもっと怖くなった!
「チクショー! こんな贅肉! 痩せればよかった!」
「肉ゥ!」
バッと顔を上げてみると、多分木の上で待ち受けていただろうコボルトが「ヒャッハー!」とばかりに降りかかってきた。
粗末な棍棒を振り上げて、全体重を掛けて思いっきり叩きつけるつもりらしい。
僕はヤケクソになって右横に飛ぶ。
ゴロンと転がって起き上がると、すぐ斜め後ろから地面を穿った音。
あのまま走っていたならば頭をかち割られていたかもしれない。
よく咄嗟に避けられたな僕。
岩を飛び越えて倒れた朽木をくぐり抜けて、ふと気づいた。
「ハァ、ハァ……何で僕、こんなに走れるんだ……!?」
さっきも言った通り、ここは富士の樹海と言わんばかりの森。足場がすこぶる悪い。
地面も腐葉土でぬかるんでいて、苔むした岩がそこら中に転がっている。
立ち並ぶ木も実にファンタジック。伸び放題な上に、何だか幹が顔のようにも見える。
ただのスニーカーを履いている僕が、ましてやこの体型の僕が風をきって走れる場所じゃない。
それこそ、心臓に負荷がかかって倒れそうなモノなのに。
頬を過ぎてゆく風は今まで感じたことの無いようなもの。
それでもコボルト達は僕の背後にピッタリとくっついて追いすがってくる。
「くっそ! しつこい! 来んな!」
「待テ肉!」
「肉喰ワセロ!」
「誰が肉だ! 鶏ガラでも囓ってろ!」
相手が人ではないからなのか、逆に素が出てしまう僕。
ヤンキーに負われたらもう少し情けない言葉が出そうなモノなのに。不思議だ。
逃げているうちに、段々と視界が開けてくる。
もしかして森を抜けられるのかもしれない。
僕はぴょーんと草木を飛んで広場に出てーーそして、絶望した。
「壁!?」
目の前にあったのは断層の崖。
行きたくも無い遠足で見た、土のミルフィールのような場所。
それがずーっと左右に広がっている。
つまり僕は、袋小路に追い込まれてしまったということだ。
「馬鹿ガ。追イコマレタノモ知ラズニ」
「足ガ速クテモ、タダノオーク。頭ガ悪イ」
「肉! オレ、オマエ、マルカジリ!」
ガサガサと草木を分けて悠々と出てきたのはコボルト達。
おいいい!
人数も若干増えてないか!?
もしかしてこれ、ハメられたのだろうか。
そうでなけりゃ木の上の待ち伏せに出くわすハズもない。
コボルト達は付かず離れずで、僕を追い立てていたんだ!
「くそぉ! く、来るなら! かかって……こ……ぃ……」
ヤケクソでファイティングポーズを取っても、声がどんどん小さくなる。
だって目の前には赤目をギラギラさせたコボルトが、棍棒を手でポンポンしているんだもの。
メッチャクチャ怖い。
殺意というより、殴って蹴って嬲ってから殺すと言わんばかりの笑みだ。
多分リーダー格と思わしきコボルトがニヤニヤしながら近づいてきた。
一回り大柄で、首元に犬のくせにネックレスやら何やら首にジャラジャラ身につけていだ。
その顔は勝ち誇っている。
いや、最初から勝っていたと言わんばかりだナメやがって。
ここで
「――どうやら僕を怒らせたようだな。痛い目を見ないと犬はわからないか」
と、手のひらをクイクイ出来たらいいのだけれども。
今僕は左足を半歩だけ前に出して、ファイティングポーズを取っているつもり――だったんだけど、内股の上に肘をキュッと締めて、女の子があざとく震えているかのようなポーズ。
妄想上だと最低でもクラヴ・マガのファイティングスタンスくらいはやっているのに。
もうダメ。
全っっっ然体が動かない。
抵抗しようと力を入れるけれど、力みすぎて下腹部が痛い。
汚い話だけど……こんな時にも羞恥心が働くようで。
ウンコを漏らさないようにとお尻に力が入る。
コボルトはいつの間にか目の前に立って、ぐおお、と棍棒を上に掲げていた。
剣道とかの大上段とかじゃない。
ただただ思いっきり叩きつける。それだけの構え。
周囲のコボルトははやし立てて、「殺セ! 殺セ!」とわめていていた。
「ヒゥ! ちょ、や、やめろ! やめろくださいッ!」
「ゲヒャゲヒャゲヒャ! 何ダソレハ……死ネ!」
ブゥン、と。全く躊躇の無い一撃。
こんなの、今時ヤンキー漫画でもやらない!
ああ死んだ!
もう死んだ!
お母さん助けて!
ポコン!
「痛ッ! ……ん?」
「ン!?」
どんなヒロインが出てきても、オークに間違えられて死ぬ。
難易度はどうやらナイトメアモードのようです。
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